Creator’s Voice

2023.06.07(Wed)

日本の圧倒的な強みは解放されるのか?
建築の視点から未来を見通す“コモングラウンド”が導く変革
—豊田啓介

#イノベーション #メタバース
連載シリーズ「Creator's Voice」では、さまざまなジャンルの有識者を招き、よりよい社会の在り方を探求していきます。第4回のゲストは、最先端のデジタル技術を活用することでまちづくりの新たなシーンを切り拓き、東京大学生産技術研究所特任教授として教育にも携わる建築家の豊田啓介氏です。

豊田氏が提唱するモノ(フィジカル)と情報(デジタル)が重なる共有基盤「コモングラウンド」とはどのような概念なのか。その実現のために、いま日本企業に求められる変革とは。NTTコミュニケーションズ竹田昇平を聞き手に、お話を伺いました。

目次


    現実とバーチャルをフラットにつなぐ「コモングラウンド」とは

    竹田昇平(以下、竹田):豊田さんは、モノ(フィジカル)と情報(デジタル)が重なる共有基盤としての「コモングラウンド」という概念を提唱されています。まず、これがどのような概念なのか、教えていただけますか。

    豊田啓介氏(以下、豊田氏):僕は建築が専門なので、空間データを扱うのですが、建築や都市の設計で使うBIMやCAD、GISなどの空間データは、形を記述した静的なデータです。「デジタルツイン」においても、大抵はこうした静的なデータを使います。

    静的なデータは刻々と変化する状態にリアルタイムで対応することはできません。しかしいま、自動運転やバーチャルリアルなエージェントを実現するために求められるのは、動的なデータです。また、カメラが見ている世界と赤外線センサーが見ている世界は異なるわけですが、そうした観測者による認識の違いも許容した上で、瞬間ごとに変化する動的なデータを統合することが必要になってきます。

    では、そうした性能を一通り満たすような技術体系がどこにあるのかと探すと、一番近いのがゲームエンジンです。現状、ゲームエンジンはバーチャルに閉じていますが、個々のエージェントが相互作用するマルチエージェント対応性がとても高いですし、複数の種類の情報を組み合わせて処理するマルチモーダル性もVRやAR環境の高まりに応じてどんどん高まっているので、プレーヤーごとに違う世界が提供され、かつ何百万人が同時にアクセスしても落ちないという強固な実装性をすでに備えています。

    もちろん、ゲームの世界では情報が簡易化されており、そのまま現実世界の複雑さに対応することはできないんですが、それでも物理世界の動的空間を扱う僕らが参照すべき技術はものすごく多いと感じます。そのため、まずゲームエンジンを現実世界でも使えるようにしましょうというのが、コモングラウンドの基本的な考え方です。

    豊田啓介|東京大学生産技術研究所特任教授、建築家(NOIZ/gluon)
    2007年より東京と台北をベースに建築デザイン事務所 NOIZを蔡佳萱と設立。コンピューテーショナルデザインを積極的に取り入れた設計・開発・リサーチ・コンサルティング等の活動を、建築やインテリア、都市、ファッションなど、多分野横断型で展開。2025年大阪・関西国際博覧会 誘致会場計画アドバイザー(2017年~2018年)。大阪コモングラウンド・リビングラボ(2020年~)。2021年より東京大学生産技術研究所特任教授

    竹田:なるほど。「メタバース」との違いは、どこにあるのでしょうか。

    豊田氏:メタバースの定義を「仮想世界などのデジタル環境上で複数の人が集まって、元々のシナリオにない活動が持続的に生成され、社会的・経済的な価値が生まれる状況」だとするならば、コモングラウンドはバーチャルに閉じたものではなく、フィジカルから見たバーチャルとバーチャルから見たフィジカルを同等に重要なものとして扱うという点が一番大きな違いです。

    また、フィジカルとバーチャルを連携してコモングラウンドを実装するには、物理世界側のしつらえがかなり必要になってきます。例えば、センサーやマーカーを設置したり、認識の難しい素材を代替したりするなどして、人間だけでなく、ロボットやAIなど人間以外の自律的な存在(=ノンヒューマンエージェント)が認識しやすい環境を構築する必要があります。

