01
Coming Lifestyle
2024.12.11(Wed)
目次
——2024年5月に発足した「web3 Jam」は、どのような経緯で立ち上がったプロジェクトなのでしょうか。
櫻井俊明氏(以下、櫻井氏):当プロジェクトを立案した私たちNTT Digitalは、web3を推進する企業として2022年12月に誕生しました。以降、NFTや暗号資産を容易かつ安心・安全に送受信・管理できるデジタルウォレット「scramberry WALLET」や、事業者向けにデジタルウォレットをはじめとした機能をAPIおよびSDKとして提供する「scramberry WALLET SUITE」をリリースしたほか、さまざまな企業と協業しながらweb3の社会実装に取り組んでいます。
一方で、そうした1対1での取り組みだけではなく、複数の企業と連携しながらweb3を活用してイノベーションにつなげられたらと考えていました。そこで博報堂キースリーの重松さんとお会いした時に「さまざまな企業と連携しながらweb3の社会実装を進めていきたい」と打ち明けたのが、web3 Jam発足のきっかけです。
web3 Jamが発足した2024年5月の時点では、サンリオさんをはじめ、不動産や運輸・旅客、エンターテインメント、食品、小売など14社の企業の方々に参画してもらっていました。現在、賛同企業は26社まで増え(11月時点)、web3の社会実現に向けて月1回程度ワークショップを開催しています。
重松俊範氏(以下、重松氏):私たち博報堂キースリーも、博報堂グループのweb3専門部隊として同時期に設立されました。何か一緒にやりたいと思っていたのですが、2023年の秋に櫻井さんとお会いして、お互いに「同じ思いを持っている」と共感し合いました。
櫻井氏:NTT Digitalでは、web3のインフラ事業者としてセキュリティやネットワークオペレーションなどの技術や知見、経験を活かしていきたいと考えています。
しかし、web3のインフラだけがあっても、その上で動くソリューションがなければ、社会的な価値の訴求は難しくなります。そこで博報堂キースリーさんのようにマーケティングの知見と実績のある企業とともに推進したいと考えました。
重松氏:これまでのweb2では無理でしたが、web3で実現できそうな概念にInteroperability(相互運用性)があります。web3の構成要素であるブロックチェーンとは、トランザクションデータの履歴をチェーンのようにつなげて分散的かつオープンに記録・処理する仕組みで、ブロックチェーン同士が接続することであらゆるデジタル活動データの相互運用が可能になります。web2時代のように特定の企業がデータを独占するのではなく、個社・個人同士がプラットフォーマーによる制約のないかたちでつながることで、大きな力となるわけです。それによって従来ではできなかったこともできるようになると期待しています。
web3に期待を寄せるようになったのには理由があります。私は2005年から2017年まで上海で仕事をしていたのですが、帰国した時に日本国内が閉塞感に満ちているのを感じ、ショックを覚えました。
今もイノベーションの中心には海外巨大IT企業がいますし、経済力は新興国に抜かれ、少子高齢化で人口も働き手も減り、いいニュースはありません。しかしそんな閉塞感の救いになりそうなのが、web3によってもたらされる相互運用性です。1社だけでは難しいことも、制約のない環境が整えば実現できるかもしれないですよね。
そういう「相乗り型のキャンペーン」が実践できれば、良い流れが生まれてくるはずです。経済的インパクトを生み出せる企業、新しい体験価値を得られる生活者、社会課題が解決される社会全体の「三方よし」にとどまらず、web3技術そのものも活用が進むことでさらに普及・発展していく「四方よし」こそ、web3 Jamの取り組みだと考えています。
そもそもJamという言葉も、音楽のジャムセッションに倣って「いろいろな会社がいるからいい音楽になる」という意味で付けたものになります。
