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New Technologies
2022.08.24(Wed)
目次
―秘密計算はDXとの関わりも期待されています。はじめに、企業を取り巻くDXの現在地について教えてください。
鈴木良介氏(以下、鈴木氏):定型的な業務をソフトウェアに任せることは昔から行われてきましたが、その範囲が広がっています。業務の電子化・自動化を行うとデータがたまる。たまったデータを分析・活用すると、より良い判断ができる。そのような営みが、この10年間でさまざまな業種・業務で進みました。自社にたまったデータを活用しよう、という営みです。
自社データの活用がある程度進むと、他社が保有するデータも活用したい、と考える事業者がでてきます。自分たちが知り得ないことを知っている事業者が世の中にいる。その事業者が保有するデータを使えないだろうか、という考え方です。これも先行する業界では昔からありました。メーカーが小売店のデータを買うようなパターンです。自社製品がどのような製品と一緒に買われているのかは、メーカーは知りませんが、小売店は知っていますから。
とはいえ、多くのデータは営業秘密です。他社に対して、生データを渡すことは容易ではありません。かといって、統計値や集計情報にして渡すのでは、両者が保有するデータを関連付けた分析ができない。その保護と活用のトレードオフを変えると期待されているのが、秘密計算という技術です。
―秘密計算が実際に活用されている事例はあるのでしょうか。
櫻井陽一(以下、櫻井):医療は活用が進んでいる業種の1つです。この業界はデータが個人の特定につながりやすい問題があります。例えば、希少疾患のデータを扱う場合「この地域の何歳ぐらいの患者さんで、こういう症状がある」というデータだけで、該当者はほんの数名にまで絞られてしまいます。あるいは、疾患によっては遺伝的特性があるので、情報の扱いには制約が伴います。
しかし、秘匿性が担保された秘密計算によって、医療業界におけるデータ活用の幅が大きく広がる可能性はあります。具体的には、秘密計算を使えば患者さんが診察室で医師に話しにくい本音のデータを聴取することも可能ではないかと考えています。私たちとしても、すでに千葉大学医学部附属病院に秘密計算技術などを提供し、共同研究を通して医療業界にブレイクスルーを生み出そうと取り組んでいます。
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鈴木氏:ほかにも海外政府が秘密計算を用いた有名な実験があります。異なる機関が保有する「教育のデータ」と「収入のデータ」を関連付けて分析しました。これは教育による収入への影響を調べようとしたもの。このような原因に関するデータと、結果に関するデータを保有する組織が異なるような状況は、秘密計算が活躍する分かりやすい例ですね。
データを集める事業者と実際にデータを活用する事業者は同じとは限りません。秘密計算によって、秘密を守りながら安全にデータを共有し、新たな価値を生み出すことが可能になります。
―秘密計算を使ってデータ活用を促進するためには何が必要ですか。
櫻井:最近は私のところにも、「秘密計算の技術は画期的で、ウチにはデータもあるけど、どう活用すればいいか分からない」という相談が寄せられます。
鈴木氏:秘密計算はデータ連携を行う際の障壁を減らしてくれますが、「データ連携の目的」は定めてくれません。その点は、秘密計算の活用よりも前の工程として考える必要があり、ここが難しい。
なぜ難しいのかと言うと、組織の中にデータ活用の経験や風土がまだ十分に醸成されていないからだと思います。データ活用は2010年より前は一部の人に限られた特殊な業務でした。ところが、ITの成熟とともに関係する範囲が急速に拡大しました。そうすると仕事の仕方が大きく変わる。
このような変化は不可避ですが、「これまでの仕事の仕方に縛られずに、デジタルを活用しよう! まずは自社データ活用だ! その先にデータ連携もあるぞ! あれもやりたい、これもやりたい」などと一足飛びに変化することはできません。20年前からやっている、自分が得意な仕事の仕方にこだわってしまうのは仕方ないですから。
ただ、意思決定者も10年前と比べれば、徐々にですが「データ活用当たり前」の世代になってきているように感じます。そのような世代交代・組織風土の変化が進むと、データ連携や秘密計算活用に対する機運も高まるのではないでしょうか。そういう新しい世代の意思決定者が、データ連携と秘密計算活用の旗振り役になってくれるといいですね。