    コモングラウンドの基本概念

    空間の共有と新たなデータで広がるコミュニケーションの可能性

    竹田:コモングラウンドを実装するためには、割と大掛かりな社会の変革が必要になってくると思います。コモングラウンドを実装することで、社会にはどのような価値がもたらされるのでしょうか。

    竹田昇平|NTTコミュニケーションズ 関西支社 第二ソリューション&マーケティング営業部門 OPEN HUB Catalyst Business Producerとして、大阪・関西万博に関連するビジネスや共創プロジェクトの創出を担当。

    豊田氏:これまで物理世界に閉じていたコミュニケーションや移動が、多様に選択できるようになります。例えば、東京にいる子供がルワンダやスウェーデンの小学校の教室に入って行って一緒に授業を受ける、といったことです。

    当然それは、Web会議ツールでもある程度は実現できますが、映像+音声の2次元のコミュニケーションであるのに対して、コモングラウンドでは空間を共有することになるので、位置関係やモーションを含めたコミュニケーションが可能になります。先生に「こっちを見て」と言われたときに黒板に注目したり、3人ずつのグループに分かれてディスカッションを行うなど、授業には位置関係や動作、視線などが分からないと成立しない部分があります。コモングラウンドを使うことで、現実と100%同じとまではいかないまでも、没入感や双方向性のかなり高いリモート授業が可能になると思います。

    同じ仕組みは、例えば医療の分野でも活用できます。東京にいる理学療法士が山奥にいるおばあちゃんを診察する、みたいなことが可能になるわけですが、コモングラウンドではデジタルフィルターを通じてさまざまなデータが取得可能になるため、これまで感覚的にしか診察できていなかったことを、数値的に分析できるようになります。「前回は22.7°上がっていた肩が、今日は20°しか上がっていないですね。あとこのぐらい上げてみましょうか」と、ビジュアライズして伝えることも可能になります。

    空間というデジタルフィルターを通じて取得したデータを活用することで、コミュニケーションの幅は指数関数的に上がります。物理世界のあらゆる関係性や行為のデータが取得されることに対する議論の是非はありますが、実空間でのAI活用というのは、結局その先にしか成り立たないのだろうと思っています。

    竹田:以前、豊田さんはインタビューで「『コモングラウンド』が社会実装された先の未来では、東京一極集中ではなく、すべてがフラットかつ対等な世界に変わります」と仰っていましたが、すべてがフラットかつ対等な世界になったとき、都市や空間が持つ意味はどのように変わっていくのでしょうか。

    豊田氏:原則として、空間は情報を束ねるインターフェイスになっていくでしょう。コモングラウンドにおいては、バーチャルな世界の情報もフィジカルな世界の情報も、一度リアルタイムシミュレーション環境にマッシュアップをして、それを必要な人に必要なチャンネルで配信する。空間はそのための特定の意味や物語で情報を束ねるインターフェイスになっていきます。

    それができてくると、「変わらないこと」が改めて価値になってくると思います。モノが束ねている情報量は途方もなく多いので、どれだけ技術が進歩しても、デジタルで記述して共有できる情報量には限界がある。そうなると、ただバラバラに拡散可能な情報があふれた状態に対して、リアルな場所が持っている歴史や共有記憶といった「情報を強制的に束ねる力」が、再び価値を帯びてくるのではないかと。

    なので、一言に「地方」と言っても、すごく自然が美しい場所もあれば、とにかく餃子屋さんがたくさんあって街歩きが楽しい場所もあるように、それぞれの街がいかに独自性を持てるかが重要になってくる。物語性、歴史性みたいなものを、どうやって戦略的に編集していけるかが、街の強さにつながっていくんだろうと思います。

