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2025.04.25(Fri)

医療業界の先陣を切って進む「病院DX」―地域医療の中核、相澤病院の挑戦

#働き方改革 #共創 #ヘルスケア #スマートシティ
長野県松本市にある社会医療法人財団慈泉会 相澤病院は、急性期医療を担う地域の中核病院として、他の病院や診療所と連携して対応力を高めるモデル(通称:松本モデル」の構築に取り組み、住民への医療サービス向上を図っています。このほど、医療従事者同士のコミュニケーションに使用するデバイスをPHSからiPhoneに変更。病院内の通信環境の改善にも取り組み、iPhoneとの電子カルテ連携や、チャットを活用した医療従事者同士のコミュニケーションを推進しています。デジタル活用が最も遅いと言われる医療機関で、ドコモビジネスをパートナーに、どのように病院DXが進められているのか。今後の地域医療への展開も見据え、同院の相澤孝夫理事長、DX推進室の西村直樹室長、NTTコミュニケーションズ プラットフォームサービス本部の久保田真司、ドコモビジネスソリューションズ 長野支店長の岩㟢隆司がプロジェクトについて語りました。

目次


    医療現場の働き方改革と地域の医療連携を進める「病院DX」

    ――中核病院として、松本市周辺地域の他の病院と連携し地域医療を支える仕組み(通称:松本モデル)の構築をはじめ、既存の枠にとらわれないサービスを提供している相澤病院ですが、どのような理念や構想のもとで取り組みを進めているのでしょうか?

    相澤孝夫理事長(以下、相澤氏):医療機関は患者さんが来てくださって初めて価値を発揮することができるわけですから、患者さんが望んでいること、期待していることを軸に取り組みを進めています。その時に、医療と一括りにするのではなく、大きく「外来医療」「入院医療」「救急医療」「在宅医療」と分けることで具体的な課題が見えてくると考えています。

    まず「外来」では急に体調が悪くなったり、心配事があったりした時に気軽に診てもらえるかかりつけ医が近くにいてほしいですよね。このような診療所は、できるだけ地域に分散しているべきです。一方、重い症状の場合は遠くても専門性の高い医療機関で診てもらいたい。ところが、地方でも都市でもかかりつけ医機能を発揮する医療機関が少なくなり、軽い症状の時でも、地方では遠くの医療機関へ行かざるを得ず、都市では大病院の外来に駆け込むしかないという状況が起きています。

    相澤孝夫氏|社会医療法人財団 慈泉会 理事長 相澤病院 最高経営責任者
    信州大学医学部勤務を経て、松本市の相澤病院副院長に就任。その後、院長に就任すると24時間365日の救急医療体制を整備し、地域医療連携を築き上げるなど一連の経営改革の陣頭指揮を取り、各方面から優良病院のモデルと評されるほどまでに再生させた。病院経営の手腕が評価され、現在、日本病院会会長を務める。

    また「入院医療」においては、働き手世代が減って狭心症や脳卒中も少なくなる一方、高齢者の増加に伴った病気が多くなっていますが、医療提供体制が追いついておらず、需要とのミスマッチが生まれています。「救急医療」では、救急を受け入れる病院がどんどん少なくなる中、本当に重症の患者さんを受け入れられなかったり、遠くの病院まで運ばれたりということが起きています。「在宅医療」でも、高齢者の集合住宅への医療が急増していますが、このような患者さんは医療だけでなく介護や生活支援がないと生活できません。

    このような患者さんの多様なニーズ、地域の課題を一つの病院で解決していくことは難しいと気づいたのが、1998年頃です。医療機関がお互いの特徴と強みを活かし、情報を共有しながら連携して地域を守っていかなくてはいけないと考え、他病院との連携体制を構築してきました。

    ――そのような課題解決に、DXはどのような役割を果たしますか?

