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2023.02.22(Wed)

0.0012秒の実現。IOWNが可能にする次世代のオンラインコミュニケーションとは

#Smart World #イノベーション
2022年11月に開催された「NTT R&Dフォーラム — Road to IOWN 2022」。NTTが取り組む最先端の研究成果が90以上も発表されました。そのなかで注目を集めたものの1つが、OPEN HUB ParkとNTT武蔵野研究開発センターをつないで行われた「量子コンピューター時代でも安全な超低遅延映像伝送システム」です。「大容量」「低遅延」「低消費電力」を実現する新しい通信基盤、IOWNを駆使して行われたこのプロジェクトについて、NTT研究所の担当者に話を聞きました。

目次


    世界中の相手とオンラインで“じゃんけん”できる日が来ている

    ー「量子コンピューター時代でも安全な超低遅延映像伝送システム(以下、超低遅延映像伝送システム)」は、どのような特徴を持つものなのでしょうか。

    持田康弘(以下、持田): NTT R&D FORUMでは、約30km離れた大手町のOPEN HUB ParkとNTT武蔵野研究開発センターの二拠点をつないで8K映像の伝送を行いました。NTTの次世代光通信基盤であるIOWN※ オールフォトニクス・ネットワーク(以下、APN)※ 実験網を用いることで、8K映像を非圧縮かつ、超低遅延で送ることが可能になりました。OPEN HUBの映像伝送装置に入力された映像が武蔵野研究開発センターで出力されるまでの遅延を1.2ミリ秒にまで抑えています。体感としては全く同時と感じられるやりとりが可能です。

    OPEN HUBと武蔵野研究開発センターをつないで行われた、大容量超低遅延オンライン会議システムのデモの様子。遅延が限りなく少ないため、じゃんけんや演奏も対面と同様の感覚で難なく行うことができる。

    ー1.2ミリ秒というのは、0.0012秒ですよね。まさに言葉どおり“超”低遅延ですね。

    そうですね。8Kのような大容量映像は非圧縮で伝送するとおよそ40Gbps、さらにデータの一部が失われたときのためにビットレートを倍に冗長化して送っているため総容量は80Gbpsにもなります。これを超低遅延で伝送するためには、大容量の光波長パスを利用できるIOWNのような技術が不可欠です。

    ※IOWN:NTTが提唱する新しいネットワーク構想。光を中心とした革新的技術で、超大容量・超低遅延・超低消費電力を特徴としたネットワークと情報処理基盤の実現を目指す。「オールフォトニクス・ネットワーク」「コグニティブ・ファウンデーション」「デジタルツインコンピューティング」の3要素から構成される。

    ※オールフォトニクス・ネットワーク:ネットワークと端末間をエンド・ツー・エンドで結ぶフォトニクス(光)技術を導入することで、従来のエレクトロニクス(電子)ベースの技術では不可能だった低消費電力かつ高速な情報伝送と情報処理基盤を実現する。

    持田康弘|NTT未来ねっと研究所 フロンティアコミュニケーション研究部 主任研究員
    2011年に日本電信電話株式会社に入社し、ネットワーク映像伝送を利用した遠隔協調作業における伝送プロトコル、情報提示技術、同期技術の研究開発に従事。現在は、大容量光伝送網上での超低遅延映像コミュニケーション技術の研究開発を推進。

    量子コンピューター時代に備えたセキュリティ機能

    ーそうした新しい映像伝送技術を確立させるとともに、セキュリティ面でも新しいシステムが構築されているとのことですが、開発が進められた背景について教えてください。

    飯島悠介(以下、飯島): 今、我々が暗号化におけるリスクとして見据えているのが、量子コンピューターの登場です。量子コンピューターによって期待されることはさくさんありますが、その反面で今まで使われてきたRSA暗号※や楕円曲線暗号※のような暗号技術はすべて解読されてしまうことがわかってきています。今回のプロジェクトでは、量子コンピューターの脅威にも対応できるセキュリティシステムを構築しています。
    ※RSA暗号、楕円曲線暗号:それぞれ、現在一般的に利用されている暗号方式

    その核となるのが「クリプトアジリティ」という考え方です。「暗号の俊敏性」という意味で、従来の暗号システムとの互換性を保ちつつ、暗号アルゴリズムの危殆化が起きた時に安全性を保ったまま、代替の暗号方式に置き換えることができる性質を意味します。

    NTT研究所では、このクリプトアジリティに対応するための技術として「Elastic key control」という技術を開発しました。これは、安全なアルゴリズムやプロトコルを俊敏かつ柔軟に組み合わせたり変更したりする技術です。暗号アルゴリズムで生成した鍵や、第三者から配布される安全性の高い鍵を複数組み合わせた鍵を使うことで、どれか1つの安全なアルゴリズムやプロトコルが破られたとしても、2つめ、3つめの安全なアルゴリズムやプロトコルが安全であれば全体としては問題なくセキュリティが機能し、システムを保護できるというものです。

    さらに、この技術は特定のネットワークOS自体に依存せずに実装ができます。そのため、光伝送装置だけではなくさまざまな機器との連携が可能になり、システム構成全体のカスタマイズが容易になるのです。

    IOWNやAPNといった技術を映像伝送のサービスに導入するなかで、当初掲げていた低消費電力、大容量、低遅延という価値にプラスして、「安全性」という第4の価値を加えていくことが本プロジェクトの目的の1つでもありました。

