2025.05.09(Fri)

“ベーシックインフラ”を実装する。
持続可能な社会のOS「共助の自治」とは?

#AI #地方創生 #サステナブル #スマートシティ #データ利活用 #公共
1925年に普通選挙法が成立して今年で100年。今では私たちの街のさまざまなことは、選挙によって選ばれた代表者たち、つまり政府や地方自治体などの行政が担うことが当たり前になりました。しかし近年、地域間格差は広がり、一部の地域では行政による生活インフラの維持が難しくなっています。

そんな中、Next Commons Lab 代表理事/株式会社paramita 代表取締役の林篤志氏は地域共助型の自治システム「Local Coop」を作り、自分たちの手でインフラや公共サービスを維持する仕組みに挑戦しています。これからの自治について、林氏に聞きました。

目次


    林 篤志
    一般社団法人Next Commons Lab 代表理事/株式会社paramita 代表取締役
    1985年生まれ。Next Commons Lab創設者として、地域社会の持続可能な自治を探求。2023年株式会社paramitaを設立。「Local Coop」などの共助型モデルを推進し、ブロックチェーン技術を活用した自治・経済の構築に取り組む。

    「自治」を自分たちの手に取り戻す

    ——林さんは、現在の日本の自治における課題をどのように考えていますか。

    林篤志氏(以下、林):長らく自治というものは自治体にアウトソースするべきだとされてきました。選挙で代表者を選んだら、それで終わり。あなたたちの仕事は自治ではなくお金を稼ぐことですよ、と。それにより今、私たちは自分たちの住む街を担っているという「手触り感」を感じられなくなってしまいました。

    選挙の一票が誰を喜ばせ、誰を悲しませるかが想像できないから、選挙に行かない人が増えていますよね。今の自治の仕組みも、元々は過去に誰かが作ったものです。もう一度自治というものを、自分たちの手に取り戻す方向に回帰するべきではないでしょうか。

    ——林さんは“第二の自治体”として「Local Coop」を各地で立ち上げています。Local Coopの目的と役割について教えてください。

    林:Local Coopとは、地方自治体の役割の一部を担う新しい共同体です。現在行政が担っている公共サービスやインフラといった自治の領域を、もう一度自分たちの手でリデザインすることが目的です。

    2040年には、全国約1700市区町村のうち約4割の存続が難しくなるとの予測もあります。特に日本の過疎地は、人口減少によりもう限界を迎えています。バスや鉄道などの交通インフラが維持できなくなったり、小売業が閉店して買い物難民が生まれたり。

    資本主義経済下では、事業として採算が取れなければ撤退するのは至極真っ当な判断です。従来は市場で解決できないことを公共サービスが補っていたわけですが、公共の領域があまりにも広すぎたために、対応しきれなくなっています。

    そこで、自治の一部をLocal Coopが担うというのが、私たちの考えです。同じ目的を持つ住民や地域の関係人口で構成されるLocal Coopが、共創と互助により、自分たちで必要な公共サービスの運営・管理を行うのです。

    Local Coopが“ベーシックインフラ”になる

    ——具体的にはLocal Coopはどのような取り組みを行っているのでしょうか。

    林:奈良県奈良市の月ヶ瀬では、一般社団法人Local Coop 大和高原を立ち上げ、奈良市とも協力し合いながら共助の仕組みづくりに取り組んでいます。

    2024年3月に住民の共助による買い物支援サービスを開始し、同年4月からはそれまで奈良市が運営していたコミュニティバスをLocal Coopと地域住民の協力で運行しています。

    また、同時に奈良市が行政サービスとして行っていた資源ごみの回収も、Local Coopが行うようにしました。地域住民の方には、ごみを13種類に分別してもらったり、集積場を6分の1まで減らしたことでごみ捨てが大変になるのを我慢してもらったりしています。しかし、その代わりに回収した資源の売却益やコスト削減分をLocal Coopで管理して、その用途を自分たちで決められるようにしたのです。

    ──それらの事業に協力する方たちに報酬はあるのですか?

    林:ケースバイケースですね。地域おこし協力隊として報酬を得ていることもあれば、バスの運転手に関しては地元の方を雇用していたり、細い作業に関してはボランティアであったりすることも多いです。

    これから開発予定なのですが、トークンとステーブルコイン(法定通貨と連動する暗号資産)を発行して、協力者が地元にどれだけ貢献したかを可視化し、貢献度に応じた報酬を得られるような仕組みも検討しています。

    報酬を得られるようにはしたいですが、その報酬とは1時間働いたらいくらもらえるという仕事に対する対価ではなく、公共の領域への貢献の評価です。

    例えば貢献度が高い人が地域の直売所に行くと1玉300円のキャベツが50円で買える。自治に参加することでリビングコストが下がり、楽に暮らしていけるようにしたら面白いのではないかと。

    そのためにも、Local Coopが地域の暮らしの基盤になる事業を幅広く運営していくことが重要です。交通、直売所、温浴施設などの暮らしの基盤をLocal Coopが担っていれば、ベーシックインカムならぬベーシックインフラを提供することができます。

    ──広範囲にわたるサービスを地域の共助だけで運営していくのは難しそうです。

    林:地元の人たちが携わるのは大前提ではありますが、月ヶ瀬村も高齢化していますし、必ずしも中の人たちだけでやる必要はないと思っています。よく「関係人口」という言い方をしますが、一時的に滞在している人が草刈りなど地域の手伝いをしてもいいわけです。

