Creator’s Voice

2022.12.14(Wed)

なぜビジネスにSFの力が必要なのか?未来を描き出す“物語”の力
—樋口恭介

#共創 #イノベーション
連載シリーズ「Creator's Voice」では、さまざまなジャンルの有識者を招き、よりよい社会のあり方を探求していきます。第2回のゲストは、SF作家でありながら、現役のITコンサルタントとして企業のDX化支援やデジタル戦略策定、そしてSFプロトタイピングを用いたビジネス創出のサポートを行っている樋口恭介氏です。

未来が見えにくく「不確実性の時代」といわれる昨今、明るい未来に向けてイノベーションを実現するにはSFの力をどう活用すればいいのか。NTTコミュニケーションズ 富谷葉月がそんな疑問を樋口氏に問いかけました。

目次


    コロナ禍にあって社会はどのように変化したのか

    富谷葉月(以下、富谷):21世紀に入って20年、現在は不確実性の高い「VUCAの時代」といわれています。特に2年以上続くコロナ禍は生活や社会に大きな変化をもたらしました。SF作家、そして現役のコンサルタントとしてコロナ以前・以降の変化をどのように捉えていらっしゃいますか。

    樋口恭介氏(以下、樋口氏):明快な回答は難しいのですが、いま言えることは、コロナによって戦後の日本社会が渇望し志向してきた「都市を中心とする複数の人間の物理的なつながり」という大きな構想が打ち砕かれたことで、内面化された規範と実態的な外部環境に齟齬(そご)が起きており、それによって発生した認知的不協和がさまざまなレベルで社会的な不和や軋轢(あつれき)を生んでいるということです。これまでは都市において人々が密につながることが豊かさの象徴であり、人々は他者との物理的なつながりを求めて都市をつくり、都市は経済を発展させ、その社会の中で人々はさらに物理的につながっていくことができる、というように、欲望/動機と報酬/結果は基本的にはそれほど齟齬なく結びついていたように思います。

    しかしコロナによって物理的なつながりが忌避的なものとして扱われるようになりました。それによって、それまで培われてきた内的規範と都市を中心とする経済社会がはしごを外され、混乱したり、希望を失ったり、あるいはバックラッシュ的に目の前の現実を認めず積極的に過去の規範にとどまろうとする動きが出てきました。「コロナ慎重派」みたいな人がいる一方でそれを軽んじる人がいたり「反ワクチン」「反マスク」を標榜(ひょうぼう)したりする人も多く現われているということですね。

    僕は2022年に「適切な距離」(『ことばと Vol.5』書肆侃侃房)というコロナを扱った短編小説を発表しており、その作品では「コロナなんてもう気にするなと言って外で人に会い続ける夫」と、「以前のように外に出たいと思っているにもかかわらず、コロナによって家の中にいつまでも閉じ込められ、あるいは夫に閉じ込められているとも感じはじめた妻」のあいだに横たわる不和を描いているのですが、そういうことは世界中の多くの家庭で起きていることだと思います。

    短編の中では書ききれませんでしたが、2010年くらいから全世界的なコミュニケーション基盤のように扱われるようになったSNSの影響ももちろん大きいと思います。不和とSNSの相性はとてもよく、コロナ以降は物理的なつながりを遮断された人々の異なる規範意識と混乱が一気に表出し、それがさらなる不和を生んだり分断を深めるという事態が観測されるようになりました。陰謀論などはそれ以前にもあり、アメリカではトランプ前大統領を狂信的に支持するQアノンが問題視されていましたが、影響範囲がより大きく行動が過激化したのはコロナ以降です。他人を求め合う意識、自分の認識フィルターを通して現実を見るさがから逃れられず、現実を自分たちの信じるものに書き換えようとしている人々のツイートやYoutube動画が強い訴求力を持ち、もはや特別なものではなくなってしまった、というのが現状だと思います。

    樋口恭介|SF作家、会社員
    単著に長編『構造素子』 (早川書房)、評論集『すべて名もなき未来』(晶文社)、『未来は予測するものではなく創造するものである』(筑摩書房)。その他、文芸誌などで短編小説・批評・エッセイの執筆。外資系コンサルティング企業勤務の傍らベンチャー企業Anon Inc.のCSFO(Chief Sci-Fi Officer)を務める。

    富谷:樋口さんの著書『未来は予測するものではなく創造するものである―考える自由を取り戻すための“SF思考”』は、ビジネスパーソンに向けてイノベーションを起こすためのSF思考を説いた一冊です。本書では「物語の力」が人々にもたらす影響や価値についても述べられています。いまお話にあったようなSNS内で醸成される“物語”も現れてきているなかで、物語が果たす役割も変化しているように感じます。この点についてはいかがですか?

