Carbon Neutrality

2026.10.09(Fri)

脱炭素社会に向けて加速する制度改革。
伊藤忠丸紅鉄鋼、ネクストフィールドと語る
建設業界の変革と未来

日本国内のCO₂を含むGHG排出量の約4割に関わるとも言われているのが建設分野です。一方、2028年度をめどに「建築物LCA(ライフサイクルアセスメント)」の算定を促す制度が予定され、建物の一生を通じた排出量が可視化される時代が迫っています。
複雑なサプライチェーンを有する建設業界において、どうGHG排出量を把握し、算定した数値を活用して競争力に変えていけばよいのか。今回は、建設業界のDX・GXに取り組む株式会社ネクストフィールドの松本直樹氏、サプライヤー側の視点を持つ伊藤忠丸紅鉄鋼株式会社の加藤俊哉氏、そしてNTTドコモビジネスの久保田洋に、建設業界が直面する課題や、建設業界のサプライチェーン全体を支援するGXソリューション『MIeCO2®』などについて話を聞きました。

目次


    「求められてから」では間に合わない。制度化を前にした建設業界の現在

    ――政府のカーボンニュートラル宣言以降、さまざまな業種業態の企業が本格的にCO₂削減に乗り出しています。皆さんは、建設業界における脱炭素化の機運や現状の取り組みをどう見ていますか。

    株式会社ネクストフィールド 松本直樹氏(以下、松本氏):他産業と比べると建設業界全体への脱炭素の浸透はまだ途上にあると感じています。建設業はドメスティックな市場で、他産業と比べて海外企業との競争にさらされる機会も限定的です。加えて、今は民間投資を中心に建設需要が堅調で、公共投資も底堅く推移しています。つまり建設関連企業はある程度、仕事を選別できる状況にあるので、脱炭素への取り組みが直ちに受注や経営に影響するという実感を持ちにくく、脱炭素化に積極的に取り組むメリットを感じにくいのではと考えます。

    また、一般的にGXのメリットとして語られる企業ブランドの向上やESG投資の呼び込みも、大手を除けば実感を伴いにくいのが実情です。業界に横並びの意識が強いことも影響し、他社と同程度の取組みまでは進んでも、それ以上の施策で差別化を図る段階には至っていないのが現状です。そのため、現時点では法改正への対応や発注者からの要請、CSRの観点からCO₂算定を始めるなど、どちらかというと受け身の取り組みが多いと感じています。

    松本 直樹│株式会社ネクストフィールド 取締役 兼 DXサポート部長
    飛島建設株式会社で建築工事の施工管理・構造設計に従事した後、現職に就任。建設業界のDX・GX推進、LCA・CO₂算定への対応、現場データの利活用による業務効率化や環境負荷低減をトータルに支援している。

    伊藤忠丸紅鉄鋼株式会社 加藤俊哉氏(以下、加藤氏):建材サプライヤーの場合、少し様子が異なります。松本さんが話したように建設会社は仕事を選べる状況にある一方、建材サプライヤー側から見ると必ずしもすべての製品が売れているわけではありません。そのため、「低炭素であることを示せれば、選ばれる理由になる」という意識があり、競合企業が低炭素製品を提供して採用されたと聞けば、「自社も対応しなければならない」という動きにつながります。

    加藤 俊哉│伊藤忠丸紅鉄鋼株式会社 インキュベーション室 MIeCO2®プロジェクトリーダー
    建設業界の知見とネットワークを背景に、サプライチェーン全体のGHG排出量を算定・可視化・分析する「MIeCO2®」を立ち上げ、事業推進・営業を統括。脱炭素関連ビジネスにおいて、NTTドコモビジネスとの共同実証やサービス化を主導する役割も担う。

    NTTドコモビジネス 久保田洋(以下、久保田):建設業界に限らなければ、「まずは脱炭素化に取り組んでみよう」というお客さまが年々増えていると感じます。経営層が自社の社会的責任を重視して始めるケースもあれば、取引先や同業他社の動向を見て判断するケースもあります。一方、中堅・中小企業では制度の内容を調べながらも、まだ着手するタイミングをうかがっている企業が多い印象です。

