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DIVE to METAVERSE
2022.09.14(Wed)
目次
メタバースとは、英語の「Meta(超越)」と「Universe(宇宙)」を組み合わせた造語です。もともとは1992年に出版されたSF小説『スノウ・クラッシュ』の中でつくられた仮想空間サービスの呼称として誕生した概念ですが、今やその存在は現実のものになってきています。米金融機関のレポート※1 によれば、メタバース経済圏の規模は2030年までに8兆ドル(約980兆円)から13兆ドル(約1,600兆円)規模になる※2 という見通しもあるほど、成長が期待されているマーケットです。
※1 出典:https://www.citivelocity.com/citigps/metaverse-and-money/
※2 出典:https://coinjournal.net/ja/news/citi-metaverse-could-be-a-13-trillion-economy-by-2030/
さまざまな定義・解釈があるメタバースですが、広義では、仮想世界そのものを指す言葉として利用されています。
そしてこの仮想世界は、大きく2つに分けることができます。
1つは、「現実とは異なる理(ことわり)を持った新しい世界」です。現実のルールや物的法則に縛られないゲームのような完全な仮想世界をイメージすると分かりやすいでしょう。
もう1つは 「現実をデジタル化したもの」で「ミラーワールド」や「デジタルツイン」、「虚偽現実」とも言われています。バーチャル上に現実世界を再現し、拡張することで実生活における利便性を高めることを目指すものです。
狭義のメタバースでは、上記のうち、「現実とは異なる理(ことわり)を持っている世界」のみを指したり、さらに、その中でも、VR SNSやソーシャルVRと呼ばれるような「コミュニケーションの場としての仮想世界」を指す場合があります。
このように、さまざまな定義・解釈があるメタバースですが、その背景技術として、XR(クロスリアリティ)が挙げられます。本稿では、そのXR技術とは何かを解説した上で、私たちの生活や社会にもたらす新たな価値について話を進めていきます。
XRとは、現実世界と仮想世界を融合することで、現実には存在しないものを五感で「感じ、知覚できる」技術の総称です。AR(拡張現実)、MR(複合現実)、VR(仮想現実)が代表的な実現例です。
AR(拡張現実)は、現実世界に仮想世界を重ねて“見る”技術です。MR(複合現実)は、現実世界に仮想世界を“融合”させる技術です。どちらも仮想世界から現実世界へ投影される物体を重ねたり、融合したりして見せるだけではなく、コントローラーなどで操作することもできます。
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一方、VR(仮想現実)はデバイスを通じて現実とは異なる仮想世界に “入り込む”技術です。VR専用のカメラで撮影された360度の静止画や動画、あるいはCGで制作されたコンテンツをヘッドマウントディスプレイ(ヘッドセット)などで鑑賞することで、その場にいるような体験を味わうことができます。
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【出典】NTT XR(About NTT XR)
XRでは、どのようなプレイヤーが出てきているでしょうか?XR関連プレイヤーを下記の6つのレイヤー(階層)で分類して解説します。従来のインターネット市場におけるGAFAMのような突出したプレイヤーはまだ現れてはいないようですが、3Dデザインエンジンなどでは、一部の企業が存在感を示しているようです。
1. ネットワーク・コンピューティング
2. アクセス・インターフェイス(ハードウェア)
3. 開発者向けツール
4. 仮想世界
5. 仮想世界上の商品
6. 経済インフラ
1. ネットワーク・コンピューテイング
XRでは、ビッグデータと低遅延に対応できるインフラが必要になります。この領域で現在突出しているのは、チップ・プロセッサーのQualcomm社です。同社のチップやプロセッサーなどの製品が、Meta社が販売するVRゴーグル「Meta Quest」シリーズや台湾のHTC社が販売するVRゴーグル「VIVE」シリーズに採用されています。
2. アクセス・インターフェイス(ハードウェア)
没入感を高めるハードウェア機器類です。この領域で圧倒的シェアを握っているのは、Meta社のQuestです。今後この領域がさらに小型化/不要となると、ユーザー数が爆発的に増加すると予測されます。なお、この領域には、スマートフォンやパソコン、ゲーム機器などインターゲットにつながる、コネクティッドデバイスも含まれます。