    多くの人は現在、年収や時給などが自分の価値のものさしになっています。でも、これからはそういった市場価値とは関係ないところで、自分の存在価値が求められるようになると思うんです。

    今、月ヶ瀬にセルフビルド型の低コスト型住宅を建てています。僕らは「ビレッジ」と呼んでいるのですが、そこに外から来た人が滞在をして、共同体の公共領域に携わっていくことをイメージしています。それからさらに、Local Coop 大和高原における住民票の概念をNFTで作っていく。

    過去にも僕たちは錦鯉発祥の地である新潟県長岡市の旧山古志村で、デジタル住民票を兼ねた「Nishikigoi NFT」というNFTアートを発行した実績があります。「Nishikigoi NFT」で得た利益の使い道は地域住民と1700名超のデジタル村民とで決める仕組みです。

    同じように、月ヶ瀬でも地域内外の人がさまざまな形で公共領域に関わり、そこから生まれた住民税のようなものの使い道をみんなで話し合い、地域に再投資する。そういう共助をベースにした新しい経済を回していくことが次のステップになると考えています。

    スマートシティの基盤上に共助の共同体がある未来

    ──共助の共同体が大きくなっていったときに、また自治との距離が遠くなり、「手触り感」が失われてしまうことはないでしょうか。

    林:共同体の適正サイズはあると思いますが、そこはテクノロジーがある程度補完してくれるのではないかと思います。テクノロジーで市民の声を活かして政治に反映していく「デジタル民主主義」という言葉がありますが、ブロックチェーンやAIが人間の認知の幅を広げてくれるかもしれない。

    ブロックチェーンにログが残っていれば、どれくらいその人が貢献したかを可視化することができる。それによってさきほどの300円のキャベツが50円になるようなダイナミックプライシングが可能になるし、最終的にはお金のやりとりをしない物の交換で済むようになるかもしれない。

    あとはAIが進化すれば合理的な判断や作業はAIに任せて、人間は感情や意志などが求められる人間らしいコミュニケーションに集中することができます。ブロードリスニングのようにみんなの意見をリアルタイムで可視化できるツールが出てくるでしょうから、それによって人間が共同体を認知できる範囲は広がっていくのではないでしょうか。

    ──地方ほどではなくても、都市部にも市場が解決できない課題は存在します。「共助の自治」は都市部にも応用できるものでしょうか。

    林:応用可能だと思いますね。既存の社会システムに綻びが生じているのは地方だけでなく都市部も一緒です。都市部も高齢化は進んでいますし、むしろ都市部の方が生きるために必要な糧にアクセスするのが難しい側面さえあります。そこには共助がより必要になっていくでしょう。

    シェアハウスやコリビングのように、スポット単位での共助の仕組みは成り立つと思います。都市のメリットを享受しながらも、共助でリビングコストを落としていく考え方はかえって地方より実践しやすいかもしれません。

    先々は共助の考え方がスマートシティと融合していくと面白いですよね。スマートシティのようなテクノロジーは摩擦係数のない滑らかな世界をつくります。例えば、子育てをしていておむつがなくなりそうな瞬間に、移動式の自動運転キオスクがおむつを届けてくれるような、誰にも会わずに欲しいときに欲しいものが届く世界です。それは便利だし、否定はしないけれど、それによって失うものもあると思うんです。

    Local Coopでは実はあえて摩擦係数を残すことを意識しています。不便な方が得られるものが大きい場合もある。例えば、日常的に外に出て人と会話することで、「この人はこういう人」「今、これで困っている」などお互いが助け合うための基本的な情報を得られるわけです。

    人によっては、匿名の存在でいられることは都市部の良さであり、匿名でいられない地方を息苦しく感じるかもしれません。しかし、それでは自分を見てほしいときに見てもらえなくなってしまいます。

    スマートシティー化していく都市の基盤の上に、Local Coopのような共助をベースとした新しい共同体像を載せていく。ビッグデータに基づいてレコメンドされる合理的な行動から、時にはあえて自らの意志をもって逸脱して、人との出会いなど偶発性の世界に身を置く。スマートシティの利便性と共助の仕組みが共存する都市ができたら、面白いですよね。

    ──今お話いただいたような理想を実現させていくにあたり、日本の企業に期待することはありますか?

    特に大企業の場合、スマートシティを推進するにあたり、自分たちの領域を囲い込み、他社を排除しようとしてしまいがちです。しかし、もう1社で何かをやり切る/切れる時代ではありません。自然界にそれぞれの役割があるように、それぞれの企業にも役割があります。大企業同士、スタートアップ、ソーシャルセクターが連携していくことが大切なのではないでしょうか。

    また、過疎地は日本社会の縮図です。大企業が参入する市場としては小規模に思えるかもしれませんが、そこで自分たちの理想を形にすることで、社会に対して自分たちの事業の可能性を示すことができます。企業の皆さんには、自分たちの事業を社会実装するフィールドとして、日本の地域を見ていただきたいと思います。

    ──林さんがLocal Coopの活動を通じて目指す、最終的なゴールはどこですか。

    林:今の社会システムを根底から覆したいと思っているわけではありません。しかし、代替となる選択肢は提示したいと思っています。既存の社会システムに向き合いつつも振り回されずに、私たち自身がオーナーシップを持てることが大切です。

    そのためにもLocal Coopが持続可能な社会のためのOSとしてさらに広がっていくことを目指さなきゃいけない。これから10年で日本だけでなく、世界で広げていきたいと考えています。