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Global ICT

2025.10.29(Wed)

「生産は国内、販売は世界へ」。
トップエコノミストが語る、不確実性の時代のグローバル戦略

「海外はリスクが高いから、国内事業に集中すべきか」「人口減少が進む国内市場に未来はあるのか」——。日本企業を取り巻く環境がかつてないほど不確実性を増す中で、企業はどのようにグローバル展開を進めていけばいいのでしょうか。

第一生命経済研究所の首席エコノミスト・永濱利廣氏は、「不確実性が高いからこそ、これまでとは異なるバランスを取ったグローバル戦略が必要」と語ります。永濱氏に、マクロ経済の視点から日本企業が置かれた現状と構造的課題を伺うとともに、これからの時代に企業に求められるグローバル戦略について語っていただきました。

目次


    世界が不確実性の時代に。グローバル化の潮目を変えた地政学リスク

    ——近年、企業のグローバル化を取り巻く環境は、どのように変化してきたのでしょうか?

    永濱利廣氏(以下、永濱氏): 一言で言うと、「不確実性が高まっている」ということです。その背景を理解するには、東西冷戦の終結まで遡る必要があります。

    冷戦終結後、それまでの社会主義国が市場経済に参入し、西側諸国の企業が旧社会主義国の安い人件費を活用してどんどんグローバルへ進出しました。中国は「世界の工場」として台頭して、BRICsと言われる資源国もまた、食料やエネルギーの需要が増えたことで潤いました。グローバル化によって、西側諸国の企業も旧社会主義の国々も資源国も、世界中が経済的な恩恵を受けたわけです。

    しかし、中国やロシアが経済的に力をつけてきた結果、今や西側諸国と対峙する構造になっています。大きな転換点となったのは、2016年でした。西側諸国の国内でグローバル化の副作用が顕在化し始めたのです。西側諸国で中心的な存在だった白人層に「移民の流入によって自分たちの仕事が奪われる」といった不満が蓄積し、イギリスはEUを離脱。その翌年には、アメリカでトランプ大統領が誕生しました。西側諸国の自国第一主義、つまり、「内向き」な動きが顕著になってきたのです。

    永濱利廣(ながはま・としひろ)
    第一生命経済研究所 首席エコノミスト。1995年早稲田大学理工学部工業経営学科卒業後、第一生命保険入社。日本経済研究センター、東京大学大学院経済学研究科修士課程修了などを経て現職。専門はマクロ経済分析、経済政策。テレビやラジオなどメディア出演多数。

    そして今、台湾有事のリスク、ロシアのウクライナ侵攻、トランプ政権の復活と、非常に不確実性が高まっています。特にアメリカは、自国産業を保護するために、貿易相手国に対して大幅な関税をかけはじめています。経済合理性だけでは予測できない地政学リスクが、もはや企業経営において無視できない前提条件となったわけです。

    ただ、不確実性が高いからといって、企業がグローバル市場を諦めてしまったらどうなるでしょうか。より国内経済も停滞が続いてしまうでしょう。むしろ不確実性が高まる今だからこそ、リスクを適切に管理しながら、戦略的にグローバル市場へ進むことが企業の持続的成長には不可欠です。

    人口減少は経済停滞の原因ではない。日本経済の構造的課題

    ——日本は「失われた30年」という経済停滞を経験してきました。この日本の状況は、日本企業のグローバル展開にどのような影響を与えてきたのでしょうか?

    永濱氏:日本については、バブル崩壊以降の政策当局がマクロ経済政策を失敗したことがあります。金融緩和が遅れたことで異常な円高が進み、輸出で収益が上げられなくなり、人件費も割高になりました。そのため、生産拠点を国内に作っても採算が取れない状況になってしまったのです。その結果、「失われた30年」と呼ばれる経済停滞に陥りました。

    設備投資や研究開発に使えるお金も十分ではなくなり、日本企業は競争力を失っていったのです。

    ——日本企業特有の構造的な課題もあるのでしょうか?

    永濱氏:日本企業は国内にある程度の市場があった中で、国内の競争に終始してしまっていたという構造的な問題があります。目先の国内シェアが1位か2位かということに囚われすぎて、もっと大きなグローバル市場というパイを取りにいけていなかったのです。

    ビール業界を例に挙げると、日本では国内の税制の隙間を突くために発泡酒や第三のビールの研究開発に金や労力が集中されてしまいました。しかし、そんな税制対応は国内市場だけの話。本来であれば、税の都合のために経営資源を投入するよりも、「いかにグローバルで売れるものを作るか」を考えて投資したほうが、収益的にはプラスになるはずです。

    結局、国内の細かいルールや税制への対応、限られた国内シェアの奪い合いという内向きの競争で疲弊し、グローバル市場での競争力を高めることに経営資源を集中できてこなかったことが、日本企業の構造的な課題だと思います。

    ——将来の展望として「人口減少による市場縮小」で、日本経済は停滞していくという悲観的な意見が多く聞かれます。「失われた30年」は今後も続いていくのでしょうか。

    永濱氏:全国各地に講演に行った際に、よく中小企業の経営者の話を聞くのですが、多くの方が二言目には「人口減少で……」と言います。しかし、実は国の経済成長は人口の増減だけで決まるわけではありません。一国の経済成長率は、労働投入量と資本投入量と生産性で決まります。

    これまで日本が「失われた30年」で経済が衰退してきた真の原因は、働き手の数ではなく、資本投入です。国内に十分な投資をせずにきてしまったことで供給力がどんどん衰退し、競争力を失ってしまったのです。

    実際、ドイツは2010年代前半まで人口が減っていましたが、その間も経済は成長していました。韓国も、出生率0.72(2023年)と日本よりも下回っていますが、日本以上に経済成長しています。日本は、「人口が減少するから日本はオワコンだ」と過度に人口減少を恐れて国内投資が進まなかったために、経済成長が停滞しているのです。

    生産は国内、販売は世界へ。不確実な時代のグローバル戦略

    ——世界の不確実性が高まる中、日本企業はどのようにグローバル化を進めていくべきでしょうか?

