Smart City

2026.10.07(Wed)

都市をつなぐ「共通言語」。
空間IDが現実にするスマートシティの未来像

建設現場でロボットが自律的に巡回し、施工状況をリアルタイムに把握する。救急車が渋滞や通行止めの情報を即座に把握しながら最適ルートを自律的に選び、地上移動とドクターヘリのどちらが早いかをシステムが瞬時に判断する。そんな未来都市のシナリオを支えるデータ連携基盤のキーファクターとして、今「空間ID」が注目を集めています。

3次元空間を立方体(ボクセル)に分割し、固有のIDを付与するこのデータ規格は、経済産業省が策定を主導し、自治体や民間企業をまたぐデータ利活用の共通基盤として整備が進んでいます。NTTドコモビジネスはいち早くこの技術に着目し、建設現場DXソリューション「tateras®」と空間IDを組み合わせ、竹中工務店・アスラテックと共同で、施工管理情報とロボットの連携実証実験に取り組んでいます。

空間IDの社会実装に詳しいPwCコンサルティングの岩花修平氏と、この実証を推進したNTTドコモビジネスの上原悠嗣に、空間IDが都市と産業にもたらす変革の全体像と、スマートシティにおけるデータ連携の課題解決の方向性を聞きました。

目次


    データが「バラバラ」な都市の現実

    ──各地でスマートシティ構想が進む中、なぜ今、空間IDが注目されているのでしょうか。

    岩花修平氏(以下、岩花氏):現実空間をバーチャル空間(サイバー空間)上に再現し、さまざまな解析やシミュレーションを通じて社会課題の解決に役立てていく。「デジタルツイン」と呼ばれるアプローチへの関心が、近年改めて急速に高まっています。このデジタルツインという発想により、3次元の都市空間情報をデジタル技術で扱うユースケースが次々と生まれています。

    ところが、ユースケースが増えれば増えるほど、深刻な問題が浮上してきます。システムごとにデータ形式がバラバラで互換性がない、3次元データはデータ量が膨大で処理が重い、特定の企業のプラットフォームへの依存が進む。利用面でもコスト面でも大きな壁があり、都市空間データは産業ごと、システムごとに「孤立した島」になっている状態です。

    この「孤立した島」をつなぐ共通言語として、2021年頃から経済産業省を主体に開発が進められてきたのが空間IDです。技術開発はNEDO(国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構)、ガイドライン策定と標準化は経産省傘下のIPA(情報処理推進機構)内の専門組織が担っています。

    岩花 修平|PwCコンサルティング合同会社 テクノロジー&デジタルコンサルティング事業部 執行役員 パートナー

    ──具体的に、空間IDとはどのような仕組みで、どんな機能を持つのでしょうか。

    岩花氏:地球全体という広域から数十センチという細粒度まで、「ズームレベル」という階層構造を持って空間をボクセル(立方体)に分割し、それぞれにIDを振ります。そのIDに、建物の属性、障害物の有無、作業の予定といったあらゆる情報を紐づけることができる仕組みです。

    ポイントは「機械が読み取りやすい形」に最適化されている点です。これまでの3Dデータは人間が視覚的に確認するための設計が中心で、データが重く、システム間での連携が難しかった。空間IDはロボット、ドローンといった機械が位置に紐づく情報を即座に識別し、複数のシステム間でリアルタイムに共有できる設計になっています。

    もう一点強調しておきたいのは、空間IDが日本主導で進めている取り組みでありながら、国際的な広がりを最初から意識して設計されている点です。かつての日本の技術開発では、国内で完結した仕様が海外と互換性を持てないというガラパゴス化が繰り返されてきました。空間IDはその反省を踏まえ、海外とも連携しながら相互運用性を確保した仕組みとして国際標準化を進めています。

    日本が技術規格の策定段階から世界をリードしようとしている分野は多くありません。空間IDはその数少ない例のひとつであり、日本発の都市インフラ技術が世界標準となる可能性を秘めています。

