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2024.04.20(Sat)
目次
――最初に、量子コンピューターの基本的な考え方を教えてください。
森岡康高(以下、森岡):私たちが普段使っている古典コンピューター(パソコンやスマートフォンなど従来のコンピューター)では、「ビット」と呼ばれる単位を使い、情報を0か1のどちらかの状態で表しています。一方、量子コンピューターが使う単位は「量子ビット」。これは、0でもあり1でもあるという「重ね合わせ」の状態を情報として持っており、膨大なパターンを一気に処理する並列計算が可能になります。
例えば古典コンピューターで2ビットの計算を行うと、「00」「01」「10」「11」の組み合わせがあり、最大4回の計算が必要です。しかし量子コンピューターは0と1の両方を同時に扱えるため、1回の計算で処理が完了します。
ビット数が増えれば、古典コンピューターでは指数関数的に計算が増えますが、量子コンピューターなら、どれだけ増えても効率的に答えを導き出せる。ビット数が増えるほど計算量の差は大きくなり、古典コンピューターでは何年もかかる計算を、量子コンピューターなら極めて短時間で処理できるわけです。
この並列計算ができる量子コンピューターは、答えの出し方に特徴があります。古典コンピューターは正解が出るまで計算処理を繰り返しますが、量子コンピューターは1つの回答ではなく、確率分布のような形で出力します。そしてユーザーは確率が高いものを選択して利用します。
量子コンピューターで期待されているのは、化学・材料のシミュレーション、創薬、機械学習、最適化など。条件や組み合わせが複雑で、古典コンピューターでは膨大な計算処理が発生する分野です。一方、現在のパソコンで十分に処理できる仕事を置き換える意味はありません。将来的には、一般的なパソコン、スーパーコンピューター、量子コンピューターを課題に応じて使い分けることになるでしょう。

――森岡さんは5年ほど前から量子コンピューターに携わっています。今の盛り上がりをどう見ていますか。
森岡:ここ5年間を振り返ると、ブームの盛り上がり方にも変化がありました。以前は、最適化問題に特化した「量子アニーリング方式」が主流でしたが、現在は、幅広い計算に対応可能な「汎用型(ゲート方式)」の研究が盛り上がっています。それを受けて、世界の多くの企業が、2030年頃をターゲットに実用的な量子コンピューターを世に送り出すロードマップを描いており、研究装置から特定領域で価値を出す計算基盤への動きは強まっています。

――2030年頃に実用的な量子コンピューターが登場すれば、私たちが生活する街にも変化はあるのでしょうか。スマートシティにどう寄与するのか、具体的なユースケースを教えてください。
森岡:最もイメージしやすいのは、最適化の実践です。交通渋滞の緩和を例に挙げると、車両の位置、目的地、道路状況、信号、事故、天候など、多数の条件を考慮しながら、都市全体として望ましい流れを探る必要があります。将来、量子コンピューターがこうした計算を処理できるようになれば、車両ごとの経路に加え、状況に合わせて信号の切り替えタイミングを制御することも考えられます。最適化の考え方は、EVの充電スポットへの割り振り、再生可能エネルギーを含む電力配分、物流ルート、ごみ収集、建物や設備の運用にも応用できます。
最適化のさらに先には、「非線形現象(原因と結果が比例しない現象)」のシミュレーションなどへの応用も期待されています。分かりやすい例でいえば、街にビルを建てた際の「風の流れ(ビル風)」のシミュレーションです。現在もスーパーコンピューターで行われていますが、実際に建ててみないと分からない影響もあります。それを、事前に高精度でシミュレーションできるようになれば、都市設計のあり方そのものが変わります。
――量子コンピューターの実用化を見越して、スマートシティで今から取り組むべきことは何でしょうか。
森岡:まず求められるのは、どんな課題に対して使うのかを定め、必要なデータを継続的に取得し、部門や事業者を越えて安全に連携できる状態をつくることです。また、古典コンピューター、AI、将来の量子コンピューターを組み合わせられるシステム構成にしておく必要があります。
そして、今すぐ始めるべきなのがセキュリティ対策です。量子コンピューターの計算能力なら、現在の暗号化の主流である公開鍵暗号を突破される可能性があります。通信が解読されれば、個人情報、医療情報、企業秘密、設計図などが読み取られます。スマートシティでは、情報漏えいだけでなく、機器のなりすましや制御系への不正アクセスが、交通、電力、医療などの停止につながりかねません。2030年頃に実用的な量子コンピューターが登場するという予測から逆算すれば、早急に耐量子暗号の導入が必要になります。
――既存の暗号技術は、量子コンピューターによってどのようなリスクにさらされるのでしょうか。また、対策についても教えてください。
森岡:顕著なのは「公開鍵暗号方式」の解読です。公開鍵暗号方式とは、公開鍵と秘密鍵をペアにして、安全に情報をやり取りする仕組みです。公開鍵で暗号化したデータは、ペアとなる秘密鍵でしか復元できず、逆に秘密鍵で暗号化したデータは、対応する公開鍵で復元が可能。分かりやすい例では、パソコンとWebサーバーをつなぐ通信で使われています。
この公開鍵暗号の代表的な技術のひとつ「RSA」は、素因数分解の仕組みを利用しています。大きな数を二つの素数に分解する計算は、今のコンピューターでは膨大な時間がかかる。だからこそ、安全性が担保されていたわけです。しかし、量子コンピューターと「ショアのアルゴリズム」という解読手法を組み合わせると、この素因数分解が簡単に解けてしまう。そのため、量子コンピューターでも解読できない暗号(耐量子暗号)が求められており、世界各国で研究と社会実装が進んでいます。
量子コンピューターによる暗号解読に対抗するセキュリティ技術には、大きく分けると二つのアプローチがあります。一つは耐量子計算機暗号(PQC:Post-Quantum Cryptography、以下 PQC)。量子コンピューターが苦手とする数学的問題に基づいて設計された、新しい暗号アルゴリズムです。既存の暗号技術の延長線上にあり、ソフトウェアとして既存のシステムにも導入しやすい特徴があります。世界全体でまず広く普及するのは、PQCからでしょう。
もう一つが量子鍵配送(QKD:Quantum Key Distribution、以下QKD)。量子力学の原理を使い、暗号化に必要な鍵を通信相手との間で安全に共有する技術です。盗聴による量子状態の変化を即座に検知できるので、盗まれた可能性のある鍵を使わない運用が可能。極めて高い安全性を誇ります。一方、専用の光学装置やネットワークが必要で、導入コストや距離、運用の制約があります。そこで、一般的な通信は導入しやすいPQCで守り、さらに高いセキュリティレベルを求める部分にはQKDを使用するといった使い分けになると思います。

