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2024.04.20(Sat)
目次
——諸富氏は、GX-ETS(排出量取引制度)の制度設計に関する技術的事項を審議する「排出量取引制度小委員会」の委員を務めておられます。そもそもGX-ETSとは、どのような制度なのでしょうか。
諸富徹氏(以下、諸富氏):GX-ETSには、「排出量の削減目標を設定する」「目標を達成できる企業とできない企業が排出枠を取引する」といった2つの側面があります。企業ごとにCO2排出量の削減目標に応じた排出枠が設定され、実際の排出量が排出枠を上回った企業は、不足分を市場から調達する。反対に、削減が進み排出枠が余った企業は売却できるということです。義務を履行できない場合には、不足量に応じて、参考上限取引価格の1.1倍の支払いも定められています。
2023年度から第1フェーズとして自主参加型の試行が始まり、2026年度から第2フェーズとして義務的な制度へ移行しました。義務化されたことは、非常に大きな転換点です。
これまでは、熱心に削減に取り組む企業がコストを負担する一方で、同じ努力をしない同業他社が、直接的な不利益を被ることはありませんでした。取り組む企業ほど負担が大きくなるのであれば、公平な競争とは言えません。そこで、まず対象企業が共通のルールのもとで排出量を管理して、フェアに競争する。その条件が整ったという意味では、画期的な制度です。
——かつては、CO2排出量が多い企業を中心に「排出量取引は産業界への負担を増やす」という反対の声もありました。
諸富氏:私も排出量取引制度をめぐる以前の議論を知っているだけに、感慨深いものがあります。大きな転換点になったのは、2020年に当時の菅義偉総理が「2050年までにカーボンニュートラルを目指す」と宣言したことです。その後、CO2削減目標を実現するための政策と、企業の投資を後押しする仕組みがGXとして具体化していきました。
重要なのは、GXが環境政策だけではなく、産業政策として位置付けられていることです。世界が脱炭素へ向かえば、環境性能の高い製品やサービスへの需要は増え、CO2削減への取り組みの開示も進むはずです。この流れに乗ることができなければ、競争上不利になる可能性があります。CO2排出に対する制約によって、生産のハードルが上がるのは事実です。ただ、そのハードルを早く越え、低炭素な技術やサービスをつくった企業は、新しい市場を獲得できる可能性があります。

——制度の本格化によって、まずはどのような企業に影響が現れますか。
諸富氏:まず、参加を義務付けられた対象企業には影響が及びます。自社の排出量の報告と第三者機関による検証が義務付けられ、排出枠との過不足を厳密に管理する必要が生じるので、CO2排出の管理能力が経営の中枢に直結するようになります。
——対象業者は、2030年度までの直接・間接排出削減目標や投資計画などを記載した移行計画を提出する義務があります。間接排出削減という意味では、サプライチェーンを構成する中堅・中小企業への影響はどうでしょうか。
諸富氏:GX-ETSそのものは、対象企業にScope3※の削減まで求めておらず、この点は分けて考える必要があります。ただし、経済的な視点から見ると、間接的な影響が及ぶでしょう。制度対象企業のコスト増が原材料や製品価格へ転嫁されたり、電力会社の電源構成によって電気料金が上がったりすることで、中小企業もコスト上昇の影響を受けることになります。
さらに、GX-ETSとは別に、プライム市場の上場企業には、時価総額に応じてSSBJ基準※の適用が段階的に義務づけられます。Scope3を含む排出情報の開示が段階的に求められるため、取引先である中小企業へデータ提供を求める動きも強まっていくはずです。
※Scope3:原材料の調達、物流、販売、製品の使用・廃棄など、自社の事業活動に関連するサプライチェーン全体で発生する温室効果ガス排出量。
※SSBJ基準…SSBJ(Sustainability Standards Board of Japan)が策定する企業向けサステナビリティ情報開示基準。気候変動やGHG排出量などの情報開示を求めるもの。