3. 開発者向けツール
XRの体験を構築できるように支援する開発者向けツールを手掛けるレイヤーになります。3Dデザインエンジンは、VRなどの視覚要素、視覚効果などの開発に使われ、Epic Games社の「Unreal Engine」および、Unity社の「Unity」がシェアを握り、昨今の多くのサービスで使われています。AR開発向けキットは、現在のところ、突出しているといえる企業はでてきていないようですが、スタートアップ企業やNiantic社、Qualcomm社、Amazon社、Google社、Meta社など大手テック企業も参入しており、競争が激化すると予想されます。
4. 仮想世界
SNSやゲームから発展した、中央集権型の仮想世界と、ブロックチェーンを活用して構築された分散型の仮想世界に分けられます。中央集権型の仮想世界の分野では Epic Games社の「フォートナイト」や Roblox社の「ロブロックス」があります。一方で、参加者全員で1つのデータベースを分散的に管理するブロックチェーン技術を活用した非中央集権的な仮想世界の分野では、「ディセントラランド」や「ソムニウムスペース」が有名です。ここでは、アイテムや土地がデジタル資産の所有を証明するNFT(非代替性トークン)を活用して取引されます。
5. 仮想世界上の商品
このレイヤーは、仮想世界上で流通する商品を販売している企業のレイヤーです。例えば、仮想世界で着用する、「仮想ファッション」はファッションブランドが新たな収益源を構築する手段として位置づけているようです。DRESSX社は、2022年の4月にRoblox社と、7月にはMeta社と提携し話題となりました。
6. 経済インフラ
このレイヤーには、仮想世界での売買や保管を可能にするテクノロジーが含まれます。複数のプラットフォームと接続して暗号資産やデジタルコンテンツを保管・管理するデジタルウォレットの分野では、Bitski社の「Bitski」やConsenSys社の「MetaMask」が有名です。 また、NFTマーケットプレイスは、分散型仮想世界の経済活動の柱として台頭しつつあります。仮想世界のアイテムのNFTを外部のNFTマーケットプレイスに出品することも可能になってきています。
では、実際にXRは私たちの生活や社会をどのように変えるのでしょうか? XRは仮想と現実を融合したものですが、その活用目的も現実世界に主眼を置いた「現実世界の質の向上」と、仮想世界に主眼を置いた「仮想世界という新たな「場」の創造・活用」に大別されます。最初に、「現実世界の質の向上」につながる、「拡張現実」「実験空間」「人間拡張」の3つの価値を事例と共に見ていきましょう。
拡張現実:現実に情報などを付与することで、現実の質を向上
現実の風景にデジタルの視覚情報を重ねて表示することで、目の前にある世界を仮想的に拡張することができます。2016年にリリースされ大ヒットした任天堂の「ポケモン GO」は、本来は現実に存在しないものを目の前に表示させることで、新しいサービスやエンターテインメントを創出した好例です。
ビジネスで活用されている一例として挙げられるのが、東計電算が販売している在庫/検品業務向けのソリューションです。これは、AR技術を導入することで業務情報やシステムデータの可視化を実現したものです。
同ソリューションでは認識したバーコードに対して、現実の情報(スマートフォンのカメラなどの画面に映し出される場所)に仮想情報を重ね合わせるAR技術を活用することで、在庫情報や出荷予定情報、 ピッキング指示情報も正しくナビゲーションさせることができます。これにより、業務に関する知見があまりない作業者でも熟練者と同様の作業遂行が可能になります。
実験空間:現実にフィードバックすることを前提とした、実験の場
仮想世界に現実世界と同じような実験空間を構築することで、現実世界の質の向上を目指す取り組みもあります。現実世界では時間やコストがかかって実現が困難だったり、危険性が高かったりする実験でも、仮想世界ならば短時間・低コスト・安全に実施できるのです。また、特定のスキルを身に着けるためのトレーニングを行う実験にも有効です。そうした実験空間の構築は、製品開発や都市開発など多様な活用方法が想定されています。
例えば、国土交通省の「Project PLATEAU」では、都市空間情報のプラットフォームとして3D都市モデルを整備し、オープンデータとして公開することで、誰もが自由に都市のデータを活用できるようにするとともに、多様な分野のユースケース開発が進められています。 さまざまな都市の活動データが3D都市モデルに統合され、フィジカル空間とサイバー空間の高度な融合(デジタルツイン)が実現することによって、都市計画立案の高度化や、都市活動のシミュレーション、分析などが可能となります。
