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Smart City

2024.12.18(Wed)

目指すは「個人」「公」、どちらの幸福?
スマートシティを巡る「豊かさ」戦略会議 ─ 藤元健太郎×松田法子×齋藤精一

#地方創生 #IoT #サステナブル #Smart World #スマートシティ #データ利活用 #公共 #環境・エネルギー
ポスト資本主義など経済発展だけを追い求めることに疑問の声が聞こえるようになった昨今。スマートシティ推進においても幸福度やウェルビーイング指標を設ける地域が増えています。テクノロジーやデータを駆使してできあがったスマートシティは、これからどのような豊かさを求めていけばよいのでしょうか。

パノラマティクスを主宰する齋藤精一氏、都市史・建築史研究者の松田法子氏、OPEN HUB CatalystでD4DR代表取締役社長の藤元健太郎氏の3名が、これからのスマートシティのあり方について語り合いました。

目次


    テクノロジーは魔法、ではなかった?

    藤元健太郎氏(以下、藤元):まず日本のスマートシティの現状をお二人がどう評価しているか、お聞きしたいと思います。デジタルの力で都市の利便性が高まったり、コストが圧縮できたりというメリットも当然あったでしょう。ただ、これまでは何の目的でスマートシティを推進するのか、意味の合理性は弱かったようにも感じます。

    齋藤精一氏(以下、齋藤):私の評価はネガティブです。今、ようやくテクノロジーが魔法ではなかったということが分かったフェーズではないでしょうか。スマートシティが推進されはじめた当初、さまざまな補助金を利用してPoC(プルーフ・オブ・コンセプト)が行われました。ドローン、人流解析──、さまざまなPoCの結果、デジタルは何にでも有効なわけではないと分かりました。

    私はずっとスマートシティのアウトカム(成果・効果)を設定しましょうと主張してきました。スマートシティが実現したときに、何がどう変わるのか。どのような価値をもたらすのか。今、そこの議論がようやくスマートシティの世界で行われるようになってきたタイミングなのだと思います。

    齋藤精一
    パノラマティクス主宰/クリエイティブディレクター

    建築デザインをコロンビア大学建築学科(MSAAD)で学び、2006年に株式会社ライゾマティクス(現:株式会社アブストラクトエンジン)を設立。社内アーキテクチャ部門を率いた後、2020年に「CREATIVE ACTION」をテーマに、行政や企業、個人を繋ぎ、地域デザイン、観光、DXなど分野横断的に携わりながら課題解決に向けて企画から実装まで手がける「パノラマティクス」を結成。2023年よりグッドデザイン賞審査委員長。2025年大阪・関西万博EXPO共創プログラムディレクター。

    松田法子氏(以下、松田):そうですよね。スマートシティはあくまで目的ではなく手段であるはずですから。そして、そのアウトカムは地域ごとに個別なものであるはずです。結局は、その土地がどういう特徴や歴史をもっていて内発的に何をしてきたのか、これからしたいと考えているかが密接に関わってくると思います。そのアウトカムを実現するツールのひとつがデジタルであり、またさらにあくまでそのツールの中のひとつがスマートシティと呼ばれるものなのだろうと想像しています。

    藤元:「地域ごとに個別」という意味では、大都市にはビジョンがなくてもビジネスだけで進められてしまうという特性があるように感じます。LUUPのような電動キックボードがビジネスとして成立して普及しているように、一人ひとりの課題を解決するようなサービスは増えています。そして、それと同じことを地方では行政が補助金を出して実現している。ただ、いずれにせよ生活は便利になっています。そこにどのようなビジョンを描いて行くべきなのでしょうか。

    齋藤:すべてがビジョナリーである必要はないと思います。ただ、都市がある程度成熟した状態の場合、次のフェーズに向かうためのビジョンはあってしかるべきです。その場その場で課題解決していくことが良いこともあります。ただ、ビジョナリーにこれからの世界を描くことも同時に必要だと思います。

    藤元:確かに。課題解決はビジネスでできるけれども、自分たちの地域に欲しいものが課題からは生まれないことも多いですよね。例えば、市場原理に任せていると街から本屋はなくなるけれど電子書籍で本は読める。これは課題ではありません。でも過去の歴史や文化から考えるとやっぱり街には本屋があった方が良いという意見もある。そういった意思決定を誰がどのような順番で行うのか。

    松田:その地域がこれからどうしていきたいかということは、やはりアナログな方法で熟議するしかないと思います。その地域の住民たちが自分たちの地域に責任を持つ、村の寄り合いみたいな世界ですね。結局、何が必要なのかは、外から与えられることではありません。

