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2024.04.20(Sat)
目次
——そもそも、健康データにはどのような情報が含まれるのでしょうか。
藤田卓仙氏(以下、藤田氏):統一された規定があるわけではありません。私の場合、医療機関内の情報を中心とした「メディカルデータ(医療データ)」から「ヘルスケアデータ」や「ヘルスデータ」と、徐々に範囲が広がっていくイメージで使い分けています。
メディカルデータというと、電子カルテ、レセプト、検査値、診断や処方など、病院で生まれるデータが基本になります。ヘルスケアデータやヘルスデータの場合、健康診断や、自ら測定した体重、血圧、心拍数などの数値が基本になりますが、スマートシティや予防医療の文脈では、歩行数など生活に関するライフログも含まれることが多い印象です。

櫻井陽一(以下、櫻井):最近は、スマートフォンの操作ログもヘルスケアデータになり得ると考えられています。例えば、スマートフォンのアプリの起動時間・履歴、ロック解除時のフリック操作の速度、持ち歩いている時間などで、血圧や心拍数とは異なる「行動ヘルスデータ」として捉えられます。健診データなどと組み合わせて解析すれば、フレイルや認知機能の変化を推定するための材料にもなります。

藤田氏:すでに、冷蔵庫の開閉やエアコンの使用電力等から、認知機能の低下を予測したり、遠隔の家族が見守りを行うような取り組みもあります。日常生活の情報は何でも健康と関係し得るので、今後はより健康データの範囲が広がっていくでしょう。
櫻井:ウェアラブルデバイスだけではなく、スマートフォン、住宅、自動車、家電など、さまざまな接点から得られる情報を組み合わせて解析し、人の健康状態を理解するフェーズに入っていると思います。
——メディカル・ヘルスケアデータと組み合わせることで、医療は今後どのように進化すると考えていますか。
櫻井:注目しているのは、 個人のデジタルツインです。病歴や家族歴、生活習慣、健診、ウェアラブルデバイスなどの情報を組み合わせれば、個人にパーソナライズされたモデルを作成できます。そのモデルをもとにAIエージェントが、「このままの生活を続けると、病気になる可能性があります」といった未来予測を提示する世界です。人が個別の健康データを確認しなくても、必要なタイミングで支援を受けられる世界が予想できます。
藤田氏:生活全般にAIが入りこみ、人が良くも悪くもAIによって動かされる時代にはなっていくと思います。一方で、健康に正しい生活だけを強制すればよいとも思いません。僕はお酒が好きですが、研究知見に照らせばまったく飲まないほうがよいとされます。個人的には、飲みたい人に「飲むな」と言って終わるのではなく、「これくらいにしておきなさい」と支援してくれるほうが好ましいですね。医学的な最適解だけではなく、本人の価値観に合わせて選択肢を提示することも、予防医療の役割になると思います。
——メディカルデータ・ヘルスケアデータの活用は、企業にも恩恵を与えるのでしょうか。
櫻井:製薬業界では、すでにレセプトやDPC(診断群分類包括評価)などのメディカルデータが、創薬、マーケティング、メディカルアフェアーズ※などに使われています。また、食品メーカーでは、食品や特定保健用食品の効果検証に、健診や活動量などのデータを活用できるでしょう。
※メディカルアフェアーズ…医薬品の医学的・科学的価値を検証・発信し、医療現場の課題解決を担うこと
藤田氏:企業のデータ活用は、大きく二つに分けられると思います。一つは、重い病気や希少疾患の治療薬、患者の生活を支えるサービスなど、従来の医学・医療に直結する領域です。もう一つは、病気を持つ人が、運動、食事、睡眠だけではなく、趣味や旅行も含め、よりよい状態で多様な体験を得られるような、ヘルスケアサービスです。高齢化が進む社会では、病気を完全になくすことだけではなく、病気を持ちながらウェルビーイングを保つことが重要になります。
——2025年末には「医療法等の一部を改正する法律」が成立し、2026年7月には改正個人情報保護法も成立・公布されました。これらの改正はメディカルデータ・ヘルスケアデータの利活用にとって、どのような変化につながると見ていますか。
藤田氏:大きな方向で見ると、規制を緩める部分が大きい印象です。特に、個人情報保護法の改正では、メディカルデータ・ヘルスケアデータをAIの開発や学習に使いやすくすることも目的のひとつだと思います。
データ利活用の文脈では、今回の法改正に加えて、EUの『EHDS(European Health Data Space)※』の成立が、大きな影響を与えると見ています。これに伴い、日本でも日本版のEHDSを構築する議論がなされています。医療法、個人情報保護法、次世代医療基盤法などを含め、医療データをどう扱うかは、ここ数年で大きく変わっていくでしょう。
※EHDS…EU域内における電子医療データの利用と交換に関する共通の枠組みを目的とし、個人の電子医療データへのアクセスと管理を強化するとともに、特定のデータを公共の利益、政策支援、および科学研究目的で再利用することを可能としている