櫻井氏:「業界」や「競合」という壁を越えた各社が円滑に連携して演奏することで、今まで聴いたことのないような新しい音楽が生まれるイメージですね。
——サンリオさんは、どのような経緯でweb3 Jamに参加されたのでしょうか。
濵﨑皓介氏(以下、濵﨑氏):私たちサンリオは、キャラクタービジネスを通じて世界中のさまざまな国や地域に笑顔を届けることを目指しています。ですが、グローバルでキャラクタービジネスを展開するには、権利関係の契約にまつわる多くの問題をクリアしなければなりません。web3の活用でそれを解消できるのではと、可能性を感じています。
一口に権利関係といっても、侵害品の問題をはじめさまざまなハードルがあります。「本当にこの企業/クリエーターに大事なキャラクターを預けてもいいのだろうか」「キャラクターを支えているファンの思いを裏切らないだろうか」など心配の種はたくさんありますし、リスクを減らすための信用調査も必要です。
そこで私たちが期待をかけるのが、スマートコントラクトです。ブロックチェーン上に記録されるNFTを活用し、キャラクターの真正証明や活用可能範囲を示しつつ、相手先の企業・人の活動履歴や実績を把握して一定条件をクリアしていれば、契約書の締結・運用にまつわる煩雑な業務を削減できますし、安心してキャラクターを届けられます。結果として、私たちが目指す「キャラクタービジネスを通じて世界に笑顔を届ける」ことが容易に実現できるでしょう。これが重松さんのお話にあった「閉塞感にあふれる日本」を打破するきっかけになると思うのです。
以前、中高生の前で講演する機会があったのですが、その時に会場の生徒さんから「オワコンの日本でなぜ頑張っているのか」と質問されたことがありました。その裏にあるのは「頑張ってもその先に希望がない」という気持ちでしょう。「それが今の若い人の率直な思いなのだな」と実感しました。
そんな若い人たちに向け、私たちはどんな未来を創っていけばいいでしょうか。大きな可能性があるのが日本のソフトパワーです。日本には質の高いエンタメがあふれていますし、そのエンタメは海外でも大きく伸びています。しかしそのソフトパワーを世界に届けようとすると、権利の問題は避けて通れません。それに対処できるのは、大手企業でないと難しいでしょう。
しかしそうしたIP(知的財産)も、すべては個々のクリエーターから生み出されたものです。今はクリエーター個人が世界で活躍することは難しくても、web3であれば大きな力となるはずです。
メタバース空間「バーチャルサンリオピューロランド」では、メジャーアーティストから新進気鋭のクリエーターまで、さまざまなバーチャルアーティスト/クリエーターが500以上のコンテンツやイベントを展開する世界最大級のVRイベント「SANRIO Virtual Festival」を2021年より開催。2024年2月19日〜3月17日開催回では、総来場数400万を記録した。また、VTuberの育成や、クリエーターがNFTを発行してコミュニティーを形成できるファンコミュニティー事業も推進しており、web3の活用によるグローバルなクリエーター経済圏の醸成に注力している
サンリオ自身、キャラクターを自社だけに囲い込まず、ライセンス事業を通じてさまざまな企業の方やクリエーターとコラボさせてもらいながら成長してきました。そのためライセンスビジネスをデジタル化することに期待していますし、それによってクリエーターがより活躍できる基盤が構築され、日本のソフトパワーが世界を牽引していくことにも期待しています。
そんな世界を実現するには、まずweb3そのものが注目されて盛り上がることが必要ですし、さまざまな企業がアイデアを持ち寄ってweb3の社会実装が進んでいくように話題をつくっていかなくてはなりません。web3 Jamに期待しているのはまさにその点です。
櫻井氏:日本のIPへの注目度は年々上がっていて、それらの世界展開に際してはブロックチェーンが本当に役立つと思います。過去の履歴がすべて紐付いてテーブルの上に乗っている状態なので、IPビジネスがこれまで多大な損失を被ってきた違法コピーなどの不正はできない仕組みになっています。つまり、新しい市場を創る可能性を秘めているのです。