    相澤氏:このような問題の根本的な解決には、医療提供体制そのものを変えていく必要がありますが、それにはどうしても時間がかかります。今の体制の中でもデジタル化することで仕事のやり方を変えていけば、少ない人数でも今まで以上のサービスを提供することができます。また患者さんの需要とのミスマッチも、情報共有によって医療機関同士の連携を高めることで解消を図ることができます。今、「医療DX」という言葉が叫ばれていますが、行政や企業が固定化したDXとして展開しても、病院ごとにオペレーションは異なるため、成果は限られます。本当に必要なのは、病院ごとのオペレーションに合わせた「病院DX」。医療行為だけでなく、病院単位で仕組みや働き方も含めて標準化できる部分を大胆にDXし、各病院がオペレーションを効率化するとともに病院間の連携も高めることで、地域の課題解決につなげていくことができるはずです。相澤病院が「病院DX」のロールモデルとしてDXの効果を実証し、全国へと広げていきたいと考えています。

    「病院DX」の壁を乗り越えるためのドコモビジネスとの取り組み

    ――「病院DX」を目指す相澤病院がドコモビジネスと始めた取り組みの経緯と内容について教えてください

    西村直樹氏(以下、西村氏):少子高齢化が進む中で、民間病院の人手不足も深刻さを増しています。相澤理事長をはじめとする経営陣がデジタル変革を掲げ、2019年には院内でのコミュニケーションデバイスをPHSからiPhoneに移行する検討を始めていました。しかし、院内には電波環境が悪い不感知エリアが存在していたことから、まずは電波環境を改善する“不感知対策”を急ぐ必要がありました。このような状況のなか、2021年12月にはDX推進室が発足し、2022年4月には当院が導入していた電子カルテシステムのベンダーからiPhoneに対応したアプリ(iPhoneカルテ「NEWTONS Mobile2」)がリリースされたことを機に、iPhoneを起点とした病院DXを進めていくこととしました。院内外にDX推進の流れができていた中で、これを加速させるために業務用の携帯電話でお世話になっていたドコモさんにご相談させていただくことになりました。不感知対策には認可の手続きなど時間がかかることがわかっていたので、まずは内線外線の機能をつけず、電子カルテが見られる業務用端末という位置付けでiPhoneの利用から先行して運用を始めました。

    西村直樹氏|相澤病院 DX推進室 室長
    長年医療現場を担当し、2021年にDX推進室へ異動。「病院DX」の障壁となっていた不感知対策をドコモとともに完遂し、整備された通信環境を活用してオペレーション変革や院内のコミュニケーション活性化を進める。

    久保田真司(以下、久保田):相澤病院様のDXを推進する上で、インフラとなる電波の改善、“不感知対策”が大きな課題でした。医療機関は2010年代の半ばまでは医療機器への電波干渉の観点もあり院内で携帯電話を使うことがNGとされていた業界ですし、建物の設計にも堅牢さがありそもそも電波が届きづらく、手術室にいたっては電波を遮断するつくりになっています。電波改善の調査や作業を行うにも、もちろん患者様ファーストで、一般の方の出入りが多い時間を避けての作業となるといった医療機関ならではの配慮も必要でした。

    具体的なプロセスとしては、まず電波がどれくらい院内に届いているのかを全館調査し、電波改善のための屋内基地局に関して簡易設計した上で費用算出すると同時に詳細調査を行い、電波を飛ばす装置や配線ルートのネットワーク構成を決めていきました。相澤病院様としての電波改善するエリアの優先順位等を、逐一相談しながら進めていき、工程を段階的に分けるなどの工夫を重ねることで、一般的には1年半ほどかかる工程を約1年で構築することができました。

    ――院内でiPhoneが使えるようになり、「病院DX」はどのように進みましたか?