櫻井:これまでは、データを取得する入口で、かなり厳格に同意を取ることが求められてきました。今後は統計利用やAI開発など、一定の用途について入口を緩める一方、目的外利用などを出口側で厳しく規制する方向になるのだと思います。ただし入口を緩めれば、それだけでデータ活用がうまく進むわけではありません。個人情報を扱う以上、分野ごとのガイドラインや運用ルール、計画性が必要になります。
この際、特に気をつけなくてはいけないのが、データの漏えいです。例えば、睡眠時無呼吸症候群であることを勤務先に知られたくないドライバーがいたとします。適切な治療を受けていて運転することも問題なかった場合に、情報が何らかの形で勤務先に通知され、その情報を理由に解雇された場合、精神的な苦痛だけではなく、経済的な被害も生じてしまいます。
——漏えいに関しては、データ管理が重要になりますね。
藤田氏:以前は、大きなサーバーにすべてのデータを集める「一元化モデル」が提唱されていました。今は、データを分散させたまま、PETs(Privacy-Enhancing Technologies:プライバシー強化技術)などを使って、プライバシーを保護しながら分析する方向へ進んでいます。
また、ガバナンスも一つではなく、目的別の多層構造になると思います。診療であれば病院や地域包括ケアの単位、スマートシティであれば自治体や地域の単位、二次利用であれば国内外の研究基盤といったように、データを共有する範囲は用途によって変わります。本人、医療機関、自治体、国、民間企業、国際的な研究ネットワークが、それぞれの役割に応じてデータを管理する。そのような分散・多層型のモデルが現実的なのではないでしょうか。
櫻井:一方で、個人が自分で管理しているデータや、医療機関から個人に渡されるデータにも、今後は二次利用の価値が生まれるでしょう。欧州では、デジタルアイデンティティ・ウォレット※を市民向けに整備しています。
個人が自分の情報を管理する時代には、個人がリスクや被害を被らないようにコントロールできる仕組みが必要です。例えば、EU域内の個人データ保護を厳格に規定するGDPR(一般データ保護規則)では、利用目的に照らして必要な範囲にデータを限定する「データの最小化」という原則があり、今後は日本でも、同じ方向に進んでいくと思います。
※デジタルアイデンティティ・ウォレット…自身の身元、資格、属性等の情報を、自ら保存・管理し提示できる仕組みおよびアプリ