――NTTドコモビジネスは2025年1月に、PQCとQKDを活用した「量子コンピューターでも解読できない暗号通信」の実証実験を発表しました。
森岡:NTTドコモビジネスのビデオ・音声通話開発ツール「SkyWay」を使用したWeb会議の通信全体を、量子コンピューターでも解読できない暗号で守りました。パソコンだけでなく、スマートフォンやタブレットでも、利用者が特別な設定をせずに暗号化されます。従来はアプリとデバイスだけ、鍵交換だけ、といったように部分的な暗号化にとどまっていましたが、今回はシステム全体を守り切った点が世界初です。
Web会議での実証実験は、分かりやすい事例のひとつです。NTTドコモビジネスがネットワークインフラ事業者として、量子コンピューター時代のセキュリティにしっかり取り組んでおり、PQCとQKDを組み合わせてトータルで守り切ることができると示すことに意味がありました。

――「量子コンピューターでも解読できない暗号通信」に加え、2026年6月には「SIMカードを活用した相互認証システム」と、「東名阪約600kmにおよぶ広域量子暗号通信ネットワークの構築」も発表されています。
森岡:三つは直接つながった一つのシステムではありませんが、それぞれが、アプリケーション、端末、広域インフラという各層を量子時代の攻撃から守る取り組みです。端末から広域ネットワークまで弱い箇所を残さず、要件に応じて技術を組み合わせる考え方です。
具体的な内容ですが、まず、「Web会議の実証」は、アプリケーションと鍵供給を含む通信システム全体を安全にする取り組みです。
次に、「SIMカードを活用した相互認証システム」は、IoT機器、スマートフォン、モビリティなど、計算資源の限られたエッジデバイスへ対象を広げています。耐量子暗号は複雑な計算処理が必要なため、IoTデバイスなどで使われるSIMカード上での実現は困難と言われていました。しかし私たちは、IOWNの秘匿データ転送技術「MFS」※を組み込み、低処理負荷で認証を可能にする技術を開発。これにより、自動運転車やドローンといった末端のエッジデバイスでも、乗っ取りやなりすましを防ぐことができます。
そして、「東名阪約600kmの広域量子暗号通信ネットワーク」は、さらに下層の社会インフラの守りです。医療、金融、電力などの高機密データを、地域や組織を越えて安全に流通・保管・利活用できるかを検証しています。
※MFS…複数の暗号アルゴリズムを実装し、将来、暗号方式が解読されてもリアルタイムに切り替えを行い、セキュリティ強度を担保する技術
――量子技術をビジネスで使う可能性があるのは、どのような部署や分野の人材でしょうか。
森岡:まず利用するのは、化学、材料、創薬、機械学習、最適化、交通、物流、エネルギーなど、専門領域の研究職やエンジニアでしょう。量子コンピューターを一人一台持つのではなく、スーパーコンピューターのように、クラウドや共同利用基盤から必要な計算資源を使う形が現実的です。
――最後に、量子コンピューターが実用化され、耐量子暗号が当たり前になった未来において、NTTドコモビジネスは社会へどういった価値を提供するのか、その決意をお聞かせください。

森岡:NTTドコモビジネスは、法人のお客さまへのシステムインテグレーションと、ネットワークやクラウドなどのプラットフォーム提供という、二つの柱を持っています。量子コンピューター時代には、その両方で価値を出していかなければなりません。
まず手掛けるのは、既存のネットワーク、クラウド、認証、アプリケーションを量子時代にも安全なものへ変えていくことです。お客さまが意識しなくても、通信やサービスが耐量子化されている。必要に応じてPQCとQKDを使い分け、端末から広域ネットワークまで守れるようにしていきます。
量子コンピューターが実用的な計算資源になった2030年頃には、プラットフォームの一部として提供し、お客さまと新しいユースケースをつくっていきたいと考えています。化学、創薬、交通、物流、エネルギーなどで、これまで解けなかった課題に挑み、新しい事業へつなげる。量子時代の安全を支えながら、その上で量子の計算能力を社会価値へ変えることが、NTTドコモビジネスの中長期的な役割だと思います。
■世界初、NTT Com特許技術を活用した量子コンピューターでも解読出来ない暗号通信を実現
https://www.ntt.com/about-us/press-releases/news/article/2025/0115.html
■Interop Tokyo 2026において、量子コンピューター時代にも安全な「SIMカードを活用した相互認証システム」などを展示
https://www.ntt.com/about-us/press-releases/news/article/2026/0608.html
■国内初となる東名阪約600kmにおよぶ広域量子暗号通信ネットワークの構築を開始
https://www.ntt.com/about-us/press-releases/news/article/2026/0630_2.html
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