    久保田 洋│NTTドコモビジネス ビジネスソリューション本部 ソリューションサービス部 インテリジェントIoT部門 担当課長
    GHG排出量算定の自動化・効率化や、CBAM対応など、環境規制への実務対応に精通。製造・建設・公共など多様な業界の企業とともにDX・GXのユースケースを数多く創出する。

    建築物LCAで変わる建設業界の競争軸

    ――建設業界の脱炭素に大きく関係する「建築物LCA(ライフサイクルアセスメント)評価制度」に関わる改正法案が成立しました。これはどのような制度なのでしょうか。

    松本氏:建築物は、資材の製造・調達、施工を経て完成し、その後、数十年にわたって使用されます。使用期間中には、光や熱、水などの消費に加え、維持保全、補修、改修が発生し、最後に解体されます。建築物LCAはこうした建物の一生を通じて発生するCO₂を算定し評価する手法で、現在、その算定・評価を促進するための制度整備が進められています。

    これまではZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)※など、運用フェーズにおける光熱費などのCO₂排出削減が注目されてきました。しかし極端な話、運用中のCO₂がゼロであっても、資材の製造や施工、解体までの過程で大量のCO₂を排出していては、建物のライフサイクル全体で見れば環境負荷が大きいことになります。運用という1つのフェーズだけでなく、製造から解体までの全体を見える化して評価することが建築物LCAの基本的な考え方です。

    ※ZEB…快適な室内環境を保ちながら、省エネと太陽光などを組み合わせて、建物が1年間に消費する一次エネルギーの収支を実質ゼロにすることを目指すビル、施設を指す

    建築物LCAは、建物を構成する資材の製造・調達、施工、使用(運用)、維持補修・改修、最終的な解体・廃棄まで、ライフサイクル全体で発生するCO₂を含む環境負荷(温室効果ガス)を定量的に算定・評価する手法。従来の省エネ規制は「建物使用時のエネルギー消費量」削減を評価していたが、建築物LCAは運用段階に加え、資材製造や建設工事、解体などを含む「エンボディドカーボン(構造材・仕上げ材・設備などに埋め込まれたCO₂)」までを対象とする。

    ――建築物LCAの制度化は、建設業界をどのように変えると考えていますか。

    松本氏:建物のライフサイクル全体のCO₂排出量が見える化され、更にカーボンプライシングの取り組みが強化され、CO₂排出が将来的にコストや企業評価にも影響するような世の中になってくれると、建設業界の競争軸も大きく変わります。これまでは、工事費というイニシャルコストを抑えることが受注の評価軸でした。今後は工事費だけでなく、建物の使用、維持補修、改修、解体までのCO₂排出量を抑えることを前提としたライフサイクル全体でのコストや価値を考える必要があります。

    加藤氏:サプライヤーにとっては、低炭素であることをいかに自社の製品力に反映させるかという観点が必要になります。どれだけ低炭素だと主張しても、定量的に示せなければ訴求力がありません。そこで、自社製品の排出量を算定し、第三者認証を取得してしっかりと示す動きが広がっています。ただし、実際にCO₂排出量を見える化するのは簡単ではありません。

    松本氏:難しい理由のひとつは、サプライチェーンの複雑さです。建設会社は全国各地の複数の現場で建物を施工しており、それぞれの建物に、建築主、設計会社、建設会社、専門工事会社、資材メーカー、商社、物流会社など、多数の企業が関係します。さらに、工事ごとに使用資材や機械、参加企業が異なり、100の現場があれば100通りのサプライチェーンが存在しているのが実情です。

    加えて、CO₂算定に必要なデータが、社内のさまざまな部署や現場に分散していることも課題です。電力や燃料の使用量、資材の購入・使用量などは、それぞれ異なる部署や現場で管理され、管理方法もシステム、表計算ソフト、紙の帳票など統一されていません。そのため、CO₂を算定する以前に、必要なデータを探し、集め、整理すること自体に大きな手間がかかっているのが実情です。

    建設業界のGXを後押しする『MIeCO2®』の効果

    ――建設業界特有の複雑な課題を解決し、GXを後押しするために誕生したのが建設GXソリューション『MIeCO2®』です。このソリューションの中身と効果についてご説明ください。