    【実証実験】空間IDで建設現場のロボットが自律的に連携する

    ──NTTドコモビジネスでは、建設現場DXソリューション「tateras®」で、空間IDを活用したロボットとの連携実証実験を行っていますね。

    上原悠嗣(以下、上原):tateras®は、建設現場における工程表作成・作業間調整・リソース手配・KY活動・日報といった、日々の現場業務をサポートするNTTドコモビジネスのサービスであり、今回の実証実験では「tateras®作業間調整」を活用しました。建設現場では毎日「何時から何時までどこで誰が何の作業をするか」を共有・調整する会議が開かれます。従来は紙やパワーポイントで管理していましたが、tateras®作業間調整では図面上で時間情報が紐づいたオブジェクトを配置することができるため、どの業者がどのスペースでいつ作業するかを視覚的に確認しながら施工管理を行うことができます。

    tateras®が持つ施工管理情報こそが、ロボットが現場を自律移動するための「地図」になる。しかしその情報をロボットへ伝える共通の仕組みがなければ、将来的に複数のロボットと現場で協働する際、連携・制御・運用が複雑化し、実用化は難しくなります。空間IDはその技術的ボトルネックを解消するものでした。

    今回は、Boston Dynamics社の4足歩行ロボット「Spot」などのロボットを用いて実証実験を行いました。特に、「Spot」は現場の複雑な地形でも高い走破性を持ち、建設現場を自律的に巡回するロボットとして非常に優れた性能を発揮します。

    ただ、自律移動・作業をするロボットは現場に入った瞬間からただの機材ではなく、「一人の作業員」として扱われます。作業にあたり、ロボットが日々の現場で「誰がいつどこで何をするのか」を認識できる必要がありますし、反対に「どのロボットがいつどこで何をするのか」を現場全体で把握しておかないと、人間の作業員から見てロボットが何をしているのか、何をしようとしているのかが分からず、安全管理上・施工管理上のリスクになりえます。ロボットに搭載するセンサーやIoT機器から収集した位置情報を、空間IDを介してtateras®の施工管理情報と紐付けることで、人間とロボットが同じ情報を共有しながら協働できる環境が整い、現場全体の安全性の向上につながります。

    上原 悠嗣|NTTドコモビジネス株式会社 ビジネスソリューション本部 ソリューションサービス部 第三マネージドソリューション部門 スマートワークサイト担当 主査

    ──tateras®に空間IDを組み合わせることで、具体的にどんな現場課題が解決できるのでしょうか。

    上原:ロボットとの協働における現場課題として、わかりやすい例が「コンクリート養生」の問題です。コンクリートを打設した直後は、見た目は普通の床と変わらないですが、コンクリートが固まっていないので人も機械も立ち入ることができません。「ペンキ塗り立て」のような状態ですね。ロボットの目である点群情報では、歩行できる床と同じように見えてしまうので、誤って養生中のコンクリートに踏み込んでしまい、表面がぐちゃぐちゃになることで施工をやり直す事態が発生してしまいます。

    tateras®作業間調整が持つ施工情報を空間ID軸でロボットに連携することで、「今日の午前中はこのエリアは養生中で立ち入り禁止」という情報がリアルタイムに伝わり、ロボットが自律的に回避できるようになります。

    岩花氏:この実証についてお聞きしていて、技術的な難問を解決したこと以上に、共通規格を策定したことが重要だと感じました。ロボットの種類が増えても、ドローンが加わっても、tateras®の施工管理情報を空間IDという一つのフォーマットで共有するだけでよくなる。標準化することで、将来のあらゆる連携の土台を敷くことにつながります。

    救急車、ドローン、自動運転車が「同じ地図」を見る世界

    ──今回の実証は建設現場でしたが、空間IDの活用や導入はどこまで広がるのでしょうか。

    岩花氏:空間IDが最も力を発揮するのは、異なる産業・異なるシステムのデータが「同じ地図」の上で動き始めたときです。例えば緊急搬送を考えてみてください。救急車が現場に向かう際、リアルタイムの渋滞情報、工事による通行止め、さらには医師の位置情報や動線、要救助者の容態などをふまえて「ドクターヘリで対応した方が早いか、地上移動の方が早いか」という判断を、空間IDで連携した複数のデータから自律的に導き出せるようになります。人命に関わる場面で、人間の判断ではなく、最新データに基づくシステムが最適解を出す。こうした応用が、空間IDによって現実味を帯びてきます。

    上原:建設業界の話になってはしまいますが、施行管理へのデータ利活用を現場内のデータだけで行わず、周辺の都市データと組み合わせていくことを考えています。建設現場では多くの専門工事業者が関わっており、工程管理は非常に複雑です。例えば資材の搬入ひとつとっても、当日の渋滞状況によって工程が遅延するリスクがある。近くでイベントやお祭りがあれば迂回が必要になり、それだけで現場の計画が狂ってしまう。周辺の渋滞情報や人流データ、気象データといったエリアデータをリアルタイムで工程管理に組み込むことができれば、こうしたリスクをなるべく早くに察知して対応できるようになります。建設は街づくりに直結しているので、現場データと都市データが融合していくのは自然な流れだと考えております。