    ただ、そのような議論の際にランダムに出てくるのは個々のニーズであって、集団の意思ではない可能性があります。多数決で決めるというやり方が良いのかも疑問が残る。だからこそ熟議が必要だということでもあるのですが。それから、こうした話し合いの場をスマートシティにまでつなげるには、デジタルデータの使い方の有効性が分かる広義のデザイナーが地域に入り、アウトカムまでのデザインを担っていく必要があるのではないかと思います。

    松田法子
    京都府立大学大学院 生命環境科学研究科 准教授

    1978年生まれ。建築史・都市史。近年は建築や集住体のフィールドワークを、地形・地質・水系・地域史などを複合した広域なエリアスタディとして取り組み、これを領域史として提起する。現在の研究テーマは、「地-質からみる都市と集落」「汀の人文史」「生環境構築史」など。単著に『絵はがきの別府』(左右社、2012)、共編著に『危機と都市 -Along the Water』(同、2017)、『熱海温泉誌』(熱海市、2017)など。芸術・建築系プロジェクトにも積極的に協力する。

    藤元:地域にプロデューサーの役割を果たす人材がいるかどうかが肝のように感じますね。優秀なプロデューサーがいれば、地域が進むべき方向を示し、必要なところはデジタルで対応することができます。

    齋藤:結局、地域は誰のものかといえば、人のものです。だからこそ、何をおいても熱量のある人が地域にいるかどうかがすべて。その人たちが道具として、これからの地域の豊かさを実現するために、スマートシティを使う。その順番をしっかり守る必要があると感じますね。

    大地の健康が人の健康につながる

    藤元:ちょうど「豊かさ」というキーワードが出たところで、次のテーマ「地域が目指すべき豊かさとは」に移ります。このあたり松田さん、どうお考えですか。

    松田:詰まるところ、「当たり前に、健康的に、気持ちが満たされて住めること」ではないでしょうか。私たちはコロナによる移動や活動の制限を経験しましたよね。そして、地方の限界集落には、買い物に行くにも、歯医者に行くにも長い時間をかけて移動しなければならない地域もあります。そういう地域でも土地が人を養うことができて、きちんと暮らしを営むことができていってほしい。そして、その土地の個性と向き合った現代的な生活ができることも大切です。現在、主要都市の都心部は再開発で、どこも金太郎飴のように同じような景色になりつつあります。その中身は人を楽しませるものではありながら、どうもやはり何かをお金で買ってもらうことを目的にしている気がします。

    藤元:都会は都会で刺激があり、地方は地方でその土地にしかない個性がありますよね。その中間にある郊外は特にステレオタイプな風景で、写真を見てもどこの風景かわからないほど。日本から豊かさが奪われつつある感覚を覚えます。

    藤元健太郎
    D4DR株式会社代表 Catalyst /Advisor

    野村総合研究所を経てD4DR株式会社代表。1993年からeビジネスに取り組み,広くITによるイノベーション,新規事業開発,マーケティング戦略,未来社会シナリオ作成などの分野でコンサルティングを展開。スタートアップ経営にも参画。関東学院大学非常勤講師,日経MJ,Newsweek日本版でコラム連載中。近著は「ニューノーマル時代のビジネス革命」日経BP。2015年からNTTコミュニケーションズ共創プログラムのコーディネーターとして活動。

    松田:私は以前、さいたま市で国際芸術祭が開催されたときに、市全域のリサーチを担当したことがあるのですが、「さいたま市は典型的なベッドタウンで特徴がない」「さいたま市の何からインスパイアを受けてアートにすればいいのか」というような声があると事前に聞いていたことに反して、実際に赴いてみると、さまざまな個性が見て取れました。郊外住宅地でも、そこを「大地」の深みから捉えるという観点をもつと、場所のいろいろなユニークさが浮き上がってきます。

    昔、といっても縄文時代、東京湾は埼玉まで及んでいて、現在の大宮駅や浦和駅のあたりはその海に突き出した半島のような高台になっていました。その高台に江戸時代には中山道が通って、後にはそれらの街道に併行して鉄道が敷設された。結局、現在のまちの構造は、元を辿れば「大地」の論理によって決まっていたことが多いのですよね。人間は土地を使いこなしているように見えるけれど、実際は人間が及ばないその土地の基盤のようなものがある。そして、その基盤はそもそも多様である。