    樋口氏:もちろん変化していると思います。その変化はSNSというよりも、そもそもインターネットの登場が大きな契機になっていると思います。少し古い話になってしまって恐縮ですが、やはり、市井の誰もが自分の言葉を生のまま発信できるようになった、というのはメディア環境を根本から覆す革命的なことだったのです。

    それまで物語のビジネスは活版印刷型マスメディアモデルであり、きっちりつくられた完成形の物語を「出版」という権威を背景にトップダウンで拡散していきました。それは基本的には教会が聖書を発行するモデルから派生しているもので、「教えを与える」というところからあまり変わっていません。流通のネットワークを持った出版社が知識・教養・伝えるべき情報を持った書き手を見つけて大衆にそれらの情報を届けてあげるというもので、大衆は口を開けて完成形の物語を吸収することが役割だったというわけです。

    これに対して、インターネット以降は誰もが情報発信できるようになったことで、教会=出版社モデルの権威性が完全に崩壊しました。完成形の物語は必要とされず、むしろ、不完全な物語の萌芽(ほうが)を読み手たちがくみ取り、その読み手たちが今度は書き手となって物語の完成度をより高めていくというような生成のプロセスこそが重要なものとなり、コンテンツビジネスの形態もそこに照準を当てるようになりました。SNSの登場以降はその傾向がより加速化しています。発信がますます容易になり、誰もが簡単につながることができて自分たちの物語をつくることができるようになったんです。先のQアノンの例で言うと、Qと呼ばれる匿名の中心人物が謎めいたシンボル的なキーワードをいくつか羅列し、読者がそれらのキーワードから連想される情報をかき集めて肉付けすることでQアノンという物語が、強く、大きなものとして発展していきました。陰謀論者は従来のマスメディアが発信してきたお仕着せの物語などは必要としておらず、自ら「発見」し仲間たちと「醸成」していく物語生成のプロセスの楽しさを利用することで、多くの人々の認知をハック、あるいは強化しているのですね。

    『未来は予測するものではなく創造するものである』(筑摩書房)

    不確実で変化の激しい時代、「理想の未来」をどう描けばいいのか

    富谷:おっしゃるとおり、マスメディアモデルの物語を大勢が受け入れる時代ではなくなったと私も思います。一方で『未来は予測するものではなく創造するものである』では、真のイノベーションに向けて自由な想像力を解放する「SFプロトタイピング」の可能性を語っています。このSFプロトタイピングはどのようなものなのか教えてください。

    富谷葉月|NTTコミュニケーションズ ビジネスソリューション本部 第五ビジネスソリューション部
    OPEN HUB Catalyst Business Producerとして、IT業界のお客さまとともに共創プロジェクトの企画・ビジネス化を担当。顧客とのデジタルタッチポイント・ウェルビーイング・スマートシティ関連のプロジェクトを進行中

    樋口氏:人は複数のシンボル同士をアナロジーで結びつけ、ネットワークをつくり出してしまう動物です。人は物語をつくり、それを共有することで、物理的には存在しない想像上の共同体をつくり上げてきた動物です。陰謀論者はその認知行動をうまくハックしている集団と言えますが、僕たちは彼らを包摂しなければならないし、そのためには、よりよい物語生成モデルをつくり上げて彼らも巻き込み、社会を営んでいかないといけないと感じています。僕にとってSFプロトタイピングとは、「闇の物語生成プロセス」に対抗あるいは包摂するための「光の物語生成プロセス」に関する提案であり思考実験の場なのです。

    SFプロトタイピングというのはSFというフィクション=物語を通じてアイデアを実装していくプロトタイプの方法論です。実装するという点ではデザインシンキングなどでいわれるプロトタイピングと同じですが、ポイントとしては「個人的な物語」に焦点を当てること、「その人にしか見えない景色を物語を通して可視化する」ことだと考えています。なぜ「個人」であり「物語」なのか。それは、「個人」というのは最も複雑であり社会的なものでありながら不可視であり、可視化することで複雑な社会課題が浮き彫りになる最も卑近なサンプルだからであり、そして「物語」というものは、不可視で複雑なものを複雑なまま提示することのできる最も慣れ親しまれた表現形式だからです。物語というのは面白いもので、1つの情報に絞って書きたいと思って書き始めても、結果的に1つにとどまらないことになるような性質があり、個人的な体験や感情について書いているうちに、それまで自分では気づかなかった側面を発見したり、あるいはまったく考えるつもりのなかった事柄について、書きながら深く考えさせられてしまうという体験を伴うものです。