    岩花氏:物流も大きな領域ですね。ドローンと自動運転車が連携して荷物を搬送するシナリオでは、両者が同じ空間IDで情報を共有することで、空と地上のシームレスな連携が実現します。ラストワンマイルの配送問題に対して、空間IDは重要なインフラになっていく可能性があります。

    また、建物の情報に加えて、周辺の道路データ、さらには地下埋設物や地域インフラのデータまでが空間IDで連携されていくことで、防災のシナリオへの活用も期待されています。災害時に「どのインフラがどれだけの浸水に耐えられるのか」「どのルートで避難すべきか」という判断を、より正確に、より迅速に導き出せるようになるでしょう。

    「協調」と「競争」の境界線をどこに引くか

    ──産業横断でデータをつないでいくには、どんな壁がありますか。

    岩花氏:最大の壁は「データをオープンにしたくない」という各企業の心理です。競争の源泉になるデータを開示することへの抵抗感は、どの業界にも根強くあります。ただ、全てのデータをオープンにすべきという話ではありません。重要なのは「協調領域」におけるオープンデータと「競争領域」におけるクローズドデータを明確に切り分けることです。

    防災情報、緊急搬送ルート、インフラの基礎データといった「社会インフラに関わるデータ」は協調領域として共有し、その上で各社が独自の付加価値を生み出しながらサービスを競い合う。空間IDという共通の「入れ物」があれば、協調領域のデータは共有しながら、企業秘密となる競争領域のデータは暗号化して守る、という両立が技術的に可能になります。

    もう一つ、普及のインセンティブという観点も重要です。データ連携によって新たなビジネスを創出できる、マネタイズができるなど、自社にとって何かプラスになる実感がなければ、企業は重い腰を上げません。具体的なメリットを一社一社積み上げていくことが、社会全体への普及につながる最短経路だと思っています。

    ──最後に、空間IDが当たり前になった都市と街づくりの姿をどう描きますか。

    上原:空間IDには、3次元の空間情報に「時間」を加えた4次元のシミュレーションが可能という特性があります。緯度・経度・標高に加えて時間情報をボクセルに紐付けることで、「今月時点ではこういう状態だが、来月にはこうなる」という変化を時系列で追えるようになる。さらに、構造化されたデータの解析が得意な生成AIの特性と空間IDを組み合わせることで、人間だけでは気づきにくい示唆を引き出せるようになっていくと考えています。

    今はまだ、業界ごとに実証事例が点在している状況です。ただ、これらの取り組みはやがて業界内で連携し、さらに業界を超えてつながっていく。空間IDが共通規格である強みはまさにそこにあります。それぞれの業界が個別に整備したデータであっても、後から相互接続しやすいのです。まずは空間IDの考え方に賛同する企業が一社でも増え、各業界の中でユースケースが積み上がっていくことが重要です。「この業界とこの業界のこの情報を組み合わせると価値が生まれる」という発見が、次の連携を生み、業界を超えた相互運用と横展開につながっていく。そうした広がりは、まず積極的に活用してみることから生まれると思っています。

    岩花氏:私はもともとAIを専門とし、デジタルツイン、メタバースといった領域を歩んできました。これらに共通する世界観は、現実空間をバーチャル空間(サイバー空間)上に再現し、現実ではなかなか検証できない事象をシミュレートするというものです。災害がどう広がるか、人々がどう移動するか、街をどう設計すれば暮らしやすくなるか。そういった問いをバーチャル空間で試し、より良い答えが見つかれば現実にフィードバックする。それがデジタルツインやメタバースが描いてきた未来像です。

    空間IDはその世界観を実現するための、重要な基盤になると考えています。これまでは産業ごと、システムごとに孤立していたデータが空間IDでつながることで、複数の産業のデータを横断したシミュレーションが初めて可能になります。防災、移動、街づくり、あらゆるユースケースのデータが同じ基盤の上で動き始めたとき、これまで人間には見えなかったリスクを事前に察知し、危機を回避できる社会が近づいてくる。空間IDが目指す究極の姿は、そういう世界だと私は思っています。

    tateras:tateras® | NTTドコモビジネス 法人のお客さま
    tateras作業間調整:tateras® 作業間調整 | NTTドコモビジネス 法人のお客さま

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