    これは、実はさまざまな都市に通じる原理だと思います。パンデミック下の東京で、5日間かけて湧き水だけを巡って歩いたことがあるのですが、そこでも、東京という都市の足もとに元々あった、大地のさまざまな物語に出会いました。湧き水が信仰の対象になっていたり、目の病気に良いとされていたり、関東大震災や第二次世界大戦の時に住民の命を救っていたり。そのようにして都心を歩いたときに初めて、私は東京が身体化されたという感覚を得ました。自分の身体で巨大都市と会話することができた、というような経験をしたのです。

    先ほど齋藤さんから「地域は人」というお話がありましたが、私は地域自体を生命として捉えることが豊かさにつながるように思うのです。そして、地域の土地や大地が健康であることが、人間が健康であることの根源になるのではないでしょうか。

    藤元:とても共感できます。今はテクノロジーによってどこでも仕事をできるようになり、自由に住む場所を選べる時代になりました。これまでは東京への通勤時間を基準にあまりその土地のことを考えず、住む場所を選んできた方が多いと思います。でも、もう一度その土地のことを考えてみても良いのかもしれないですね。松田さんがおっしゃった身体性もその重要な基準。そういう視点を持つことが、住む人の幸福につながっていくということですね。齋藤さん、いかがですか。

    齋藤:住民の幸福度を指標にするスマートシティが増えましたよね。スマートシティのアウトカムが「幸福」に落ちつき始めたのは、自然な流れだと思います。当初、スマートシティはテクノロジーの魔法で、都市を1つの「群」として幸福にしようとしていました。しかし、さまざまなデータから詰まるところ「個」の集まりなのだと分かった。つまり、個人がどういう感情で生活するのかが一番重要である、と。

    最近、日本人の幸福の概念も変わってきたように感じます。駅近に住んでいることが幸せだったのが、土いじりをしたくて地方に住みたいという人が増えました。結局、幸福かどうかは選択肢をどれだけ持っているかなのだと思います。それぞれの価値観に合わせてライフスタイルを選べるとか、会いたい人に会えるとか。

    これから、その地域で暮らす人の幸福度がどれほどなのか、データで可視化できるようになります。どのプログラムを実装するとどの指標が反応するのかを見ながら、選択肢になる道具を提供していく。それがこれからのスマートシティの進め方なのではないかと思います。

    「パブリック(公)」の幸福を実現するデータ活用とは

    藤元:今、齋藤さんからデータのお話をいただきましたので、次のテーマに移りたいと思います。「豊かさをデジタルで実現する」にはどうすれば良いのか。ご意見はありますか。

    松田:大地や水がその土地の基盤になっているように、データが土地の情報の新しい基盤に加わるフェーズがやってくるのだろうなとは思います。さまざまなデータが一体になり、それを活用できる人材も増えていくでしょう。

    しかしその中に、都市や地域や住民の幸福がどんな方向に進めばよいのかということについての理念や深いモラルを持ち、リベラルアーツなど基本がしっかりした教養の教育を受けた人材がいないと、結局どういう世界に向かえば良いか迷子のまま進まざるをえないことになる気がします。それに加えて、自分が関わる地域に対して特別に熱量が高く、ポテンシャルのある人材が、データの海の中に必要なのではないでしょうか。

    あとはそこで作られた世界観が、人間だけのためではなくて、その土地の生態系やその土地との関係性を良くしていくものであってほしいですね。結局、人間の生活はそれを支える環境が崩壊してしまったら元も子もないですから。レッドデータブック(絶滅の恐れのある野生生物の種のリスト)、川、汽水域、大気の調査情報など、土地の環境と人間活動を結びつける、既に存在しているデータの活用と統合がなされてほしいですね。

    藤元:松田さんのおっしゃったようなことを実現するには、倫理やモラルを持ちつつ、全体像の設計やグランドデザインの定義をできるアーキテクトが必要ですね。

    齋藤:どうすれば環境との共生が実現できるのか。誰かがマスタープランを描いてくれるという時代は終わったのではないでしょうか。行政が政策として打ち出すのは、それはそれで良いのですが、推進のドライバーとなるのが誰かといえば、私はもう一度市民がやるべきだと思っています。

    インターネットやデータにより市民はさまざまな情報を自ら知ることができるようになりました。市民が情報という道具を得たところで、イニシアティブをもう1度市民に戻すべき。これまでのスマートシティが置き去りにしてしまったのは、市民の方々ではないでしょうか。

