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Food Innovation
2022.07.22(Fri)
目次
鍵田幸成(以下、鍵田):岡田さんの著書『フードテック革命』、興味深く拝読いたしました。この書籍を書こうと思ったきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
岡田亜希子氏(以下、岡田氏):私はもともとコンサルティングファームでハイテク業界のリサーチャーをしていました。以来、世の中の流れを追う中で、「食」もまさに激動の時を迎えようとしている分野の1つだと感じ、最先端で何が起きているのかを伝えたいと思いました。
ご存じの方も多いと思いますが、2005年ごろまでは、ハイテク分野で日本は世界のイノベーションの中心地でした。薄型テレビのような家電だけではなく、携帯電話などITの分野でも世界に先駆けるような画期的な取り組みがなされていた時代です。
しかし、その後GAFAが黒船のごとく日本に上陸して、あっという間にシェアを奪っていきました。その結果、ITの分野で日本の世界的なプレゼンスは一気に低下します。
そして、このような動きが「食」の分野でも起きかねないという危機感を抱くきっかけがありました。アメリカで開催された食のカンファレンス「スマートキッチン・サミット」では、IoTキッチン家電や、それらをつなぐキッチンOSなど、テックを活用した新たなコンセプトが示されていました。この分野も、本来なら日本が強いはずですが、日本企業の名前はまったく出てこないのです。
このままでは世界に取り残されてしまうーー。そんな危機感も『フードテック革命』を執筆するきっかけになったのだと思います。
その思いから、2017年には「スマートキッチン・サミット」の創設者との共同により「スマートキッチン・サミット・ジャパン」を立ち上げました。年を追うごとに参加する企業は増え、業種も多様になっています。当初は「キッチン」と冠していることもあり、家電メーカーの参加を想定していましたが、実際には不動産や食品メーカー、化学メーカーなど想定していなかった業界からも多くの企業さまに参加していただいています。
鍵田:それは興味深い動きですね。岡田さんはスマートキッチン・サミット・ジャパンにさまざまな業種が集う理由をどのように考えておられますか。
岡田氏:業界問わず、解決すべき課題に対する共通認識があるからだと思います。
SDGsに食品ロスの削減などがターゲットとして設定されるなど、食に関連する社会課題が山積していることや、日本では人口減少が進み経済成長が停滞する中で、新たな市場を創造するために何かヒントをつかみたいといった、各企業が解決したい課題は共通しているように見えます。
さらに、現在の食の問題は1社だけでは解決できません。食品ロスの削減を実現するなら、サプライチェーン全体を見直し、そのためにメーカーから流通、小売まで一気通貫でリデザインが必要です。これらの課題は業種問わず認識されていると思います。
小久保龍太(以下、小久保):私たちは国内のさまざまな企業とサプライチェーンDXに取り組んでいるのですが、岡田さんはサプライチェーンのDX化にまつわる動向やトレンドは、日本と海外ではどのような違いがあるとお考えですか?
岡田氏:テックを活用して課題を解決しようという意識は、日本よりも欧米の方が高いように見えます。そもそも、海外では決まった日に注文した食品が届かないことが当たり前だったりして、日本以上にサプライチェーンに課題を抱えている場合があります。だからこそ、そうした問題を解決するために省人化やトラッキングの技術を高めて活用しようという動きが活発になるのではないでしょうか。
一方、日本のサプライチェーンにおいてDXを推進する上で課題になるのが「バリューチェーンの分断」です。個社や業界別のバリューチェーンは効率化されているかもしれませんが、それが食のサプライチェーン全体で見たときに最適化されているかというと、必ずしもそうではありません。しかも、所々で人の経験や勘に頼り切っている部分もある。どこが音頭を取って業界横断で見直しを進めるのか、大きな問題です。
小久保:分断がある現状についてはその通りですね。私たちが取り組んできたプロジェクトの背景にも、同じ問題意識があると思います。海外ではどういった人々がリードしているのでしょうか。
岡田氏:さまざまなケースがありますが、1つは「大学」です。アメリカでは農業に強い大学などが起点となり、民間企業などを集めてコンソーシアムを組んで動いています。