    加藤氏:MIeCO2®は、「見えるMIeCO2®」「教えてMIeCO2®」「減らせるMIeCO2®」「活かすMIeCO2®」の四つで構成されています。「見える」はGHG排出量の算定・可視化・分析、「教えて」はカーボンフットプリントの算定、法規制対応、情報開示、GX戦略策定などのコンサルティング、「減らせる」はScope 1、Scope2※を中心とした削減の実行支援、「活かす」は脱炭素の成果を営業、採用、広報などの企業価値向上につなげる支援です。

    特徴は、可視化システムをお渡しするだけでなく、データ収集の手前から支援する点です。電力データの自動取得や帳票からの入力代行によって、専門人材を新たに配置しなくても運用できる体制を構築できます。建築物LCAへの対応や、製品別排出量の算定、第三者認証の取得も支援する総合的なソリューションです。

    ※Scope 1、Scope2…Scope1は企業や組織が直接排出する温室効果ガス(GHG)の区分。Scope2は他社から購入した電力・熱・蒸気などのエネルギーを消費することで間接的に発生するGHGで、発電所などエネルギー供給側の排出を自社の排出として扱う区分

    2023年9月から提供を開始した「MIeCO2®」では、建設業界におけるGX戦略立案、GHG排出量可視化、GHG排出量情報収集支援、GHG排出量削減支援、カーボンクレジット活用支援、建設業界における情報開示支援など、脱炭素社会の実現につながる取り組みを総合的に支援している。

    ――具体的な導入事例を教えてください。

    加藤氏:たとえば飛島建設が先行ユーザーとして導入しています。システムを導入するだけでなく、データを収集、取得する仕組みそのものを構築しています。具体的には、現在稼働している約300回線分の現場電力データを自動で吸い上げる仕組みを構築しました。手作業での入力を排し、プロセスを大幅に改善して効率化を図っています。まずは自社の事業活動に伴うScope1、Scope2を簡単に集めるところからスタートしています。

    ――MIeCO2®の今後の展開について、どのようにお考えでしょうか。

    加藤氏:企業が脱炭素に取り組むには、「自社で無理なく運用できる仕組み」と「経営者が納得して意思決定できる環境」の両方を整える必要があります。MIeCO2®はまず、前者を確実に支えることを目指します。さらに、なぜ脱炭素に取り組むのか、自社にどのようなメリットがあるのかを経営者とともに言語化し、具体的な戦略へ落とし込むところまで伴走します。

    システムを提供して終わるのではなく、現場や業界への理解に基づき、経営判断のプロセスまで伴走することがMIeCO2®の価値です。今後もより一層、現場の知見を持つ方々と連携しながら日本の建設業における脱炭素化を支えていきたいですし、それこそが私たちの目指すサービスの姿だと考えています。

    久保田:『MIeCO2®』において、脱炭素の見える化はゴールではありません。今後は、集めたデータをサプライチェーンの中でどう活用し、仕組み化していくかという何歩も先のフェーズまでしっかりと支援していきたいです。また、建設業のような複雑なサプライチェーンで培った見える化のノウハウは、他業種への展開にも十分活かせると考えており、ビジネスの裾野をますます、広げていきたいですね。

    脱炭素社会実現に向け、建設業界が進むべき方向とは

    ――仕組みを導入するだけでは、GXは現場に根付きません。各企業が取り組みを始める際、最初に整理すべきことは何ですか。

    松本氏:DXとGXの両輪で取り組むことが重要です。まずは、算定に必要な情報が社内のどこにあるのかを整理することです。最初から精緻な数値の算定を目指すのではなく、自社にどのようなデータがあり、どの部署が管理していて、どの形式で保存されているのかを確認することが肝要です。
    また、Scope3、建築物LCA、情報開示など、それぞれの目的ごとに別々のデータを集めるのではなく、共通して利用できるデータを一度収集し、継続的に活用できる状態をつくることも重要です。まずは今あるデータで全体像を把握し、そこから段階的に精度を高めていくのが現実的だと考えています。