    震災復興でもコロナ禍でも、シビックテック(自治体や市民がテクノロジーで地域解決を解決する)が強くなっていきました。おそらくこれからはハンナ・アーレントが言っていたように“活動の時代”に入ります。そこで求められるのは「コンピテンシー」、つまりそれぞれが自分の能力を出すということです。

    豊かさは誰かが与えてくれるものなのか、自分たちでつくりあげていくものなのか。そこの議論はしっかりしていかないといけないでしょう。

    藤元:私は今のお二人のお話を聞いていて「パブリック(公)」という存在を見直すべきだと感じました。現状のスマートシティは一人ひとりの課題解決を行うサービスレベルの世界。しかし、極論で言えば一人ひとりの幸せとパブリックの幸せは、矛盾する場合もあります。例えば地域としては必要とされた小学校を建設した結果、近隣の住民から騒音の苦情が来ることもあるでしょう。パブリックな幸福をどう定義するかが大事なのかなと。

    松田:自治体や企業が「提供者」になり、市民が「消費者」や「受益者」になってしまっているのかもしれません。コモンズ(共有資源を共同管理する仕組み)という考え方も、構成員がそこに責任を持つことが本来の前提です。そして上手くいっている地域は、仕掛けに熱く巻き込まれてくれる住民がいるように思うのですよね。

    齋藤:日本は本来コモンズに関しては得意なはずですよね。コモンズに必要なのは対話であり、コミュニティー。昔の日本人は何かあるたびに話し合いをして、合意形成をしていました。

    私は今、コモンズの定義を変えるべきだと思っています。中東の農業の例で、耕作地を総有(ある財産を団体が所有し、構成員は所有・収益の権利のみ持つ)しているのですが、働かない人はその権利を失ってしまうのです。受動的な受益者を減らして、能動的な貢献者を増やしていこうという狙いです。

    日本の「公」は市民の知らないうちに生活を支えてくれている、優秀なシステムです。でも市民がもう少し能動性を持てると良いのではないでしょうか。耕作地ならば鍬を持って集まろうという話ですが、それがデータを持ち寄ろうという話でも良いと思います。農業だけでなくさまざまな場面に当てはまることなので。

    藤元:個人データを公に提供するのを嫌がる方は一定数いますが、そこの話につながりますね。自分が提供したデータは公共財として価値を持つわけですが、その意識を持てないから気持ち悪さしか感じない。

    松田:私は紀伊半島の漁村を、学生たちとここ数年で20カ所ほど詳しく調査しているのですが、そのデータをデジタルアーカイブできないかと考えています。それらは中世からの歴史がある漁業の先進地で、魅力的で固有の生活文化が存在しています。でも、防災の観点からは次に大地震と津波が来たら住めなくなってしまうような場所ばかりです。そういった失われつつある日本の豊かさの記録をデータで残しておくことで、何かあったときに住民が再びその生活文化を取り戻すための拠り所になるかもしれないとも思うのです。

    齋藤:難しいのは、そこに住む人々が自分たちの生活文化に愛着はあるけれど、アーカイブする価値があると思っていないケースが往々にしてあるということですね。ただ、私もアーカイブはしていくべきだと思っていて、ただそこで大切になるのは比較をすることです。これまで、日本の地域は比較をしてこなかったから、海外から見ると「なんで日本はこの文化を大事にしないんだ」というような話が出てくるのです。

    例えば、アーカイブを比較できるようになっていたら、それが知恵になり他の地域にも応用できるかもしれない。紀伊半島の漁業の仕組みは素晴らしいけれど、レシピ化されていないから他の地域に活かされないわけです。

    今回のテーマに戻ると、豊かさをスコア化して、パラメーターを他の地域と比較してすることで、自分の地域を省みることができると良いですね。豊かさには感情的な評価が関わってくるので、簡単ではないと思いますが。また、それぞれの地域の開発をそれぞれのベンダーが行っているため、データのフォーマットが異なるという点も大きな課題ですね。

    藤元:そこで、今究極の理想形として語られているのが都市OSですよね。パソコンのOSがあることで共通のデータを使えるようになったように、スマートシティも都市OSによってデータを共通化できるようになる。自治体が別の自治体のデータを参照や分析をできる世界がちょうど今議論されています。ただアーキテクチャは示されているものの、誰がどの順番で取り組むのか答えは未だに出ていません。僕はまさにこれこそNTTがやるべきだと思います。

    本日は皆さんよりさまざまなご意見を頂戴しました。スマートシティに必要な豊かさとは何か。今回の鼎談で挙がったような多面的な視点を熟議していくことが大切なのだと思います。本日はありがとうございました。

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