    大阪万博を、コモングラウンドの実験舞台に

    竹田:豊田さんは2025年大阪万博の誘致会場計画のアドバイザーを務められていますが、万博においてコモングラウンドの実装は予定されているのでしょうか。

    豊田氏:少なくとも会場の一部には、コモングラウンド化されているエリアをつくりたいと考えています。

    2025年の万博が物理会場のみに閉じているということは、もはやあり得ないと思っています。例えば、大阪にある万博会場のパビリオンに行くと、東京やサンフランシスコやアディスアベバの会場とつながって、場所を超えた共有体験ができるとかですね。そうした取り組みは絶対的に必要だと思います。

    また、万博に関わっていると「1970年の大阪・関西万博のインパクトがいかに大きかったか」という話がよく話題にのぼるんですが、僕がやってみたいと思っているのは、場所だけでなく時間を超える共有体験、例えばコモングラウンドを通して1970年の万博の記憶と会場をつなぐことです。50年前の万博でコンパニオンをされていて、いまはおばあちゃんになっている方たちに、自宅や例えば病院からでもコモングラウンドでつながった万博会場にアクセスしてもらい、当時のユニフォームを着たアバターとして会場を歩いてもらう。今回の会場を案内したり、あるいはARでチャンネルを変えて、50年前の万博会場を案内したりする、ということが可能になるんです。

    世界中のリアルな現在や、1970年の万博の記憶などとつなげることで、これからの未来に何を残せるのかを演繹(えんえき)的に考えられるような体験をつくりだせたらいいですね。

    デジタルシフトの前進のために達成すべき、ジェネレーションの平等

    竹田:万博などのイベントを足がかりにある程度の実践が見込めるとはいえ、コモングラウンドを一般社会に実装していくためには、まだまだ乗り越えるべきハードルがあるように感じます。コモングラウンドを見据えた物理世界のしつらえを整備するための企業・団体間の共創やデジタルシフトを加速させるために、乗り越えるべき一番大きな課題とは何でしょうか。

    豊田氏:国内の状況を見ていると、ゲームのルールがまるで変わってしまっているのに、価値観がアップデートされていないままビジネスが続いているような、ちぐはぐな印象を受けます。もちろん、そのことはさまざまな場所で指摘されるようにはなってきていますが、新たなゲームをプレイするのに必要な戦略や筋肉が、根本的に足りていないと感じます。

    新たなルールで戦えるだけの能力のある人はいるし、その機会もあると思うんです。ただ、そういった人材や機会をどう使っていくか、判断できる人が意思決定の場にいない。要するに、組織や体制の問題なのです。力を持っている大企業のほとんどが年功序列型の組織構造で、経営層に若手はまずいない。従って、いまの最先端のテクノロジーの技術体系やユーザー感覚が分かる人が経営の現場にいないわけです。特にテック系企業なら、CTOはそうした感覚を持ったずっと若い世代が担っていてしかるべきだと思うんですが、そうなっていないことが、一番の問題です。

    近年、ジェンダーの平等はだいぶ進展してきましたが、「社会とテクノロジー」という観点では、ジェネレーションの平等をいかに実現するかが重要です。どの年代の人も、未来に対する「声」や経営判断へのアクセス権・責任は対等に持っているべきですが、いまはそこに不平等がある。人生経験というものにあまりにも重きを置き過ぎているとも言えるし、それぞれの世代に見えている世界、技術、感覚への敬意が欠けているとも言えます。まずはこのアンバランスを是正し、多様な世代の経営層が当たり前にいるようなバランスのとれた状況をつくり出す必要があります。

    竹田:つまり、経営に一番足りていないのは「多様性」ということでしょうか。

    豊田氏:あるいは、操縦かんを手放す「勇気」ですかね。「経営層のダイバーシティ」ということは、最近かなり言われるようになってきていると思います。しかし、そこからなかなか先に進まないのは、その勇気を持てないからです。

    戦後から高度経済成長期にかけての時代というのは、あらゆる業態が右肩上がりで、世界的に見ても非常に特殊な“波長がそろった”時代でした。一方、いまは、上がることもあれば下がることもあるし、グローバルな動きともパラレルにリンクしている。日本の昭和期だけに有効だった“成功モデル”はもはや存在しないのです。いまの若い世代はそのことを感覚的に理解しているので、いちいち「多様性を持って」と言わなくても、多様なものの見方や考え方をします。

