Future Talk

2022.03.23(Wed)

働き方の民主化へ。日本企業が捉えるべきワークスタイル変革の兆しとは

#働き方改革
働き方改革や少子高齢化社会に向けた生産力の確保を背景に高まっていた私たちの働き方の変化の気運は、コロナ禍でさらに加速しています。今まさに大きな変化の渦中にいる企業とそこで働く人々は、これから先どのようなことに着目しながら働くことや働く場所を再定義・再構築するべきでしょうか。
コクヨのワークスタイル研究所所長兼WORKSIGHT編集長・山下正太郎氏と、NTTコミュニケーションズ Smart Workstyle推進室の川田英司と湊大空が考えました。

目次


    コロナ禍はターニングポイントにすぎない

    ——新型コロナウイルスがまん延して2年ほど。多くの人の働き方が変化したと思いますが、現在はどのようなフェーズにあるでしょうか。

    山下氏:コロナ禍で働き方が変わったというより、以前から起きていた変化が一気に加速したと捉えています。実は2010年ごろから働き方は大きく2つに分かれていました。1つはGAFAのようなビッグテックで取り入れられていた、メンバー全員が1カ所に集まってイノベーションを起こしていくイノベーション型。もう1つはヨーロッパやオーストラリアで主流とされていた、場所や時間に左右されない働き方を取り入れることでより良い人材を雇用していくフレキシビリティ型です。コロナ禍で大きな打撃を受けたのはイノベーション型で、分散型の要素も取り入れて必要なときに必要な人が集まるハイブリッドワークという形が模索されています。一方のフレキシビリティ型にも新たな動きが訪れます。そもそもフレキシビリティ型は、仕事の内容によって働く場所を柔軟に変えていくABW(アクティビティ・ベースド・ワーキング)がスタンダード。そこから一歩進んで、自分の生き方そのものから働き方を捉え直していこうというLBW(ライフ・ベースド・ワーキング)にシフトしています。ワーカーのなかには都心から地方に移住して100%リモートワークで働いたり、アバターを使ったデジタルオフィスのみに出社したりする事例も出てきています。

    山下 正太郎|コクヨ株式会社 ワークスタイル研究所/ヨコク研究所 所長 WORKSIGHT 編集長
    コクヨ株式会社に入社後、戦略的ワークスタイル実現のためのコンサルティング業務に従事。2011年、グローバルでの働き方とオフィス環境のメディア『WORKSIGHT』を創刊。同年、未来の働き方を考える研究機関「WORKSIGHT LAB.(現ワークスタイル研究所)」を立ち上げる。2019年より、京都工芸繊維大学 特任准教授を兼任。2020年、黒鳥社とのメディア+リサーチユニット『コクヨ野外学習センター』を発足。同年、パーソナルプロジェクトとして、グローバルでの働き方の動向を伝えるキュレーションニュースレター『MeThreee』創刊。2022年、主体性ある未来を提案する「ヨコク研究所」を発足。

    川田:おっしゃるように、自分の人生にとって仕事がどんな役割を果たすのかを考える人が増えていますよね。しかも近い将来、ルーティンワークはロボットやAIに代替していくのは間違いないので、よりクリエイティブな仕事に関わる割合が増えていくはずです。ただし、クリエイティブな仕事は労働時間と生産性がリンクしないので、どうすれば短時間で成果が出せるのかをみんながもっと真剣に考えながら働くようになるのではないでしょうか。トップアスリートがトレーニングだけでなく食事や睡眠などにも向き合ってパフォーマンスを最大化しているように、オフィスワーカーもさまざまなデータを測定・分析して自身のパフォーマンスを最大化して働く社会になるように思います。

    湊:クリエイティビティは時間だけでは測定できません。たとえば、週休3日で働く社員がいたとすると、日数だけ見ると5日勤務から4日勤務に変わり、コミットメントが下がったように思われます。しかし、その1日を副業に充てたり、奉仕活動に費やしたりすることで、新たなノウハウやスキルを身につけられます。そうした人が発案するアイデアが、もしかしたら新たなビジネスにつながるかもしれませんよね。

    オフィスの価値をいかにデザインすべきか?

