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New Technologies
2023.02.08(Wed)
目次
―新型コロナウイルス感染拡大の影響で在宅勤務や在宅学習が普及して社会のデジタル化が進みました。それによってデータトラフィック(通信量)にはどのような影響が起こっているのでしょうか。
山下達也(以下、山下):コロナ禍でリモート化が進んだことで、平日昼間のトラフィック総量はコロナ禍以前と比べて大幅に増加しました。 通信量の急増によるネットワーク環境への負荷が懸念されています。
これが車の交通量であれば、一家族が持つ車の数は1台から2台程度に限られていますから、人口が増加したとしても道路の車線を走る車の総数が無尽蔵に増えることはありません。しかし、デジタルデバイスになるとそうはいきません。1人でスマートフォンを2台持ちしたり、さらにカメラもパソコンもテレビも時計も冷蔵庫もIoTでインターネットにつながる時代となり、そこで使用されるデータ量もどんどん増えています。
これから5Gが普及して、近い将来に6Gがスタンダードになり、IoTからIoC(Internet of Customers)化が進むとあらゆるデバイスが無線でつながるようになります。そうすると従来のように単に車線を増やすような突貫工事では間に合わず、例えば高速道路で言えば路線を見直して合流地点を少なくするというような対策が必要になってきます。通信構造の仕組みそのものを根本的に変えないと対応できない時代に突入してきているということです。経済産業省の調査では、2010年比で2025年までにインターネットの情報流通量は約90倍になると言われています。
―そうしたデータトラフィックの問題を解消することができれば、私たちの生活やビジネスシーンではどのような進化が可能になるのでしょうか。
山下:例えば医療分野では5Gを活用することで医師とのオンラインコミュニケーションの幅がより広がります。主治医が遠隔地にいる患者を診察・治療したり、さらにその様子を別の専門医が見学してアドバイスやセカンドオピニオンを行うことも可能です。遠隔医療が実現することで、地域医療の格差も解消できます。
さらにAIと組み合わせれば、膨大な医療データ処理を必要とする免疫細胞療法や難病治療の研究に寄与できると期待されています。6Gになって、さらに高解像度の映像をリアルタイムで共有できるようになれば、医師はより現実に近い患者の顔色や血色を診ることができるので、より正確な診察や治療を行えるようになりますよね。
遅延のない通信ネットワークと触力覚通信※ 技術が加われば、東京の医師と海外の医師が同時に遠隔手術を行うことも可能です。そうなると遠隔医療はさらに普及が進んで、予防医学を含むヘルスケアマネジメントも普及して医療体制が変わってくるでしょう。
※触力覚通信:触覚や力覚を遠隔地に伝送して、機械的に再現する技術
また、NTTが東京・日本橋で行っている「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」のような、通信技術によって身体を拡張させる試みも今後さらに増えていくはずです。「分身ロボットカフェDAWN ver.β」は、難病や重度障害のために外出が困難な方が、カフェ内にいるロボットを遠隔操作することで、自身がウエイターとして働くことができる社会参画の場を創出しています。
― ビジネスの世界では、どのような変化が考えられるのでしょう。トラフィック整備の遅れが情報格差として現れ、さまざまな分野で経済格差に直結する可能性があるのでしょうか。
山下:その可能性は否定できません。例えば製造業の現場で起こっている「インダストリー4.0」、または第四次産業革命といわれるオートメーションのデジタル化は、工場作業を人間に代わるロボットがマネジメントすることになるので、先ほど申し上げた医療現場での遠隔手術の話と同じようなネットワーク環境が必要になります。
現在は、非常に複雑で精密性の高い作業や、その工程で万が一トラブルが発生した場合、結局人間が対応にあたっている場面がまだまだ多いですよね。あるいは原発事故のようなものが発生した時には、人間が危険な場所に入って対処しなければならない。現時点でも、簡単な工場作業であれば無人でのリモート作業のデジタル化は可能です。しかし遠隔手術と同様に、実際に商用化するためには精密度の向上や低遅延化、大容量のデータ通信を実現し、トラブルに対応できる安全な環境を整えることが、次世代のインダストリマネジメントには必要不可欠なのです。
先ほど、私たちの仕事や生活を支えているデジタル環境/基盤が進展することでデータ通信量が急増する点に触れましたが、同時に消費電力量やCO2の増大も喫緊の社会課題です。
IT機器の消費電力量は2025年までに5倍、2050年には12倍になると推定されており、その対策が求められています。
NTTグループでは、現在カーボンニュートラルの実現に向けて取り組みを進めていますが、そのなかの1つとして、再生可能エネルギーの導入拡大が挙げられます。
一方で、再生可能エネルギーの多くは気候条件に応じて発電量が変動するため、導入量が増えるほどその変動が大きく、需給バランスの維持が困難になる、という課題があります。例えば、データセンターにおいては今後、地方分散化が想定されていますが、気候変動に応じて余剰電力を遠隔地に伝送する際に損失が生まれてしまっているという現状があります。