    勇気を出して操縦かんを手放せば、多様性は自然と流れ込んでくる。若い世代の感覚で経営をするとどうなるか、まずは機会を提供して見守る必要があります。

    日本が圧倒的な強みを持つ「モノ側から情報を扱う知見と技術」

    竹田:一方で、豊田さんが日本ならではの強みだと感じることはありますか。

    豊田氏:情報技術に対して、それを物理層に接続する技術、例えば通信環境に対するハードインフラをいかにつくるか。この部分において日本は、世界にも真似できない圧倒的な強さを持っていると思います。

    GAFAであってもこのインフラがなければ何もできないわけで。例えばGoogleがトロントでスマートシティをつくろうとして大失敗したのも、ごく単純化して言えば情報だけで社会が牛耳れると思ったけれど、そんなに簡単じゃなかったというシンプルな話なんです。

    彼らに足りなかったのは、モノ側から情報に接続する知見と技術だったわけですが、通信や情報処理における物理レイヤの製造や管理を得意とする日本企業はそこに対する優位性を軒並み持っている。GAFAのような情報側の企業による「より複雑なモノと接続したい」というトレンドがこれから劇的に増えていく中、モノの側からの情報への接続口を整備して提供しているようなプレーヤーは世界的にもまだいないため、ここに大きなチャンスがあると思います。

    竹田:なるほど。その優位性を認識できている企業はまだ少ないように感じますが、この大チャンスを掴むために、日本企業はまず何から取り組めばよいのでしょうか。

    豊田氏:まずは情報側の言語を学ぶということだと思います。GAFAのような企業がどういうものを欲しがっているのかを理解し、接続のための技術や体系を先回りして用意しておく。いまは情報側からモノ側へ、互いをつなげるための橋をかけ始めているわけですが、対岸から、モノ側から情報側へとアプローチする橋をかけ、迎えにいくということです。そうした領域に投資することで、日本の強みが確実に発揮できると思います。

    新たな領域の開拓は「遊び」から始まる

    竹田:ここまで主に、企業の視点でとるべき戦略についてお伺いしてきましたが、これからの時代を生きていく上で、個人としてはどのような動きが重要になってくると思いますか。

    豊田氏:「自信を持って遊ぶ」ということだと思います。遊びとは、要するに「ポジティブな失敗」のことであり、若いうちにポジティブな失敗をできるだけたくさん経験しておくということですね。年齢を重ねると、だんだんリスクが取れなくなってくるので。

    また、企業は、社員の遊びを肯定する雰囲気をつくっていくことが非常に重要だと思っています。

    企業では、「遊び」は既存の評価軸の外にあり、無駄なことだから就業時間中にはやるなという話になりがちなんですが、新大陸を開拓するときほど探検隊は必要です。いろんなところを探索し、失敗の点を重ねていくことで、地図をつくっていく必要があります。

    そのためにコンサルに何億円も払ってレポート書いてもらったりするんですが、コンサルがレポート書くのと、若手社員が新しいゲームやYouTubeで遊ぶことは、本質は同じだと思うんですよね。それを本人が楽しんでやっているか、真面目に苦労して、金を払ってやってもらっているかの違いだけで。

    むしろ、遊びの方が圧倒的に効率の良い探索で、技術的なノウハウも内製化される。「遊び」ってものすごく価値があることだと思うので、周囲には何をやっているかがよく分からなくても、遊んでいる人を褒めたたえて評価する、そしてどんどんシェアするっていう空気をつくることが重要なのではないかと思います。

    竹田: OPEN HUBが大切にしている「遊ぶような発想や試行マインド」にも通じるところがあると思います。これからもさまざまな方と、OPEN HUBのプログラムを活用し、五感を刺激しながら思考・試行を重ねることで、新たな事業アイデアを生み出していきたいと改めて思いました。本日はどうもありがとうございました。