中山千夏子(以下、中山):中小企業のお客さまと会話する機会が多いのですが、「GX-ETSの影響で取引先から脱炭素を求められている」「排出量を算定してほしいという要望が来ている」という声は、まだ多くありません。むしろ、我々から制度や開示の動向を伝え、将来の課題として認識していただく段階です。中小企業はGXを担当する専任人材や専門知識を確保することが難しいケースも少なくありません。しかも、現時点ではコストになる取り組みに、どれだけ時間を割けるかという課題があると感じています。
一方で、GXは数年前から段階を踏んで進んでいます。まず大企業が始め、今はScope3対応などで中小企業へ波及している状況。その流れの中で、GX-ETSは広がりを加速させるきっかけの一つになるでしょう。これまで排出量の算定をしてこなかった中小企業も求められるようになるはずです。そういった意味で、影響は大きくなってくると考えています。

諸富氏:現状、第2フェーズに入ったGX-ETSは、制度への適応期間として緩やかな条件設定がなされています。これは、まずは制度の立て付けを整えて、段階的に厳しくしていく考え。中小企業にとっても、いずれ影響は強くなってくるはずなので、そこを見据えて今から行動するほうが良いと考えます。CO2削減に対応できなければ、いずれサプライチェーンに選ばれる競争でも不利になるかもしれません。
これまでの競争軸は、いかに良いサービスを低価格で提供するかという「品質と価格」でした。しかしこれからは、そこに「CO2排出量」という新しい競争軸が加わります。同等の品質と価格であれば、少しでも低いコストでCO2を多く削減できる企業が選ばれる。グローバル企業ではすでに、サプライヤーに厳しい脱炭素要件を求める動きがあります。排出量の把握や削減計画を示せない企業は、受注競争で不利になり、調達先の候補から外れるリスクが高まっていくでしょう。
——サプライチェーンの中小企業に過度な負担をかけずに脱炭素を進めるために、大企業にはどのような役割が求められますか。
諸富氏:第一歩は、サプライチェーン企業に自らの排出量を把握してもらうこと。自社のどの工程や設備でCO2排出量が多いのかという問題の所在を知ることが削減の出発点です。次に将来負担するコストの見通しを立てること。制度が本格化した際の負担を予想し、再生可能エネルギーに投資した場合の回収期間を試算するなど、投資判断の材料を提供します。最終的には、付加価値が高くエネルギー消費の少ない領域への事業転換まで、コンサルティング的に支援する手もあります。コスト上昇によるサプライチェーンの毀損を防げれば大企業の利益にもつながる、長い目で見た投資です。
例えば、世界的な総合電子部品メーカーである村田製作所は、Scope3の削減にむけて取引先企業を対象にした説明会やヒアリングを行って課題を特定し、村田製作所が持つノウハウを提供するなど、サプライチェーン企業との協業による削減で先手を打っています。迫りくるコスト増を避ける策を今から打ち、中長期的な競争力を高める。大企業が積極的に手を入れてくれるか、全く支援を受けられないかで、サプライチェーンには差が出る可能性はあると思います。
鈴木正恭(以下、鈴木):NTTドコモグループでも、サプライヤーの皆さまにScope3の排出量算定をお願いしています。進捗に合わせて、まずScope1・2から、次にScope3、さらに削減へと段階を踏み、説明会やツール提供で伴走しています。中小企業の悩みは「人がいない」「やり方が分からない」「予算を積めない」ということです。それを解決できるように、一緒に勉強会をやり、キャンペーンなどでツールを提供し「まずは使ってみてください」と、入り口のハードルを下げることを重視しています。

諸富氏:中小企業が自らのCO2排出量を把握していなければ、将来のコスト上昇も意識できません。投資判断を助けるツールの提供が支援になります。算定はゴールではなく、経営判断の出発点。その先に、電力の切り替え、省エネ・創エネ投資、事業モデルの見直しという選択が続いていきます。
——NTTドコモビジネスは、CO2排出量を可視化するソリューションも提供しています。中小企業のGXをどのように支援しているか教えてください。
中山:まず、排出量の算定とデータ連携を実現するソリューション「CO2MOS」があります。企業活動全体のGHG(温室効果ガス)排出量や製品単位の排出量を算定・可視化し、削減施策の検討につなげるサービスで、企業や業界の事情に応じて機能を組み合わせ、サプライヤーから収集したデータを反映した算定にも対応します。伊藤忠丸紅鉄鋼株式会社へCO2MOSをOEM提供している「MIeCO2」は、このCO2MOSを基盤として、同社が持つ鉄鋼業界と中小企業サプライチェーンの知見、株式会社ウェイストボックスの環境コンサルティングを組み合わせたサービスです。ツールを提供するだけではなく、算定に取り組みやすい支援体制を整えています。