    ——働き方が多様化していくなかで、いわゆる働く場所としてのオフィスの価値は下がっているように感じます。

    山下氏:コロナ禍をオフィスの役割がもとに戻るための暫定期間と捉えるのか、それとも新しい働き方を実践する移行期と捉えるのかで考え方が変わってくると思います。リモートワークがこれだけ社会に受け入れられたことを考えると、私自身はオフィスそのものの役割をデザインし直す時代に突入していると考えています。

    湊:リモートワークが進んでいる企業について言うと、オフィスをコミュニケーションに特化した場にするケースが徐々に増えている印象があります。たとえば、オフィスにキッチンを併設して一緒に料理をつくったり、テレビゲームで一緒に遊んだり。また、オフィス分散化の事例も増えています。

    川田 英司 |NTTコミュニケーションズ スマートワークスタイル推進室 室長
    日本初のアカウント・アグリケーションサービス「Agurippa」やネット家計簿サービス「つけない家計簿」のプロダクトマネージャーの経験を活かし、2019年の「スマートワークスタイル推進室」設立後は社会課題の解決を含めたDXソリューション(SmartGo/SmartGo staple/SmartMe/droppin)のサービス化を推進

    山下氏:中心的なハブオフィスと周辺的なサテライトオフィスを組み合わせる、いわゆるハブアンドスポークといわれるスタイルですね。企業のなかには、自分たちらしい働き方を実践するのに、都心のオフィスそのものが機能不全を起こしているという認識のもと、郊外や地方に本社を移す動きもあります。

    ——オフィス分散化の課題の1つに、イノベーションの起こりづらさが挙げられると思いますが。

    山下氏:今まではある特定の場所に集った人たちが雑談などを通じてイノベーションを起こしていましたが、そこで重要だったのは人の「密度」です。毎日オフィスに通う人が一定数いることで、部門外のメンバーとの偶然の出会いが生まれ、アイデアの交換ができることがイノベーションの源泉でした。

     リモートワークでその密度を担保するには、やはりデジタル上でその環境をつくる必要が出てきます。オフィスは物理的なキャパシティがあるため一堂に会するのは数百人、数千人が限界。しかし、デジタルに上限はありません。昨今はメタバースが話題を集めていますが、中には一度に1000万人以上集まるイベントもあり、デジタル上でのイノベーション創出にはまだまだ可能性があると思います。

    川田:NTTコミュニケーションズでもオンラインワークスペース型web会議システム「NeWork」を提供していますが、従来のオンライン会議ツールのようにあらかじめ設定された時間に決められたメンバーが集まるのではなく、いつでも参加でき、その場にいる人に話しかけたり、ほかの人の会話に聞き耳を立てられたりと、偶然の出会いや会話が生まれやすい機能を設けています。こうしたツールをうまく導入することで、イノベーション創出のきっかけになるのではないでしょうか。

    湊 大空|NTTコミュニケーションズ スマートワークスタイル推進室 兼イノベーションセンター 主査
    2014年にNTTコミュニケーションズ株式会社へ入社後、クラウドサービスの企画開発、APIプラットフォームサービスの企画開発などを経て、スマートワークスタイル事業の新規立ち上げに参画。現在はワークスペース検索・予約サービス「droppin」のプロダクトマネージャーを務める。

    湊:そうしてデジタル上のコミュニケーションが増えると、リアルな場にはそこでしか得られない価値がより求められるようになります。私が携わるワークスペースの検索・予約サービス「droppin」は、コロナ禍において、副業やスキルアップ、課外活動のために活用するユーザーが増加しました。そうしたユーザーがリアルな場に求めるのは、人と人の懸け橋となる機能です。そうした人たちが力を発揮できるソフトウェアをいかに整備していけるかも、イノベーションに関わるポイントだと思います。