――個人がメディカルデータ・ヘルスケアデータをコントロールしつつ、医療やヘルスケアの便益を受け取るには、どのデータを誰に提出するか、利用規約をしっかりと読み、同意する必要があります。そこには、データが増えるほど負荷が増える、いわゆる「同意疲れ」が発生しますね。
藤田氏:今回の個人情報保護法改正では、一定の場合に本人の同意を不要とする規定が盛り込まれました。本人に不利益が生じるおそれが類型的に低いと考えられるデータ利用については、必ずしも同意を求めなくてもよいのではないか、という考え方です。同様に、「本人へのリスクがなければ、一定のデータ利用を認める」という考え方が、一つの基準になり得ると思います。
ただし、データ利用に対する考え方や好み、いわゆるプリファレンスは人によって異なります。だからこそ、強いこだわりや懸念を持つ人が、Webやスマートフォンアプリなどを通じて、いつでも同意内容の変更や追加・撤回をリアルタイムで行える仕組み『ダイナミックコンセント』を用意するのが望ましいですね。
——NTTドコモビジネスは、ここまで議論してきたメディカルデータ・ヘルスケアデータのガバナンスをテクノロジーで後押ししています。その代表的なソリューションが、『Smart Data Platform for Healthcare(以下、SDPF for Healthcare)』ですが、これはどのようなDXソリューションなのでしょう。
櫻井:一言でいえば、データのアクセス制御や同意、匿名化、秘密計算などを支えるプラットフォームです。データへの入口では、認証・認可とアクセス制御を行い、データを蓄積した後は、利用目的に応じた個人情報の匿名加工情報への変換や、安全な環境での元データの処理などが行えます。その上で、必要な分析結果だけが出力されるようにガードをかけます。中核となるのは「秘密分散・秘密計算機能」、「匿名加工機能」、「認証・認可、同意取得機能」の3つです。
「秘密分散・秘密計算機能」では、データを複数の断片に分散した状態で保管し、暗号化されたまま、元のデータに復元することなく分析します。「匿名加工機能」は、複数の医療機関などが保有する要配慮個人情報を匿名化し、分析に使える状態へ加工します。「認証・認可、同意取得機能」は、SDPF for Healthcareで提供される『SmartLiTA』とそれを活用した『SmartPRO』です。SmartLiTAは、利用目的の追加などに応じて動的に同意を取得するダイナミックコンセントにも対応します。SmartPROは、臨床試験や治験におけるインフォームド・コンセント※とPRO※の収集、およびアンケート調査のデータ収集を管理するWebシステムです。
※インフォームド・コンセント…患者が自分の健康に関する重要な意思決定を行う際に、十分な情報に基づいて自由にかつ明確に同意をすること
※PRO(Patient Reported Outcome)…特定の時点での患者状態(経験、機能状態、健康関連の生活の質など)に関する、患者から直接得られた報告

——最後に、AI時代のメディカルデータ・ヘルスケアデータ活用で、NTTドコモビジネスが目指す役割を教えてください。
櫻井: NTTドコモビジネスとしては、二つのレイヤーで取り組みたいと考えています。一つは、PETs、IDウォレット、DID/VC※など我々の強みとなるテクノロジーを生かして、安心してデータ流通ができるインフラを整えることです。
もう一つは、NTTドコモグループに属するさまざまな企業と多くのコンシューマーとの接点を生かすことです。ご協力いただける方々のデータを活用し、企業の事業成長や社会の発展に寄与しながら、最終的には個人へと便益が還元される循環をつくりたいと考えています。
※DID/VC…個人・法人・モノなどの「デジタル上の身元」と、その属性・資格を中央管理者に強く依存せず、暗号技術で検証可能にする仕組み
藤田氏:DID/VCに関しては、コロナ禍においてワクチンパスポートで実証をし、デジタル庁が推進するTrusted Web推進協議会※においてもDFFT(Data Free Flow with Trust)※の基盤となる技術要素と考えられていました。DID/VCはPHR※を介したデータ流通において重要ですので、NTTドコモビジネスの今後の取り組みに注目しています。
社会インフラ企業は、ある種の公共性を担っています。健康データについても、「この企業なら、信頼できる形で活用してくれる」と思えることが非常に大事です。そのような公共性を持って取り組んでいただけることにも、大きな期待を寄せています。
※Trusted Web推進協議会…インターネット上で流通する情報・データの信頼性を高める「Trusted Web」の実現を検討する官民連携の有識者会議
※DFFT(Data Free Flow with Trust)…プライバシー、セキュリティ、知的財産権への信頼を確保しながら、国境を越えてデータを自由に流通・活用できるようにする国際的な考え方
※PHR…健診・検診結果、予防接種歴、服薬・診療・検査情報、血圧や歩数、睡眠など、生涯にわたる個人の健康・医療・介護に関する情報を、本人が電子的に把握・管理し、健康づくりや医療・介護に活用する仕組み
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