人間拡張:現実世界で人の存在や能力を拡張し、理想の自己を実現
XR技術を用いれば、人が本来持っていたが、何らかの理由で失われてしまった身体や能力、あるいは、もともと持ち合わせていなかった身体機能や能力を活用できるように支援、アドオンすることも不可能ではありません。現実の世界で人の能力や存在そのものを拡張し、なりたい自分になることも不可能ではありません。
一般的には習得し難い高度な能力をデジタルデータに変換し初心者に付与することでスキルを疑似的に習得する実験もすでに行われています。将来、スキルは努力で身に付けるものではなく購入できるものになるかもしれません。
また、医療分野では、何らかの理由で失ってしまった現実の身体機能や能力をXRで補うための研究が進んでいます。その一例として挙げられるのが、電通国際情報サービスのオープンイノベーションラボがKIDSと共同で企画・開発を手掛ける「幻肢痛VR遠隔セラピーシステム」です。これは、幻肢痛※患者とセラピストが同じVR空間内で位置関係や動作を共有しながらコミュニケーションをとることで、患者がセラピストを訪問しなくても、どこでもセラピーを受けられるようにする仕組みです。
※幻肢痛:事故や病気で手足を欠損または神経が断絶してしまい感覚がなくなった患者が、失った四肢に対して痛みを覚える症状
次に、「仮想世界という新たな「場」の創造・活用」を促す価値を見ていきましょう。ここでの仮想世界は、前述した「現実とは異なる理(ことわり)を持った新しい世界」を意味します。現実世界での体験が中心だったこれまでの3つの価値とは異なり、仮想世界そのものにおける体験を重視する点が特徴となります。「製作者主導型」「ユーザー主導型」の2つの異世界体験の価値を事例と共に見ていきましょう。
異世界体験 (製作者主導型):製作者によって設計された世界に没入
「製作者主導型の異世界体験」とは、コンサートや展示会、アトラクションなど、体験を設計された仮想世界に入り込む体験です。現実ではコスト、物理原則などの制約で実現し得ないような世界観もつくり込むことができます。
コロナ禍では、フォートナイトなどのメタバースプラットフォームで著名なアーティストが相次いでライブを開催し話題となりました。
そのような、製作者によって用意された世界にユーザーが参加するタイプのコンテンツでは、同じ体験を複数のユーザーが同時に体験できることも特徴の1つです。
日本国内の事例としては、観光庁が2022年に開催した「おうちでつながるバーチャルプチ旅行!」があります。これは、NTTが提供するXR空間プラットフォーム「DOOR」を用いた子ども向けの観光コンテンツです。参加者はバーチャル空間上で現在は存在しない首里城を訪れ、沖縄美ら島財団のガイドによる仮想世界特有のツアーを体験することができます。最大100人の参加者が同時接続数可能で、全国各地の子どもたちが自宅から参加しました。ツーリズム以外でも、例えばビジネスシーンではリモートワークやハイブリッドワークの一般化に伴って、メタバースオフィスについて検討する企業が増加しています。
異世界体験(ユーザー主導型):制作・販売・交流を通した自己表現の実現
「ユーザー主導型の異世界体験」とは、現実とは全く異なる世界上で、ユーザーがモノを製作したり、街を創造したり、ユーザー主導で進めることができる体験です。また、外見や自分が何者になるかをユーザー自身が選択し、外見や人格などをつくり上げることや、ルールすらユーザーで決めることのできる「世界」をつくり上げることも可能です。すなわち、ユーザーの自己表現、自己実現の場となるのです。
近年では、NFT※ を活用し、アート作品や建築物などあらゆるデジタルコンテンツの取引が可能な新しい市場がつくられるという動きもあります。また、現実とは異なる風貌のアバターでユーザー同士の交流を楽しむことができ、より自由でユニークな経済活動やコミュニケーションが可能になります。ユーザー自身が主導する能動的な体験の一例と言えるのが、現在世界で流行中のゲーミングプラットフォーム「ロブロックス」です。
ユーザーは、ロブロックス内の多種多様なゲームをオンライン上でプレイできます。ゲームのジャンルは、ロールプレイングからアドベンチャーゲーム、格闘ゲーム、障害物ゲームなどさまざまで、その数は5,000万を超えるともいわれています。
特筆すべきは、ロブロックス内の「Roblox Studio」を使用してオリジナルゲームを開発・配信できるという点です。ユーザーはゲームで遊ぶだけでなく、つくり手としても楽しめるのです。Roblox Studioでゲームをつくるためにプログラミング学習を始める子どもも多いそうです。
※NFT:「代替不可能なトークン」を意味し、デジタルデータが偽造不可な鑑定書・所有証明書付きであることを保証するトークン。固有のアドレスが振られているため、替えが効かないことが特徴。