―昨今、大規模な音楽コンサートやスポーツイベントのネット配信では、アクセス数が集中しすぎることでサーバーがダウンしてしまう通信障害も起こっています。データトラフィックの問題が解消されない場合、そうした事態は今後さらに悪化する可能性もあるのでしょうか。
山下:もしサッカーワールドカップの日本戦と同時に人気アイドルグループの解散コンサートがオンラインで開催されたらどうなるか。さらにそこにJアラート(全国瞬時警報システム)が発信される事態に陥ったら、膨大なデータ量を処理すると同時に、データ量は小さいけれども優先度が極めて高いデータも確実に届けるといった処理が必要になって、既存の通信システムでは伝送と処理能力の両方が限界に達します。
たとえ回線自体が破綻しなくても、現在の技術では、どうしても生中継の映像に遅延が生じてしまいますが、スポーツやコンサート中継の映像で遅延が生じると臨場感に欠けてしまいますよね。また、地震などの自然災害や、ミサイルやテロなど武力攻撃が起きた時に、その情報伝達やJアラートの発信に遅れが生じれば、国家危機に直結する甚大な被害になります。そうした事態に備えて、いまから通信環境を整えていく必要があります。
さらに、問題は世界各国や全国各地で一斉に同じ技術がスタートするわけではないということです。 例えば、eスポーツの世界では、都心と地方のネット環境の質の差が原因で、世界大会で上位の成績を残してきた選手が予選落ちしてしまったという出来事が実際にありました。その選手のいるエリアのネット環境が参加条件に適っていないからという理由で落とされてしまったのです。沖縄にいようが、北海道にいようが、東京と変わらないスピード、低遅延、大容量という条件でネットワークにつながることができる環境を用意しないと、そうした格差をいろいろな場面で生み出してしまうことになるのです。
―社会課題の解決にもつながるテクノロジーの進化が起こっている現状に対して、ネットワーク環境が追いついていないという問題は、今後どうやって解決していけばいいのでしょうか。
山下:現時点でも、必要とされる速度や容量の通信環境を用意することは技術的には可能です。しかし、そのためには大きな予算が必要になったり、特別な環境を一時的に用意したりしなくてはなりません。そうではなく、広く一般的に使えるインフラとして超高速、超低遅延、大容量の通信環境を整備するために、NTTグループは「IOWN構想」の社会実装に取り組んでいます。
IOWN構想は、APN(オールフォトニクス・ネットワーク)という光波長をエンド・ツー・エンドで伝送する通信基盤によって、電力効率は現在の100倍、伝送容量は125倍、エンド・ツー・エンドの遅延は200分の1にすることを目標にしています。
これによってデータ量の増加やネットワークの遅延に対応するだけでなく、低電力化によって脱炭素化への寄与も期待できます。日本は他国に比べてエネルギー資源の少ない国なので省エネ問題は特に大きな課題です。IoTやAI技術の普及は、インターネットのデータ量だけではなく、電力消費量も爆発的に増加させるので、データトラフィックの低電力化も差し迫った課題なのです。
また、このAPNを土台にすることで、対象を絞ってサイバー空間に表現してきたデジタルツインをつなぎ合わせ、総合的な掛け合わせの演算を可能にする「デジタルツインコンピューティング」へと発展させます。例えば都市におけるヒトと自動車、ロボットと天候などといった多様な組み合わせを高精度に再現することで、未来の予測ができるようになるのです。さらにデジタルツインコンピューティングでは、実世界の物理的な再現を超えて、個人の内面のデジタル表現までも可能にすることを目指しています。
例えば、先ほどお話しした再生可能エネルギーの需給バランスも、IOWN技術を使って各地点の需給ギャップをシミュレーションすることでデータセンターのエネルギー需給の変化を的確に予測/制御することが可能になり、必要な情報処理を地域を跨いで配置換えすることができるようになります。それによって需給の偏りを解消するとともに、再生可能エネルギーの地産地消を促進することができると考えています。
また、フォトニクスの技術革新により、例えば、光ファイバーを送電線として利用することも検討しています。しかし、現在の光ファイバーは通信を目的として開発されたものなので、他企業や大学と連携してエネルギー伝送に耐えうる光ファイバーについての研究開発を進めています。
世界中で研究が進む無線給電に加え、光ファイバーによる光給電が容易に利用可能になれば、あらゆる場所に設置されたセンサーやロボットに柔軟にエネルギーを供給できるようになります。このように、IOWNを活用することで人とエネルギーのよりよい関係をつくるとともに、カーボンニュートラルを実現していきたいと考えています。
IOWN構想は2030年を目標に実用化を目指しています。NTT Comではその実現に向け、さまざまな分野の企業や組織、行政を横断して本取り組みを推進しています。1社だけではとても実現できない大きなプロジェクトです。みなさんのご協力を仰ぎながら、少しずつ実現に向けて動き始めています。
OPEN HUBでは、ビジネスやエンターテイメント、ライフスタイルなどあらゆるシーンにおけるIOWN技術を応用したユースケースを今後も取り上げていきます。
*「IOWN®」「コグニティブ・ファウンデーション®」は、日本電信電話株式会社の商標または登録商標です。
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