    飯島悠介|NTT社会情報研究所 次世代認証認可技術グループ 研究員
    2017年に日本電信電話株式会社に入社し、IDベース暗号を応用した暗号チャットやIoT分野への応用等、セキュアなアプリケーションの開発、暗号実装研究に従事。現在は、耐量子計算機暗号を用いて低遅延映像伝送システムを安全にする取り組みに従事

    生中継、遠隔医療、さまざまなシーンでの応用の可能性

    ―超低遅延映像伝送システムのようなサービスが実装されることによって、どのようなニーズに応えることができると考えていますか。

    持田:映像伝送に関しては、例えば放送局が生中継で番組制作を行う場合、現在は現場に中継車を持ち込んで、車内で映像制作をして編集済みの映像データを放送局に送るという手順がとられています。本システムで使われている伝送技術を用いれば、中継車を使わずにカメラで撮影した素材をそのまま放送局に送る「リモートプロダクション」と呼ばれるワークフローが8K非圧縮で実現可能になります。

    また、低遅延かつ高セキュリティという特徴から、遠隔医療への導入も想定できます。実際に、手術支援ロボットとIOWN APNを連携させる実証実験(https://group.ntt/jp/newsrelease/2022/11/15/221115a.html)も行われています。

    清村優太郎(以下、清村):そのほかにも、例えば工場等での作業を遠隔地から行うことも、低消費電力、大容量、低遅延、そして安全性という技術によって実現可能になるわけですが、そうしたワークフローと親和性のある現場は潜在的なユースケースであると考えています。

    清村優太郎|NTT社会情報研究所 応用セキュリティ技術グループ研究員(当時)
    2014年に日本電信電話株式会社入社、2017年から2020年までNTT西日本で研究開発業務に従事、2022年日本セキュリティマネジメント学会から「辻井重男セキュリティ論文賞」を受賞、インタビュー当時は耐量子計算機暗号とセキュア光トランスポートの研究開発に従事

    映像伝送とセキュリティ、両軸で実装することの重要性

    ―R&Dフォーラムの参加者や共同で実証実験を進めている企業などからは、どのような反応がありましたか。

    飯島:映像伝送の低遅延性については一目瞭然で伝わりやすいと思いますが、それだけでなく量子コンピューター時代のセキュリティリスクについてはこれまで認識が広がっていませんでした。今回のR&Dフォーラムを通して多くの人にセキュリティ強化の必要性について改めて認識頂き、その重要性について様々な議論ができたという実感があります。

    ―なるほど。映像伝送とセキュリティの両軸の価値を社会や企業に理解してもらいながら普及を目指していくということになると思いますが、今後の展望やクリアしていきたい課題について教えていただけますか。

    持田:映像伝送の技術に関しては、現状は最大8K120fpsまで送ることが可能ですが、今後は空間全体を伝送することが目標です。3次元データやさらに幅広いセンサー情報を低遅延で伝送できるようにしたいと考えています。

    また、県や地域をまたいだ長距離での事例をお見せしていくことによって、普及や社会実装をより現実的なものとして多くの人にアピールしていきたいと思っています。

    飯島:そうですね。今回は大手町と武蔵野という1対1の通信でしたが、例えばVPNに応用する場合は多拠点化が前提になりますので、1対多の通信を実現していくことも必要になってくると思います。

    ―導入コストの面で企業側の負担が大きくなる可能性はあるのでしょうか?

    清村:コスト面についての配慮は重要だと考えています。暗号化機能を実装していく場合、これまでは光伝送装置がOSに依存した状態で実装していたのですが、ディスアグリゲーション技術を用いることで暗号化機能をOSから独立させることが可能になるため、構成変更を柔軟に行えるようになります。それによってコストの低減が実現できると期待しています。

    “使い勝手のよい”社会実装を目指す

    ―今回の超低遅延映像伝送システムで使われた技術の普及によって、どのような社会を目指していきたいと考えていますか。

    清村:繰り返しにはなりますが、量子コンピューターの実用化によって既存の暗号が解読されてしまったり、通信が盗聴、改ざんされるセキュリティ被害の可能性が示唆されています。我々としてはまずはこれを防ぐための技術を提供していくことが最重要と考えています。安全性が築かれることで、初めてIOWNの革新的な通信基盤の可能性がひらかれるのではないでしょうか。

    飯島:そうですね。こうした技術を社会実装していく上で、私がキーワードだと思っているのは「使い勝手がよい」ということです。

    今、暗号化技術を用いているサービスは、VPNやICカード等たくさんあります。しかし、これらは量子コンピューター時代に対応できるセキュリティを持っていないので対応できるかたちに移行していかなくてはなりません。

    それらが移行されていくなかで、安全性を担保している技術をユーザーが意識することなく使っていただけるように、生活に溶け込むようなかたちで技術を実現していく「使い勝手のよい技術」というコンセプトのもとに研究開発を行っています。

    持田:私は、映像コミュニケーションによって距離の制約をさらになくしていきたいと考えています。コロナ禍によってオンラインのコミュニケーションが普及しましたが、そうした特殊な状況だけではなく平時でも映像コミュニケーションを活用することで、まだまだ効率化できる部分があるのではないかと思っています。そういった部分を突き詰めていくことで、よりスマートな社会を実現したいと考えています。

    革新的な映像伝送技術やセキュリティシステムによって、制約のないオンラインコミュニケーションが実現されようとしています。イノベーションを加速させ人々のライフスタイルを一変させるインパクトを社会に与えるであろうこうした技術を、どんな場面で、どんな使い方をすべきか。無限大の可能性を持つ技術だからこそ、企業やユーザーが明確なイメージを持つことが今後重要になってくるでしょう。