    西村氏:手元のiPhoneから、いつでも、どこでも患者情報にアクセス可能となったことで、リアルタイムに情報を収集し、時間や場所に縛られずに働くことが可能となりました。看護師においては、患者情報(診療記録、経過表、検査結果、患者スケジュール、画像など)の閲覧だけでなく、バイタルデータの入力や点滴や輸血の実施が可能であることから、大きなカートにパソコンを積んで運ばなくてもiPhoneさえあれば一部業務が可能となりました。他にも、病院外での使用も可能であることから、医師は自宅待機中であっても、患者さんの状態を確認することができるようになりました。これにより、緊急の連絡が入った際に、必要情報を確認し、より精度の高い指示出しが可能となりました。

    また、導入した電子カルテアプリ上で入院される患者さんごとのチャットが自動的に立ち上がります。医師や看護師も含めた様々な職種のスタッフが参加して、情報を共有することが可能となり、それまで電話を基本とした1対1のコミュニケーションから、1対多のコミュニケーションに変化したことで、情報共有のスピードは格段にアップしました。ここは画像や動画も共有できるできため、情報伝達の精度も高まっています。チャットは月間で7,000件以上送られていて、急を要する連絡以外はチャットにシフトしているため、電話連絡の頻度は大幅に減少しています。

    医療機関であるというハードルを越えて導入された相澤病院のiPhone画面

    さらに、不感知対策が完了してからはドコモさんの「オフィスリンク」というFMCサービスによってiPhoneを内線電話としても使えるようになり、PHS時代と比べて通話品質が大きく改善されました。PHSでは、ナースコールが鳴ると混戦して音が途切れることがありましたし、出張先でも内線を受けられるのは大きなメリットになっています。

    岩㟢隆司(以下、岩㟢):このようなiPhoneの活用方法にも現れていますが、相澤病院様には「1対N」のコミュニケーションによって情報を共有し、常に複数人が同時接続されることで人手不足を補っていきたいというお考えがあると捉えています。ドコモとしてはそれをかたちにするDXをコンセプトにご支援をさせていただいています。

    岩㟢隆司|ドコモビジネスソリューションズ 長野支店 支店長
    企業や自治体、医療機関のDXパートナーとして長野県内の課題解決に取り組む。ドコモグループ内の連携により地域の医療を面的に支える「四位一体」モデルの構築では、全国的な展開も視野に入れる。

    ――アプリの活用の他には、どのようなDXに取り組んでいるのでしょうか?

    西村氏:ドコモビジネスさんは、本当に多くのパートナー企業を抱えられていて、その中からたくさんの提案をいただき、具体的な取り組みにつながっています。例えば、手術室のオペレーション改善のため、スマートフォンで利用できるインカムアプリ「Buddycom」の導入を予定しています。手術室は完全に閉ざされた空間で、中の様子が外からはわかりません。しかし手術中には足りない機材の依頼や、手術室からリカバリー室への移動準備など、外に対する指令も頻繁です。それを業務の流れを止めずにやるために、電話ではなくインカムを導入したいと、手術センターの看護科長から相談があったのがきっかけです。昨年末に検証機をお借りして、現場でトライアルしたところ、想定通りに有効活用できそうなので、3月上旬の実装に向けて準備を進めています。

    これは新たな投資になりますが、手術センターのオペレーションが効率化するだけでなく、患者さんにより安全で質の高い医療サービスを提供できることが期待できます。現在、ドコモビジネスさんとは、インカム導入前と導入後のオペレーションの変化をビーコンによる位置情報を活用してデータ化していこうとお話させていただいています。日本全国の手術室が抱える課題なので、かなりインパクトのある成果が発表できるのではないかと思っています。

    手術室内外の連携を効率化するインカムアプリ「Buddycom」

    ――DXの環境を整え、アプリやツールを導入した後、現場の医療従事者の方々に浸透させていくために工夫されたことはありますか?