    永濱氏:かつてのように「とにかく安価な労働力を求めて海外へ」という単一的な戦略は、もはや通用しないでしょう。これからのグローバル戦略は、「生産拠点」と「販売拠点」の役割を明確に分け、メリハリをつけることが重要です。

    まず、生産拠点については、今は国内回帰が合理的になりつつあります。かつて企業の海外流出を招いた「産業の六重苦」(異常な円高、高い法人税率、自由貿易協定の遅れ、電力価格、労働規制の厳しさ、環境問題の厳しさ)のうち、今は前半の三つがかなり解消されました。異常な円高は解消され、法人税率もドイツ並みに下がり、TPPなど経済連携協定も進みました。

    現在の円安環境では人件費を含めても日本のほうが割安になってきているため、海外で生産するコストメリットは薄れつつあります。実際に、国内に生産拠点を戻す動きも見られるようになりました。これは、有事の際に備えるサプライチェーン強靭化の観点からも極めて重要な動きと言えるでしょう。

    一方、販売拠点については海外を視野に入れたリスク分散が重要です。しかし、米中対立が激化し、中国経済もかつての勢いを失いつつある今、特定の国や地域に販売網を依存させることは大きなリスクとなります。そこで注目すべきなのが、インドや東南アジアといった「グローバルサウス」と呼ばれる国々です。成長著しいこれらの地域へ積極的に販路を拡大し、収益源を多角化していくことが求められます。

    そして、これからの経営判断でもっとも重要になるのが、「経済安全保障」という視点です。単なるコストや収益性だけで判断するのではなく、地政学リスクや技術流出リスクなど、あらゆるリスクを常に天秤にかける必要があります。自社のコア技術など「中に置いておくべきもの」、販路など「外に出すもの」、そしてサプライチェーンのように「中に戻すもの」。この仕分けを戦略的に行うことが、不確実な時代を生き抜く鍵となります。

    ——「グローバルサウス」への展開を加速させるためには、1社だけでは難しいこともあると思います。他社との協業は有効でしょうか?

    永濱氏:先ほど申し上げた通り、日本企業の多くは国内での競争に終始してしまう傾向があります。しかし、これからは国内での競争ではなく、協力することによってグローバル市場で優位に立つという発想の転換が必要です。協業によって「規模の経済性」を活かし、生産性を高めることができるからです。

    たとえば、韓国では国内での競争が少ないため、韓国企業は最初からグローバル市場を見据えた経営をしています。日本企業も、限られた国内市場でのシェア争いに経営資源を費やすのではなく、協業によってグローバル市場という大きなパイを狙うべきです。 特に、高い技術力を持ちながら海外に販路を持たない中小企業にとって、協業は大きなチャンスとなり得ます。

    ——協業における成功と失敗の分かれ目は何ですか?

    永濱氏:重要なのは、自社の強みやアイデンティティを守りながら協業できるかどうかです。 失敗例として日本と海外の某自動車メーカーの提携があります。日本のメーカーはかつて走り屋が愛する個性的な車づくりで知られていました。しかし、外資系企業との提携後は目先の収益を追い求めるあまり、その特徴が失われてしまいました。いくら販路を開拓できても、技術が吸い上げられ、ブランドの独自性が失われては意味がありません。

    一方、成功例としても日本の自動車メーカーが挙げられます。グローバル展開を進めながらも、国内生産基盤をしっかり維持しているからです。特にその中には国内生産比率が高く、海外では作りにくい独自性の高い車づくりを貫いており、世界的な人気を博しているメーカーもあります。 つまり、協業における成功の鍵は、自社の根幹となる技術はしっかりと守り、技術流出のリスクを管理することです。そのうえで、販路開拓など、お互いの強みを活かし弱みを補完し合える領域で連携することが求められます。

    これからの日本経済と企業のあるべき姿とは

    ——最後に、日本企業はグローバル化と向き合うために、今後どのような視点を持つべきだとお考えでしょうか?

    永濱氏:まず、企業の合理的な判断が、必ずしも国全体の利益にはつながらない「合成の誤謬(ごびゅう)」という構造を理解することが重要です。個々の企業が株主の利益を最大化させるために海外へ生産拠点を移すのは、ミクロの視点では合理的です。

    しかし、皆がそれを実行すれば、国内の雇用や投資が失われ、マクロ経済全体が沈んでしまいます。もちろん、これは経営者の責任ではありません。企業が国内に投資したほうがメリットを感じられるような政策を国が打ち出せていないことが問題なのです。

    だからこそ、経営者には2つのことをお伝えしたいと思います。1つは、人口減少を言い訳にしないということ。人口減少は経済停滞の主因ではありません。むしろ時代に即した価値を生み出せているかが問われているのです。

    もう1つは、これまでの「収益性」という判断軸に「経済安全保障」という新たな座標軸を加え、経営の舵取りをしていただきたいということです。販路はグローバルに広げつつ、生産拠点は国内回帰も視野に入れる。技術の根幹は断固として守りながら、人材育成には長期で投資する。この複雑なバランスを取り続けることが、不確実性の時代に求められる経営者の役割でしょう。

    グローバル化から、もはや逃れることはできません。その中で日本の強みを再定義し、戦略的に世界と向き合い、企業の成長と日本経済への貢献を両立させることが、これからの日本企業が目指すべき姿だと考えています。

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