    “働き方”の主体は組織から個人へ

    ——人々が働く上で求めるものにも変化が生じ、昨今ウェルビーイングがテーマとして取り上げられることが増えました。この変化に企業はどう対応していくべきでしょうか。

    山下氏:まさに、ウェルビーイングは今後の働き方を考えていく上で重要だと考えています。アメリカでは今、グレート・レジグネーション(大退職時代)に突入しているともいわれていますが、これは柔軟な働き方を求めるワーカーが、従来の企業主導の働き方に「No」を突きつける動きです。同時に、自分らしい働き方を模索する動きもあり、個人の趣味や地域貢献など個性的な活動でマネタイズする、いわゆるパッションエコノミー(情熱経済)に携わる人も増えています。

     日本も同じような現象が起きる可能性があるでしょう。これまでは満員電車に揺られてオフィスに向かい、朝から晩まで働いてヘトヘトになって帰ってくる生活が常。しかし、リモートワークの導入によって通勤時間やオフィスで過ごす時間が減れば会社への帰属意識も下がっていくでしょうし、働く意味を問い直す人も増えていくはず。「自分にはもっとやるべきことがあるんじゃないか」、と。

    ——そうなったとき、会社は従業員に何を提供すべきなのでしょうか。

    山下氏:集って働くことの意味をあらためて問い直すことではないでしょうか。1人で稼ぐ方法が多様化する時代だからこそ、仲間と一緒に働くことで得られるやりがいや楽しさ、社会への貢献度が高い企業に人気が集まっていくと思います。

    川田:私たちはコロナ禍以前から社員ファーストでワークスタイル変革につながるサービスを開発していますが、社内でトライアル導入をするなかで、働くことにおいて社員が大切にしているポイントは3つあると分析しました。1つ目は「自ら働き方を選べること」、2つ目は「自分で考えて行動できること」、そして最後に「無駄な作業から解放されること」。企業はこれら3つを実現することで、社員のウェルビーイング向上を望めるのではないかと思います。オフィスの縮小や定期代支給の廃止などで削減した原資を従業員のウェルビーイングに投資し、適切な選択肢のなかから自分で働き方を選べる環境を提供できるかどうかが、優秀な人材が集まるかどうかの分かれ目になると考えます。

    ——企業が働き方において社員に提供すべき価値が変わりゆくなか、皆さんは今後どのようなことに取り組みたいと考えていますか?

    湊:私はオフィスの役割についてより考えていきたいと思います。人間は言語だけでコミュニケーションを取っているわけではないので、リアルで人と会うことの価値は今後もなくならないはず。リアルとデジタルそれぞれの特性を生かしながら、企業や個人がコラボレーションできる場をつくっていきたいと思います。

    川田:働き方は、今後ますます企業主体から個人主体へと比重が変わっていくでしょう。企業は従業員を主役と捉え、オフィス環境やファシリティなどでそれをサポートすることが重要だと考えます。そしてそうした環境において同じように重要なのは、これまで曖昧な形で評価されていた生産性やモチベーションの数値化ではないかと思います。企業がその数字を把握して分析するのではなく、個々人が自分のパフォーマンスを認識し、働きがいを得るためにこそ必要なのではないか、と。デジタルトランスフォーメーションを前提に、「あなたはここでパフォーマンスが高かったですよ」とフィードバックできる仕組みづくりにチャレンジしていきたいですね。

    山下氏:私も、今後10年の働き方のテーマは「働き方の民主化」だと思うんです。今までは会社側が決めた働き方のルールにワーカーが従う形でしたが、これからはワーカーが自分で働き方を決めていくことになります。そこにWeb3(※)のような技術が絡み、一人ひとりが組織の垣根を越えて仕事をする時代がやってくるでしょう。そうなったとき、中立的な立場でワーカーが自立的にキャリアを形成できるプラットフォームをつくることができる企業が求められると思いますし、私自身もそうした環境で仕事をしていきたいですね。
    ※ブロックチェーンの技術などを用い、データの分散管理の実現が期待される次世代のWebのあり方。