    西村氏:先行してDXに取り組んでいる病院さんから「大きく始めると、周知が進まないまま自由に使われて大変だよ」という話を聞いていたので、病棟単位で順番に、スモールスタートさせていくこととしました。これによって、ある程度統一感のあるルールのもとで運用でき、着実に定着させていくことができました。例えば、iPhoneでは電子カルテも見られるので、院外で使用する際の手順を厳密に構築していきました。

    また業務用端末として操作は簡単なのですが、中には苦手な人もいます。デジタル変革は誰も取り残さずに進めることが重要なので、そこはドコモビジネスさんのご協力のもと説明会を何度も開催していただき、地道に普及させていきました。もちろん、中には変化を嫌がる人も出てきますが、病棟ごとにDX推進担当を決めることでツールの活用を徹底するとともに、優良なユースケースを他の病棟へと波及させていきました。とは言っても、細かくルールを決めて押し付けていったわけではありません。副理事長の相澤克之先生から「何でもできるツールだから、現場の自由な発想を求めよう」というアドバイスもあり、DX推進に積極的な若手を起用することで現場から意見を吸い上げつつ、施策を病院全体へと広げていきました。

    「病院DX」を地域の医療連携の強化へ

    ――地域の医療連携においても、デジタル技術は有効に活用できますか?

    西村氏:患者一人ひとりが自身の健康と向き合い、主体的に医療に参加できる未来を目指し、パーソナルヘルスレコード(PHR)というサービスを導入しました。相澤病院の医療データ、検診データを自身のスマホで見られる環境を構築しました。地域のかかりつけの診療所でも医療情報を見せることができます。少しおこがましい言い方になりますが、相澤病院を中心に、予防医療や健康増進を促進することで、地域全体の健康意識が高まり、地域社会全体の健康向上につなげられたらと思っています。

    久保田:はじめて相澤病院さんへお伺いした時に、「電波の改善は院内のオペレーションのためだけでなく、災害があった時にも地域のみなさんから頼られる存在であるために」というお話が、強く印象に残っています。PHRの他に、今後、訪問看護や在宅医療に関して需要が増加する地域包括での見守りや予防にもつながるお話を伺っていますので、私たちの多彩なソリューションを有効活用し、ぜひお力になれたらと思っています。

    ――ドコモグループでは、地域の医療連携につながる「四位一体」の構想も描いていますね

    久保田:ドコモグループで、NTTコミュニケーションズが提供するドコモビジネスブランドの法人事業、NTTドコモが提供するネットワーク事業、コンシューマ事業、スマートライフ事業という4つの事業が連携することで、ドコモグループのアセットを最大限活用し、地域全体の課題解決に貢献する構想です。地域医療における四位一体の構想としては、地域のランドマークであり災害時の拠点にもなる病院に安定したネットワークを構築し、そのネットワークを基盤とすることで、病院における医療従事者のスマホを活用した病院DX推進を図ります。また、コンシューマ事業では住民サービスと連携して患者様のスマホのご利用を促進しデジデバ解消につなげたり、スマートライフ事業においては患者様の健康の増進や見守りサービスを提供したりするなど、病院を起点に地域医療への貢献ができるビジネスを展開させていただいたくイメージです。

    久保田真司|NTTコミュニケーションズ 5G&IoTサービス部 担当部長
    全国の病院向けに、5G、IoTを活用したサービスの開発を担当。相澤病院のDXにおいては、ネットワーク構築をはじめ、幅広いパートナー企業を最大限活用し、病院が抱える課題ごとに最適なソリューションを提供。

    岩㟢:今後は例えば、健康で長生きを目指すためのウォーキングアプリや住民の移動手段としてのAI運行バスなど、自治体に対するアプローチも進めているところです。高齢者のデジタルデバイドの解消、さらには介護や予防につなげていくと、医療機関との連携も必要になってきますので、相澤病院様ともぜひ地域全体への取り組みとして進めていきたいと思っています。

    西村氏:ぜひお願いします。今は相澤病院での「病院DX」が始まったところなので、まずはこれをいっしょに成功させていきましょう。これまで他の病院も含めて、ツールの導入に留まってきた経緯があり、そこには病院内でも職種によって求めることが異なる中で、現場の意向をうまく落とし込んだ運用ができなかったという反省があります。私たちが汲み取った現場のニーズを、ドコモビジネスさんの広いパートナー企業網でうまくソリューションに落とし込んでいただき、導入後の運用をいっしょに築いていければ間違えることはないと思っています。