櫻井:まだまだ成功例が少ないからこそ、データ連携やデータ活用は進まないのかもしれませんね。導入によって生み出される利益、あるいは削減できる費用が分かれば導入も進むはずです。
秘密計算はDXと異なり、効果が理解されにくい部分があるので、私たちとしても旗振り役となる意思決定者を後押ししていきたいと考えています。
鈴木氏:旗振り役の存在は、社内組織間のデータ連携にも欠かせません。特に大企業はサイロ化しがちです。本当ならばデータ連携したほうが良い組織も、データ連携に躊躇してしまうことがあります。そのようなときに、旗振り役がうまく両者を結びつけられると、企業としてのデータ活用が進みます。
同じように、同業種間でのデータ活用に関しては「羊飼い」のような存在が求められそうです。中堅・中小企業を「羊」に例えると、各企業の資金は潤沢ではなく開発費用に資金をかけられず、データも企業ごとに分散している状態です。
櫻井:そこで羊飼いのような存在がいれば、人も知恵も金も十分にない多くの羊たちが抱えるデータを束ねて活用することもできるのではないかと。
鈴木氏:そういうことです。その上、この話のミソは、それぞれの羊が幸せになることで羊飼いも幸せになるところ。個々の事業者のデータを束ね、そこから得られた知見を羊たちに返すことでそれぞれに利益が生まれ、最終的に羊飼いの取り分も増えるのです。
例えば、サプライチェーン上で羊たちに商品やサービスを卸している企業などは、羊飼いのポジションを取りやすいのではないかと考えています。
櫻井:各企業は秘密計算によって互いの売り上げといったデータなどは明かさずとも、羊飼いがデータを分析してシェアすれば、各企業の売れ筋商品などは知ることができて会社の収益につなげられるわけですね。
鈴木氏:秘密計算はデータ連携を実現するための手段に過ぎません。また、データ連携も何かしらの目的を達成するための手段に過ぎない。データ連携に関わる複数の組織が、前向きに協力するためには、この「データ連携の目的」がとても大切だと考えています。ちょっと格好つけるならば「大義」と呼んでもいいかもしれません。
大義があれば、データ連携に前向きになり、データも集まりやすくなるでしょう。その上で、秘密管理の問題点があるならば、秘密計算を用いる。これが順当な流れだと思います。例えば、医療では人々が健康であることで社会全体のコストも下がるという大義があるので、データも集まりやすいと言えそうです。
櫻井:大義を掲げる上でのヒントはありますか。
鈴木氏:最近話題のパーパス経営が挙げられます。企業の存在意義を意味するパーパスに基軸を置いた経営手法で、会社は大義があって生まれ、利益の追求も大義を成し遂げるためのプロセスでしかないという考えです。
櫻井:同じように、データ収集や活用もあくまでも大義のためということですね。提供側にとっても、データが社会にどのように貢献されるかという目的は、重要な要素と言えそうです。
―今後、秘密計算がDXに貢献できる具体的な活用法があれば教えてください。
鈴木氏:私自身としては、スマートシティでの活用を目指したいですね。交通や医療といったさまざまな都市機能があるなか、個々の機能の電子化や効率化を進めるだけでなく、それぞれの機能を超えてデータ連携を行う。それにより、都市全体の取り組みが最適化されていく。そのためには機能間のデータ連携が必要になりますし、そのなかで秘密計算の出番もあろうかと思います。
スマートシティは企業の協力なしには実現はされないものの、あくまでも自治体の取り組みとなります。1つの企業がデータを占有できないという大前提があるからこそ、秘密計算を活用する大きな可能性を感じさせます。
櫻井:確かに、今はどの自治体でもエビデンスベースで政策を立案してプランニングしますから、データを活用して自治体の抱えている課題を解決できそうです。もちろん、住民は個人情報が守られながらもデータ活用のメリットも享受されるべきですから、秘密計算が役に立つシーンは数多くありそうです。
【ウェビナーアーカイブのお知らせ】
秘密計算やデータ活用に関するウェビナーの模様を収録した動画は、こちらよりご視聴いただけます。
<ウェビナータイトル>
今、話題の「秘密計算」とは何なのか?~安全性を担保したデータ連携を実現!自社内・企業間への適用を語る~
※視聴にはお申し込みが必要です。
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