重松氏:スマートコントラクトが浸透すれば、権利関係はもちろん、ライセンシーにまつわる経理業務も自動化できるはずです。エンタメの世界が大きく変わりますね。
濵﨑氏:稼働負担や信用問題からリソースを割けずに日の目を見なかったようなスモールビジネスもマネタイズしやすくなるので、エンタメも創作も変わると思います。日本に住む誰かが描いたイラストが、南米のデザイナーの目にとまり、Tシャツを制作したら北欧で爆発的に売れて、イラストを描いた人にもTシャツデザイナーにもきちんと利益が分配されてビジネスになった、ということがあるかもしれません。さまざまな分野においてポテンシャルのある方が、web3を通じて世界で活躍できる時代が来るのではないかと思います。
——web3 Jamで取り組もうとしているテーマや施策のイメージについて教えてください。
櫻井氏:現在のところ、3つのテーマを構想しています。地域のポテンシャルを掘り起こす「地域創生」、ゲーミフィケーションを取り入れながら心身を健やかにする「健康・ウェルビーイング」、本当に大切なモノや人、コトとつながる楽しさを加速する「推し活」です。
これらのテーマは、web3 Jamに参画する企業の方々とのディスカッションを経て考案しました。web3 Jamが最初に取り組む施策としては、どんな業種の企業の方でも取り組みやすい「健康・ウェルビーイング」からやってみようということになりました。
重松氏:健康というと糖質制限や筋トレを想像するかもしれませんが、私たちはもう少し広い概念の「ウェルビーイング」を考えています。体験設計としては、シンプルに「毎日◯◯歩以上歩く」といったものから、食品会社であればサプリを飲み続ける、自動車会社であれば〇〇kmドライブするなど、参画企業ならではのアセットにちなんだ行動変容に応じて、ご褒美(リワード)が付与されます。そんな活動記録がブロックチェーンに蓄積していくうちに、おのずと心や身体が健康になっていく。さらにリワードを集めていくと、投資信託を積み立てられたり、レアな体験ができたりもする。健康になることが暮らしの充実につながっていくイメージです。
櫻井氏:「健康・ウェルビーイング」は多くの人が関心を寄せるテーマなので、web3 Jamとして目指す方向性も共有しやすいと考えました。まずは企業も生活者も参加しやすいキャンペーンを実施しながら、web3 Jamのブロックチェーン基盤やウォレット活用のノウハウや知見を蓄積していきます。
重松氏:健康・ウェルビーイング分野でのweb3実装は話題性もありますしね。まずは一歩を踏み出して次につなげることが大切です。キャンペーンを1回2回と重ねるなかで、各企業から配布され蓄積したNFTからインサイトを得て、思いもしなかった企業コラボや新サービスが生まれるかもしれません。
これまでだと、企業同士で共創を進めたとしても、そこから得られるデータは各社がファーストパーティーデータとして持つだけで、予想外のインサイトが生まれる機会はありませんでした。しかしNFTは、ファーストパーティーとセカンドパーティーの間に位置する「1.5次データ」のようなもので、個人が特定されることなくデジタル活動に紐付く消費者の傾向を分析することができるテクノロジーです。どんなインサイトが得られるのかワクワクしています。
濵﨑氏:ゲーム事業を持つサンリオは、ゲーミフィケーションという観点で健康・ウェルビーイングに貢献できることが多々あります。健康はまさに日々の活動の蓄積が左右しますが、昨今は現実空間を舞台にした位置情報ゲームアプリの流行などで、日常行動が変化した経験のある人も非常に多いですよね。エンタメの力で行動変容を促せる分野はたくさんあるはずです。
サンリオは65年ほど前に創業した企業ですが、創業当時から、人と人のコミュニケーションで笑顔をつなぐ「ソーシャルコミュニケーション企業」を標榜していました。ゲーミフィケーションを使った健康の推進、そのインセンティブとしてのNFTの活用は非常に相性がいいので、サンリオとしてもぜひ取り組んでいきたいと思います。