アメリカのオハイオ州立大学では、サプライチェーンにおけるデータ連携のプログラムを開発していて、これは、例えばハリケーンが発生した際に農作物の生産量がどれくらい被害を受けるのか、物流・生活者への供給量がどう変化するかのシミュレーションができたりするものなんです。ただ、一言で「農作物」といっても、それは農家にとっては「生産物」で、物流事業者にとっては運ぶ「箱」、小売店にとっては「商品」という具合に、プレーヤーによって捉え方が異なる。そのため、それぞれデータの取り方も扱い方も異なり、プロトコルが統一されておらず連携ができない。
そこで、これらのデータを一気通貫で使えるよう大学が各プレーヤーから得たデータを取りまとめ、AIなどを活用した予測モデルなどを構築して、民間企業が活用できるかたちで還元します。IoTならぬ「IoF(Internet of Foods)」を進める取り組みと言えるかもしれません。
小久保:現代のサプライチェーンはグローバルですから、はるか異国の地の出来事が自国の市場に影響を及ぼしていることもあるはずで、人間が想像できる範囲をすでに超えていると言えます。予測のためにこうしたプログラムの開発が必要になってくるのは当然かもしれません。
岡田氏:そうなんです。先ほどお伝えした通り、各企業が認識している課題は共通しています。それを大学が汲んで、解決策を提示するのは日本でも取り入れられる1つの手法ではないでしょうか。
岡田氏:日本ではそうした大学が中心になって行われた例はありませんが、一方でNTT Comさんのような中立的な立場からリーダーシップをとることで、スムーズに物事を進めていける可能性は大いにありそうです。先ほどサプライチェーンDXの取り組みを進めておられるとおっしゃっていましたがどのようなものなのでしょうか?
小久保:私たちは2020年度からサプライチェーンDXのご提案やプロジェクトをさまざまなお客さまに対して進めています。
この取り組みはリアルタイムデータを活用して食品ロスの削減やトレーサビリティの向上を目指すことから出発しました。ブロックチェーン技術を活用して商品や物の流れを管理し、さらにはこの物の流れを証跡に、電子請求書を作成するなど、企業間取引のデジタル化の実現を目指しています。
岡田氏:リアルタイムデータを活用して課題解決を目指すのは世界的に見ても最前線の取り組みだと思います。また食品ロスや安定的な供給にも有効な取り組みなのではないかと思いました。
そのような技術を用いて、将来的には配送を効率化してゼロマイレージに近づける取り組みなどもできたらいいですね。食品ロス削減はもちろん、CO2排出量削減にも貢献できます。私たちが手に取る食材の中には、信じられないほど遠くから輸入されるものもあります。その方が安いということですが、その裏で消費されているエネルギーがどれほどなのかを可視化できると価格だけではない価値基準が生まれ、生活者の意識も変化しそうです。
岡田氏:サプライチェーンの全体最適化に向けてやるべきことは全方位にありますが、最もインパクトが大きいのは、生活者のマインドの変化です。生活者の意識が変わると、各企業も変わらざるを得ません。食に対する興味がさらに高まると、どこで生産してCO2排出量を含めてどれほどのコストをかけて運ばれているかに目が向けられ、消費動向も変化するでしょう。
また、日本は豊かな食文化を持っています。効率化を突き詰めるのも重要ですが、その先にウェルビーイングが実現できるということも提示してほしい。そうすれば、生活者のマインドがより変化しやすくなるでしょう。
そうしたイメージを持ってサプライチェーンの見直しを進めていく必要があると思います。そのプレーヤーの中に、NTT Comさんのような一見すると食とは関係なさそうな企業が参入しているのは大きいと思います。先ほど日本のサプライチェーンにおいてDXを推進する上で課題になるのは「バリューチェーンの分断」でどこかが音頭を取って見直しを進める必要があるとお話ししましたが、一方で日本の大企業にはまだまだポテンシャルをいかしきれていない技術が眠っています。それらをうまく活用しながら見直しを進める先導役になってほしいです。
小久保:社会的に影響力があって中立的な企業が率先して動くのが大事だと思いますし、私たちにはそれができると思います。先ほどのプロジェクトもブロックチェーンの特徴をいかしてデータを管理しているからこそ、仕様をオープン化していき、共通的なペインの解決のために、さまざまなプレーヤーにネットワークに参入してもらい、業種の垣根を越えてサプライチェーン全体の可視化と最適化が図っていけると良いと考えています。
鍵田:そうですね。お客さまから言われるのは、NTT Comはメーカーと異なり中立的で組みやすいということです。その特色もいかしながら、業界の垣根を越えてオープンに取り組みを進めていきたいですね。
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