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Smart City
2022.06.08(Wed)
目次
――コロナ禍や世界的な脱炭素化への動きは、オフィスビルのあり方にも変化をもたらしました。そのなかで、施設や設備をセンシングによって一元で管理し、エネルギー効率や快適さの最適化を実現するスマートビルに注目が集まっているのはなぜなのでしょうか?
粕谷貴司氏(以下、粕谷氏):社会のデジタル化が進み、リモートワークが一般化したことで、オフィスという場所の再定義が必要なフェーズに差し掛かっているのは間違いないと思います。例えば、神社への参拝をオンラインで行う人は今のところいませんが、一方でオンライン授業が一般化したことで大学のキャンパスに行かなくなった学生がいる。オフィスも同様に、“訪れる理由”になりうる新しい魅力を持つことが求められていると思います。
そうした新しい付加価値や機能を求める業界のトップランナーのお客さまたちに対して、ゼネコンやメーカーはデータプラットフォームやビルOSといったスマートビルのプロダクトを提案しています。
スマートビルにはさまざまな定義がありますが、「脱炭素」はスマートビルが目指すテーマとして非常に分かりやすいですし、時代の要請にも沿っている。ほかにも感染予防やウェルビーイング、電力の安定供給など、さまざまな面で社会を調整する存在としてスマートビルが持つポテンシャルは大きいです。
加地佑気(以下、加地):スマートビルの標準化を実現するためには、新しいマーケットをつくってプレイヤーを呼び込んでいく必要がありますよね。そのためには「運用管理の効率化」と「訪れた人が喜んでくれる付加価値を提供」という2つの課題を解決しなければいけないと考えています。その場合、どちらを先に進めていくのが良いのでしょうか?
粕谷:どちらかを優先して進めるというよりは、建築の段階でその両方を実現できるようなデジタルアセットをあらかじめデザインしておくべきだと考えています。例えばロボットが動きやすい設計であったり、XRコンテンツをつくるためにビルのなかを計測して、企画・設計をしなくても済むといった想定がされているとか。そういったものがデザインされていれば、管理者も入居者もビルのなかにあるアセットを有効に使うことができる。
また、今は建築中と竣工した後でアセットが分断されています。例えば、建設中は現場をロボットが動きまわるための動線がつくられているけれど、完成したビルにその環境が引き継がれない。Wi-Fiなどの通信環境も、竣工後にそのままお客さまに委譲すれば、デベロッパーにとってもコストの低減につながります。フィジカルのアセットだけではなく、デジタルのアセットも同等に重要なものとして活用していくべきだと思います。
加地:スマートビルの観点から、デジタルツインやメタバースについてはどう捉えていますか。
粕谷:建築業界には、BIM(Building Information Modeling)というコンピューター上に現実と同じ建物の立体モデルをつくり出す技術があります。これが建築分野におけるデジタルツインなのですが、ここで大切になるのは形状情報だけではなく、その建物にどれくらいのアセットがあるのかをデータとして管理し組み込んでおくこと。例えば、その空間にどれだけのセンサーが埋め込まれていて、どうしたら制御できるのかという情報を共有できるようにする、またはAPIを切っても制御できるようにするといったことが重要です。そうすれば、サイバーとフィジカルが結びついて、モニタリングをしたり、モノを制御したりするサイバーフィジカルシステム(※)が実現できる。
私の理解では、メタバースは広大なバーチャル空間のなかで新しい価値をつくり出すもので、デジタルツインとあまり関係がないと考えています。ただし、メタバースの空間にデジタルツインの環境がどんどん入っていくことはあり得る。それによって、メタバース内にマーケットが発生していくことになるはずです。
※物理世界で得たデータをもとにコンピューター上でシミュレートし、物理世界に還元するシステム
加地:デジタルツインは形状情報とその裏にあるデジタルデータ、その両方をつなぐ役割を果たすということですね。
粕谷:そうですね。まだまだ黎明期で課題も多い分野ですが、現在、IPAではスマートビルに関する協調領域を定める調整を行なっています。業界内でバラバラにやっていると社会実装が進まず、産業競争力が高まりません。建築業界は参入障壁が高いと言われていますが、企業間で連携できる仕組みができれば、中小企業がサードパーティとして参入できるようになり、結果として実装コストが下がっていくことになります。
――NTT Comはデジタルツインに関するさまざまな実証実験を行っていますよね。
加地:はい。例えば、名古屋では「街づくりDTC®(デジタルツインコンピューティング)」という、NTTグループで開発している複数のデジタルツインを掛け合わせて未来を予測するための技術の実証実験を2021年2月からスタートしています。ここでは、空調を最適化するための制御システムをAI(人工知能)で運用していて、その日の気温や施設内の人流にもとづいて空調をコントロールできるようにしました。それによってビルの省エネ化を実現しています。
また、2021年3月から東京大学グリーンICTプロジェクト(以下GUTP)と共同で行っている実証実験では、BIMを用いたデジタル空間の構築と、各種センサーから得たリアル空間のデータの再現を行っています。ゼネコンや設計事務所、ICT企業などが集まって行われたこのプロジェクトでは、各自が技術を持ち寄って、東京・田町のCROSS LAB for Smart Cityにデジタルツインをつくりました。デジタルツイン上で最適化したデータがリアル空間にアウトプットされる仕組みです。
デジタルツインの技術はすでにあるのですが、それを社会に実装するとなると話は別。方法を確立できないと、マーケットをつくることができず、ただの空論で終わってしまう可能性もあります。だからこそ、実証実験のなかでフィジカルとデジタルをどのようにつなげて、どのように活用していくかという最良の実例をさまざまな企業と一緒につくっていきたいと考えています。
――今まで話していただいたスマートビルの標準化の先に、スマートシティ構想があるかと思います。実現に向けての展望を教えていただけますか。
加地:NTTグループでは現在、「IOWN」という次世代通信規格を2030年に完成させるために研究開発を進めています。そのなかでNTT Comがこれから注力しようとしているのが、街づくりの領域です。新型コロナウイルスの影響でさまざまなことが変化しましたが、私たちとしてはこの流れを追い風だと考え、スマートビルをいかに社会とつなげられるかに注力していきたいと考えています。
それが近い将来、スマートシティの実現に寄与することにもなるのかなと。例えば、デジタルツインを活用して街やビルに紐づいたデータを集めて解析していくのも、その1つですよね。それをさまざまなパートナー企業と一緒に取り組んでいけたらいいなと。
粕谷:業界をこえたステークホルダーを増やしていく必要はありますよね。レストランや保育園など、普段の業務のなかでまったく関わりのない人たちとつながることで、建物単体ではなく、そのビルが街のなかでどのような立ち位置にあると理想的なのか、といった人間中心の街づくりに生かせるかもしれません。
これまでは建築業界では建て売りがスタンダードでしたが、それでは街をデザインできない。そういうビジネスモデルを変えていくためには業界全体を巻き込むような動きをしていかないといけないし、情報発信を通して仲間を集めていきたいと考えています。
加地:物流、医療、福祉、防災など、さまざまなものが点在していたのがこれまでだとしたら、都市OSという基盤のもとでそれらがつながっていくのがこれからの社会だと思います。ただ、現時点ではモデルケースがなく戸惑っている人も多いはず。だからこそ、NTT Comが先陣を切ってスマートシティに取り組むことに意義があるのだと思います。
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