    なぜそんなことが起きるのかはよくわかりませんが、小説を書いているうちに想定していなかった登場人物やエピソードが出てくるなど状況がダイナミックに動いていくことがあるんです。それは必然的に出てくるもので、人為的に操作できるものではありません。それがSFプロトタイピングの一番の魅力であり、奇妙な点でもあるのですが、そこが武器になりうるポイントだと思います。

    基本的に人間は人の目線、かつ時系列的でしか物を考えられない生き物なので、一種のロールプレイというか、フィクションや物語をいろいろな仕事に導入していくと、これまで見えてこなかった課題が突然見えてきたりします。あるいは、苦労してきた課題が急に解決したりなど、そういうことが起こりうると思います。SFプロトタイピングというのは、そういうことをあるフレームワークに基づいてある程度人工的かつ強制的に引き起こすフレームワークだと思っていただければよいかと思います。

    富谷:SFプロトタイピングはイノベーション創出に対する優れたアプローチだと思いますが、すぐに成果を出すためのものではなく、中長期的な目標を目指すものと私は理解しています。しかし、樋口さんもビジネスの中で成果をすぐに求められるケースも多いと思います。そうした要求に対してどのように対処しているのでしょうか。

    樋口氏:まず未来を考える思考法としては、現実から未来を帰納法的に考える「フォアキャスティング・アプローチ」、理想の未来を妄想して現在まで逆算する「バックキャスティング・アプローチ」の2つに大別できます。これはどちらが優れているというものではなく、目的に応じて使い分けが必要ですし、両方を混合しながら進めていくケースも多いというか、リアルなビジネスの現場ではそういった、使えるものは何でも使うというような総合的なアプローチがほとんどなのではないかと思います。

    ご質問に直接回答できているかどうかは微妙なのですが、ビジネスでは中長期的な視点と短期的な視点のどちらも大事だと思います。迅速な成果が求められるということは、本当に困っている人がいるからニーズがあるので、そこに対する解決策はきちんとつくらないといけません。一方で中長期的な視点で未来を妄想してイノベーションを起こすことも必要なので、両方の視点を持つことが必要だと思います。SFプロトタイピングはたしかに後者において最も力を発揮するものですが、SFプロトタイピングや、あるいは単に物語を自分でつくってみるという経験を通して得られたスキルは前者も含めてどんなケースでも何らかの形で役立つのではないかと思います。それは基本的に「こういうものを作りたい」という基本構想を固める経験と、「こういう文脈で、人はこう動く」という人間に対する想像力を培う経験だと思うからです。

    僕の場合、本業のITコンサルティングの仕事では運用設計という業務が好きでよくしていますが、運用設計はストレートに人間について考えることなので、物語をつくるスキルがそのまま生きていると感じることが多いです。運用設計というのは、「あるシステムをユーザーにどう使ってほしいか」「そのシステムが導入されることでユーザーの業務はどう変化し、ユーザーの体験はどう変化するか」「想定している使われ方以外に、どのような使われ方がされる可能性があるか、それはなぜか、そうした例外系が発生した場合にはどのような対処をすれば通常系に戻ることができるのか」というようなことを考える作業で、要は人間に着眼してシステムを考えるということです。それは決してバックキャスティング的な思考のアプローチではありませんし、誰の目で見てもわかるような目立つイノベーションを起こすようなものではありませんが、実際に生きて活動している目の前の人間の課題を解決するものではあります。物語が誰かの未来の苦悩を除去するという意味では、SFプロトタイピングと本質でつながるところがあると感じます。

    富谷:なるほど。NTTグループが描く未来のキーワードにデジタルツインという言葉があります。デジタルツインを通じて未来の予測モデルをつくり、安心安全な利便性の高い社会を目指していくというビジョンがあるのですが、個人的には面白い発想につながりにくいという懸念もあるんです。この点について樋口さんはどのような印象を持たれますか?

    樋口氏:デジタルツインは面白くなくていいんですよ(笑)。先ほど申し上げたとおり、方法論や技術には、大きな課題を解決するものと、そもそも課題が何かわからない状態から課題を見つけ出すためのものがあると思っています。デジタルツインはすでに得意領域がはっきりしていて、対応する課題もかなり網羅的に整理されつつあります。都市インフラの破損リスクを予測したり、人流のシミュレーションを精緻化したりすることで、未然に事故を防いだり公衆衛生に役立てたりなど、やるべきことははっきりしていて、そういう技術についてはまずはやるべきことを淡々とやるべきだと考えています。楽しいアプローチを考えるのはそのあとだったり、あるいは並行してその技術を応用したまったく別のサービスやプロダクトとして分けて考えるべきなのではないかなと思います。