    加藤氏:各社が「何のためにGXを行うのか」「どこをゴールにするのか」を決めることが重要です。すべての建設会社がスーパーゼネコンと同じレベルの取り組みをする必要はありません。規制、取引先の要請、競合他社の状況、自社の経営戦略を踏まえて、「自社は最低限ここまで行う」と決める必要があるでしょう。ゴールを決めずにシステムや組織をつくると過剰な仕組みになるかもしれませんし、反対に必要な機能が足りなくなるかもしれません。こうした目的とゴールを定めるのは、経営陣の役割です。

    久保田:現場が取り組む理由を明確にすることが重要です。「世の中で求められているから、CO₂を算定してください」と言われるだけでは、現場は新しい仕事が増えたようにしか思えません。何のために行うのか、それによって自社や顧客にどのような価値が生まれるのかを、経営陣がメッセージとして伝えなければなりません。

    ――CO₂排出量を可視化してGXを推し進めることで、建設会社やサプライヤーには、どのようなメリットが生まれるのでしょうか。

    松本氏:施工時の排出量を減らすことや、完成後の建物の排出量を抑えることは、発注者であるデベロッパーのScope 3※削減にもつながります。発注者に対して脱炭素のメリットを提供できることが、新しい評価軸ともなるでしょう。これまでは価格を中心に比較されていた企業群が、低炭素という異なる軸でも評価されるようになり、先んじて取り組めば差別化や新たな受注機会につながる可能性があります。
    今後は「低炭素に取り組んでいる」ということだけでなく、「どれだけCO₂を削減できるのか」をデータで説明できることが、ゼネコンの提案力の一つになると考えています。

    ※Scope 3…企業の事業活動に関わる温室効果ガス排出のうち、Scope1(自社の直接排出)とScope2(購入電力などによる間接排出)以外の、原材料調達、輸送・配送、製品の使用・廃棄、従業員の通勤・出張など、サプライチェーンの上下流を含む他社の活動からの排出を指す

    加藤氏:メリットは、「コスト」と「機会」の二つに分けて考えています。建築物LCAやScope 3の開示が求められる企業では、最終的に必要となるアウトプットはある程度決まっています。そうであれば、そこへ到達するまでのデータ収集や算定をどれだけ低コストで効率的に実施できるかが重要です。可視化そのものはコストであり、あくまで目的へ到達するための最初の手段です。見える化に人手と時間を割きすぎると、削減施策や製品戦略を考える余力がなくなります。

    一方の「機会」は、CO₂削減の実績を企業や製品の強みに変えることです。低炭素製品として提案する、新しい顧客に選ばれる、資金調達や企業価値向上につなげるといった機会創出です。データを整備した先に、このような経営上の機会が生まれます。

    ――最後に、脱炭素社会実現に向け、建設業界が進むべき方向についてお考えを聞かせてください。

    松本氏:建設業の本質的な使命は、「次世代に向けて長く使われる持続可能な社会インフラを残すこと」にあります。私たちが今選択する材料や工法、建物の性能は、その後数十年にわたる社会のCO₂排出量にも影響します。GXへの取り組みは、企業の競争力を上げるためのビジネスチャンスであると同時に、この社会的な使命を果たすための重要なピースです。建設業界には、この二つの側面から、使命感を持って積極的に脱炭素に取り組んでいただきたいと願っています。

    加藤氏:現場で働く方々が、脱炭素やCO₂排出量の見える化の作業で、本来の仕事に集中できなくなっては本末転倒です。そうならないように、建材メーカー、商社、IT企業など、専門性を持つ企業がそれぞれの役割を担い、建設業界の負担を減らす必要があります。私たちがCO₂排出量の算定やデータ管理を支援することは、建設会社が本業に集中できる環境をつくり、日本の社会基盤を支えることにもつながると考えています。

    久保田:加藤さんが「専門性を持つ企業がそれぞれの役割を担い」と話したように、NTTドコモビジネスはデジタルやデータの力で、建設業界が進める脱炭素の方向性を後押ししていきます。CO₂算定やデータ収集に伴う負担を軽くし、取り組みを継続できる仕組みをつくる。それによって、建設業界全体のGXが広がるよう支援していきたいと思います。

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