また、GX-ETSにおいて排出実績量の調整や義務履行に活用できるカーボンクレジットの創出・流通に関するソリューションも手掛けています。森林分野では、住友林業株式会社と協業した「森かち」を提供しています。森林由来J-クレジットの創出、審査、取引を一つのプラットフォームで支援し、クレジットの需要と、森林整備に必要な資金をつなぎます。
これらの基本的なソリューションを活用した「イベントオフセット」も行っています。排出量やクレジットの数値だけを見せられても、実感を持てる人はほとんどいません。そこで、イベント開催に伴う排出量と、クレジットによってオフセットした量を分かりやすく示す。脱炭素の取り組みを来場者や取引先に伝え、企業のビジネスを促進する手法として活用できます。
——これからのAI社会では電力需要が右肩上がりで、それに伴いCO2排出量も増えると予想されます。
諸富氏:発電や電力消費の効率化は、重要なビジネスにもなるはずです。NTTはIOWNのようなイノベーティブな技術を持っており、ドラスティックな電力消費の削減や環境負荷の軽減に貢献すると思っています。そのような日本の技術、NTTの技術がGXに活用された結果、競争力も上がり、CO2も減るというモデルへとつながることを期待しています。
鈴木:NTTグループはデータセンターを保有しており、大量の電力を消費する事業者として、CO2排出量を削減する責任があると認識しています。データ基盤、AI、DXを組み合わせながら、お客さまにできるだけ手間を掛けず、効率的に算定できるように進めているところです。
——脱炭素への対応を、企業はどうすれば成長機会へ変えられるのでしょうか。
諸富氏:かけるコストは負担ではなく、競争力につながる投資になると考えましょう。後ろ向きに対応するのではなく、脱炭素社会の中でどのようなビジネスに注力し、どういった製品・サービスを提供する会社になるのかを見据えて、そこにつながるように前向きな投資をしていく必要があります。そのプロセスで、ビジネス領域の転換が起きるかもしれません。
波に乗っていく企業から新しいビジネスが出て、それが新しい付加価値を生み出す産業領域をつくっていけば、国全体として経済成長とCO2排出量削減のデカップリングは十分あり得ます。
鈴木:本当にそのとおりだと思います。ただ、世界情勢や経済安全保障の影響はどうしても避けられません。一喜一憂せず、長期的な視点で継続的に取り組む覚悟が必要だと思っています。
——最後に、NTTドコモビジネスは、算定やクレジットの先で、企業の事業転換をどう支援していくか、お考えを聞かせてください。
鈴木:GXという一つのキーワードではなく、「GX×DX×AI」で支援していくべきだと考えています。脱炭素を進めるにしても、いかにコストを下げるか、生産性を上げていくかは、重要なポイントです。DXやAIを活用してGXを進めることで、少しでもお役に立てればと思っています。産業構造の大転換が求められている今、GXの取り組みは、ビジネスや社会活動のあらゆる面で欠かせないものになっていくはずです。
また、今回はカーボンニュートラルを中心に話しましたが、環境分野では、サーキュラーエコノミーの推進や、自然資本・生物多様性の可視化、モニタリングにも取り組んでいます。この3つは、いわば企業の環境経営を支える三本柱。環境全体をしっかりと設計しながら、弊社のケイパビリティを生かしていきたいと思います。
諸富氏:日本はこの30年間、産業構造の転換が遅いと言われてきましたし、脱炭素化についても遅れていると言われていました。しかし、この5年ぐらいの世界情勢の変化によって、欧米を中心とする脱炭素化の流れが後退あるいは停滞と見られる部分が出ているのに対して、日本は着実に前進している。歩みは遅いけれども方向性は定まっており、期待をしています。そういう中で、AIやITと製造能力を融合する領域において、NTTドコモビジネスの果たす役割は非常に大きいのではないでしょうか。それは結果的に、必ず脱炭素にも結びついていくと思います。
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