    繰り返しになりますが、大切なのは「人間」と「物語」に着眼することで、面白さというのはあとからついてくるものなのだろうなと思います。都市インフラの脆弱(ぜいじゃく)化によって何が起きるかとか、人流の設計がうまくいっていない空間で何が起きるか、そのとき一人ひとりの生きた人間が何を感じるか、そのような背景を持った環境で人はどのような生を生きているのか、というようなことについて思いを巡らせるというのは、技術を扱う人間として当然の義務だと思いますが、技術を巡る文脈や使われ方について考えることは純粋に楽しいことだとも感じます。

    最近はデザインシンキングなどユニーク性を求めるアプローチが人気ですし、DXが注目されるなかで人間中心のデザインや直感性が大事だといわれていますが、ある意味それは当たり前のことなんですよね。なぜかそれを誰も指摘してこなかっただけで、人間中心の使いやすいデザインベースで物事を考えるとよいというのは自明なことのように思います。

    それと同じように人間はストーリーやフィクションを介して現実を認識しているというのも当たり前の話なんです。いまはその自明の理があまり広くは理解されていないように思いますが、当たり前であるからこそ、そのうちこうしたSFプロトタイピング的なアプローチ、すなわち個人と物語に着眼するアプローチは普及していくのではないかなと思います。

    人の心持ちで社会が変わるからこそ、SFプロトタイピングで想像力を解放しよう

    富谷:なるほど。SFプロトタイピングの入門編として、ビジネスパーソンが触れておくべきおすすめのSF作品などがあれば教えていただけますか?

    樋口氏:難しいですが、ぱっと思いつくのは2014年に公開されたSF映画『ベイマックス』ですね。公開時に初めて観てすごいなーと思って泣いたりしていたのですが、最近あらためて子どもと一緒に観てみたところ、やはりあまりに素晴らしくて感動して泣きましたね。この作品は始まってから終わるまでひたすらずっと面白いし、枝葉末節的な位置づけで出てくるテクノロジーも全部しっかりしていてかつビジョナリーでもある。テクノロジーの良いところも悪いところも、テクノロジーを扱う人間の良いところも悪いところも描かれていて、かなり教育的な作品だと思います。

    大筋では、人間の心持ち1つで社会は良くも悪くも変えられてしまうということがリアルな視点で語られていて、今日僕が話してきた陰謀論とSFプロトタイピングの同じところと決定的に違うところなど、大体『ベイマックス』の中で描かれ尽くされているんじゃないかな、と思います。SFプロトタイピングの最高の例の1つだと思いますし、お話として単純に本当に面白い作品ですね。もう観ている人も当然多いとは思いますが、まだ観たことのない人にはぜひ一度観ていただきたいですし、一度観ているという人もこれを機会にもう一度観てほしいです(笑)

    富谷:最後に、樋口さんが社会に対して感じている課題と、理想とする未来像について教えていただけますか。

    樋口氏:いまの社会は全体的に強い人間を想定してつくられていて、そうではない人間は弱者としてしか扱われず、不平等だと感じているので、社会が求める強さを獲得せずともありのままで変わらずに生きられる社会を実現できたらいいなと思います。インクルーシブデザインの構想とも重なりますが、たとえば耳が聴こえない人が健常者と同等、あるいはそれよりも優れた聴覚を持つようになるとか、目の見えない人が肉眼よりも高い解像度で外の世界を認識できるようなテクノロジーとか、障がいのある方が健常者よりも高い能力を持つ、あるいはそのように評価されうる社会構造になったらいろいろ変わって面白いだろうなと考えますね。実際にそうした研究も進んでいますし、プロダクトも出てきています。そういうのがちゃんと当たり前に流通して使われる社会に、自分も貢献できたらいいなと思っています。

    富谷:お話を聞きながら、障がいなどによって活躍しづらい状況にある方が、より充実感を得て生きるためにテクノロジーを使える可能性は十分にあると気づかされました。たとえば、メタバース空間でアバターというもう一人の自分が社会活動する時代が見えてきていますが、メタバース空間のほうが身体を忘れて、特徴ある個性をむしろ発揮しやすい方もいらっしゃると思います。メタバースや脳波などはまさにNTTグループが力を入れている分野でもあります。

    また、今回のテーマであるSFプロトタイピングは現在の共創プロジェクトの中にも取り入れたいと思いました。物語は主人公が一人または少人数です。ビジネスにおいても人間中心であるとともに主人公となる対象を決めることが重要と考えます。新規ビジネスのアイディエーションの中で、全方位的な思考をしてしまいがちなのですが、主人公を決めて、ビジネスの仮説というよりも物語をつくっていくような感覚で取り組めると新たな発想が出て、さらに楽しく取り組めそうです。本日はありがとうございました。