またほかの2つのテーマ、例えばハローキティを活用した地方創生は、「ご当地キティ」として47都道府県の各地域を盛り上げることに注力していますし、アイドルの推し活をしているファンの方には「推しにキャラ耳をつけてかわいくする」といった応援グッズシリーズ「エンジョイアイドル」なども人気です。参画される他の企業のさまざまなアセットとも掛け合わせながら、web3による新しい地域創生・推し活体験もぜひ企画していきたいです。
——「健康・ウェルビーイング」をテーマにした施策の進捗はいかがでしょうか。また、これからの展望もお聞かせください。
櫻井氏:現在、第1弾のキャンペーン施策に参加する企業の方々と協議しつつ、2025年1月のリリースを目指して取り組んでいます。またリリース後には、参画企業やキャンペーンに参加してもらった方々からのフィードバックを受け、今後の取り組みが進化していくと考えています。抽象的な回答にはなりますが、“1年目にこれをやって2年目にこれを目指す”という中期計画をつくるような取り組みとweb3 Jamは性格が少し違うと考えています。
重松氏:参画希望や問い合わせも増えているので、ひとつのテーマでキャンペーンを展開しながら新たなアセットが加わることで別の可能性が見えてきますし、本当に「走りながら」という感じですね。まさにJamという言葉どおり、セッションしながら新しい企画が生まれるプロセスに手応えを感じています。
ただ一方で、海外ビッグテック企業にさまざまなIT市場をリードされているなかで、これから本格的に発展していくweb3領域はもしかすると、日本がまた世界でプレゼンスを発揮できる最後のチャンスになってしまうかもしれない。そんな危機感も持ちながら、日本企業の力を合わせてとことんまでやりきる必要性も実感しています。
濵﨑氏:確かに海外のプラットフォーマーは強大ですが、私はそこに「勝とうとしないほうがいい」と考えています。というのも、これまでビジネスの世界では「勝ち」が重視されてきましたが、web3の世界では「1位になることが勝ちではない」と思うからです。
例えばサンリオでは、NFTを使った新しいコミュニケーションのかたちを追求したいと考えています。活動履歴や保有資産をオープンに示せるweb3によって「自分はこういう人間なんだ」ということを伝えられれば、コミュニケーション自体がさらに新しいかたちで充実していくと予想できますし、それでリアルなつながりができれば、また新しい価値や面白い体験が生まれてくると思うのです。
そうやって、アイデアを持つ一人ひとりが、特別な勇気やノウハウがなくても世界のどこかの1〜100人にアイデアを届けられる、それがビジネスになるということが当たり前になれば、経済的に覇権を握ることで得られるものとはまた違った希望が社会に湧き上がってくるのではないかと見立てています。
企業も個人も障壁を越えてボーダーレスに社会に貢献できる新しいアイデアを実現できるようになったら、それが一番いいと思っていますし、そういうことができる社会を創っていくことが本当の「勝ち」だと思います。
重松氏:それこそまさに、Interoperabilityの実現した未来社会像ですね。私もぜひこの取り組みに、業界の垣根を越えたさまざまな企業に参加してもらえることを期待しています。櫻井さんとも常々話しているのですが、「業界的には競合企業でも、興味があればぜひ参加してほしい」というのがweb3 Jamのスタンスです。
櫻井氏:新しい技術を活用する際、リスクやためらいを感じる方もいるかもしれません。しかし、グローバルなイノベーションは、「新しいこと」と「新しいこと」をスピーディーに掛け合わせて、既成概念を飛び越えることで生まれるものだと私は思います。web3 Jamは、そんな化学反応を起こせるジャムセッションです。今後も、さらに多くの企業とともに社会を盛り上げていけたらと思っています。
OPEN HUB
ISSUE
Coming Lifestyle
最適化の先へ、未来のライフスタイル