現実世界と仮想世界を接続し新たな価値を創出するXRには、まだまだ活用法が存在します。本稿では心理学や認知科学の切り口から「感覚の仮想化」と「人格の仮想化」といった2つの視点に分けてXRの活用を考えていきます。まず、「感覚の仮想化」について事例と共に考えていきましょう。これは、XRの活用により、本来は感じるはずのない感覚を得たり、感覚や感情のコントロールが可能になるということです。
東京大学の「Cyber Interface Lab」(廣瀬・谷川・鳴海研究室)が行っている「五感インタフェース」研究では、クロスモーダル現象という人体のメカニズムに着目した認知科学を応用した実験を行っています。
クロスモーダル現象とは、視覚情報によって味覚が変化するなど、本来異なる感覚が相互に影響しあうことを言います。同研究室が行った「メタクッキー」という研究では、ヘッドマウントディスプレイを付けバタークッキーを持たせた被験者の視覚と嗅覚にチョコレートクッキーの情報を与えることで起こる変化を検証しています。被験者の8割は、実際にクッキーを食べて「チョコレートクッキーの味がした」と回答したそうです。
このように、XRを活用し、「本来しないはずの味」を感じさせることができるのです。
もう1つの視点「人格の仮想化」とは、一般的に過去の自分の経験などにより形成される人格を、過去の自分とは切り離し、仮想世界上で「自分が何者であるのか、どのような行動をしたか」で、現実でもその後の行動や能力を変容させることです。
アバターなどを使って外見を変えることで行動や能力の変容が見られるという研究が存在します。例えばアインシュタインのアバターを利用することでテストの点が上がったという実験結果が出ています。
これと同じように、XRで誰かの経験を疑似的に体験することで、その後の行動を変容させられる可能性があります。スタンフォード大学が行った研究では、XRでヒーローになる体験をした後には、同様の体験をしていない場合に比べて利他的行動が増えたという研究結果が出ています。
XRは、このように行動や能力を変え、もしかしたら、人生をも変え得るような大きな可能性を秘めているのです。
仮想的な知覚や人格を生み出すことすら可能なXRには、一定のリスクがあるという懸念も示されています。
感覚面では、拷問の疑似体験が現実の身体に影響を及ぼした事例も報告されています。人格面では、現実世界の自分と仮想世界の自分を混同することでアイデンティティクライシス(自己同一性の喪失)につながるなど、仮想世界ならではのトラブルや、仮想世界の特性を悪用した犯罪なども、XRが内包する危険な側面として注意しなくてはいけません。
XRの普及が進む中、各国によるリスクの回避や低減を目的とした法律の整備、企業による犯罪行為の抑止を目的としたサービスアーキテクチャの開発が進められています。
法律の例としては、EUが2022年7月にデジタルサービス法案(DSA)を採択したことが挙げられます。オフラインで違法なことはオンライン上でも違法でなければならないという原則の下、違法コンテンツに対する規制、ユーザーの基本的権利の保護を目的とした法律です。
また、アメリカではオンラインサービスのリスクから子どもを守るために、13歳未満の子どものプライバシーを保護する規制「児童オンラインプライバシー保護法(COPPA)」が制定され、主要なVRゴーグル販売メーカーは、13歳未満の利用を非推奨にしています。
民間からはアバターの不正利用やなりすましの抑止、行動ログで誘い出しやいじめ被害の未然防止をするサービスなども出てきています。その一方、多くの仮想世界のサービス提供者の規約は抽象度が高く、利用者のモラルに委ねられているのが現状です。規約には『いかなる種類の嫌がらせ、差別行為も容認しない』などの記載があるものの、具体的な定義がされておらず、利用者個々人の倫理感、判断に委ねられているのです。
今後は規制を具体化するとともに、サービス内で自動的に差別・いじめ行為を判別し、抑止する仕組みなどが求められています。
XRは未来の社会を切り開くための壮大な実験の場となり、また理想の自己を実現したり、自分とは異なる他者を理解したりする手段となり得ます。XRで実現する体験は、単に消費される以上の影響をもたらし、私たちの人生を変え得るものとなるかもしれません。また、能力や身体、体験が共有化されていくと、「個」が広がり、従来の「個」の概念すら変わっていく可能性があります。
そのようにして、XRは私たちの生活や社会を変える可能性を秘めています。この新しいテクノロジーを用いてどのような体験価値をユーザーや社会に提供するのか、その鍵は我々ビジネスパーソンが握っています。
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