Smart City

2024.07.17(Wed)

オーバーツーリズムなのに訪日観光客数を2倍に?
「分散」を実現する観光DX

#AI #スマートライフ #スマートシティ
観光立国を実現するため、日本政府は2030年までに訪日観光客数6,000万人、消費額15兆円を目標として掲げています。その一方で、国内の観光地は人手不足やオーバーツーリズムといった課題に直面しています。

2023年の訪日観光客数2,500万人に対して2倍以上になる目標を、地域課題と向き合いながらどのように達成するのか。目標と現実のギャップを埋め合わせるために、今、観光DX(デジタルトランスフォーメーション)による振興と課題解決が求められています。

地域の自治体や事業者はさまざまな観光データとどのように向き合っていけばよいのでしょうか。インバウンド戦略アドバイザーで株式会社やまとごころ 代表の村山慶輔氏に、観光DXの可能性について事例を交えて伺いました。

目次


    オーバーツーリズム打開の鍵は「分散」

    ──まず、現在のインバウンド観光の市況感をどのように見ていますか?

    現在、コロナ禍が明けてインバウンド需要が回復し、マーケットはかなり動いています。JNTO(日本政府観光局)が発表した年間訪日観光客数は、昨年の2,500万人に対して今年の見通しは3,400万人と大きく伸びています。また、2023年の訪日客消費額は過去最高の5兆円越えと、コロナ前の水準を上回りました。

    その弊害として、都市部や一部の観光地ではオーバーツーリズムが起こっています。地方へ足を運ぶ観光客が少なく、特定の地域に集中してしまっていることが原因のひとつです。コロナ前は、地方空港にも海外直行便が発着していたのですが、現在はまだ完全回復には至っていません。日本に来る外国人観光客は、なかなか地方に足を伸ばしづらいのが現状です。

    村山 慶輔
    株式会社やまとごころ 代表取締役 インバウンド戦略アドバイザー
    兵庫県神戸市出身、米国ウィスコンシン大学マディソン校卒。大学卒業後、経営コンサルティングファームに入社。国や行政のシステム開発、通信系企業のマーケティングに従事。2007年株式会社やまとごころを設立し、日本初のインバウンド(訪日旅行者)専門メディア「やまとごころ.jp」を開設。観光庁 「観光DX推進のあり方に関する検討会」、「事業者間・地域間におけるデータ連携等を通じた観光・地域経済活性化実証事業」有識者委員を歴任。著書に「観光再生(プレジデント社)」など10冊がある。

    ──すでにオーバーツーリズムが問題視されているにもかかわらず、政府は2030年までに訪日観光客数を6,000万人まで伸ばすという目標を掲げていますよね。課題解消の鍵をどのようにお考えですか。

    キーワードは「分散」です。大都市ではない地方のエリアに、どう集客するか。そこで今注目されているのが「デジタルノマド」の動きです。

    今年4月から、「デジタルノマドビザ」が日本でも発行されました。PCさえあればどこでも仕事ができる人が、旅をしながら働くライフスタイルを「デジタルノマド」と言います。こういった人向けに3ヵ月から1年の長期滞在を許可するのがデジタルノマドビザです。すでに約40ヵ国が発行しています。

    デジタルノマドの方はリモートワークをしながら地域に宿泊費や食費を落とすので、雇用を奪わずに経済に貢献してくれます。また、観光より滞在期間が長い分、地域との関係も深くなるんですね。総務省が唱える「関係人口」に近い関わり方になり、そこから移住・定住につながることもあります。

    日本では、福岡市がデジタルノマドを積極的に推進しています。インフラの整備はもちろん、海外のインフルエンサーを呼んで発信してもらうなどブランディングにも注力しているのです。

    データドリブンな観光推進のため、最初にやるべきこと

    ──観光とは別の需要を取り込むことで、外国人客が訪れる地域を分散させることができるのですね。DXの観点から地域ができることはありますか?

    各エリア単位で需要をコントロールして、来訪施設を分散させるためには、まず予約や購入の窓口をデジタル化し、データを収集できる環境を整えなければなりません。

    例えば、人流データを可視化すれば、施設の混雑の分散につながるでしょう。実際に、駐車場の混雑度合いを表示して、空いている駐車場に車が流れるように促す取り組みがあります。

    また、オンラインの事前予約制にして上限を設定すれば、そもそも混雑を回避できます。商業施設では一般的なやり方ですが、美術館・博物館といった公共の施設ではデジタル化が遅れがちで、まだ有人の窓口でチケットを購入しなければならないところも多いでしょう。

    ──観光の入口をDXしているからこそデータを収集することができ、オーバーツーリズムへの対策を講じることができるのですね。

    DXによるデータ利活用が必要なのはオーバーツーリズム対策だけではありません。繁閑の波を平準化するためにもDXは非常に有効です。観光地には必ず繁忙期と閑散期があります。海外のDMO(観光地域づくりを推進する法人)にミッションを尋ねると、「繁閑差の平準化」だと皆さん口をそろえて答えます。

    データを活用して需要を予測したりマーケティング施策につなげたりすることで、繁閑差を平準化できれば、スタッフの雇用も継続でき観光消費も安定します。

    ──日本国内で上手くデータを活用している事例はありますか?

    宮城県気仙沼市のDMOは、データドリブンな観光戦略の好事例です。「気仙沼ファンクラブ」という会員システムを立ち上げ、顧客の属性はもちろん、購買や行動といった顧客データを集積し、CRMを実践しています。需要が減少していればプッシュ型の施策も行います。

    私も会議に参加したことがあるのですが、IT企業の経営会議さながらに、データを根拠に施策を考えていました。例えば、加盟店の日々の売上がリアルタイムで把握できるので、売上が減少傾向にあれば、需要を喚起するためのキャンペーンをスピーディに仕掛ける場合もあります。

    また、福井県では観光データ分析システム「FTAS」を構築しています。県内観光地を訪れる観光客の属性や満足度、消費金額といったデータが集積されているデータベースです。例えば宿泊施設から集めた1年間の宿泊データに、さまざまなデータを掛け合わせることで、未来の需要予測を行うこともできます。

    未来の需要予測ができれば、事業者は銀行に予測データを見せながら「3年間でこれだけの需要を見込めるため、この施設を出店します」と融資の相談もできるでしょう。

    データを集めることと、それをきちんと利活用することの両方ができている点で、気仙沼市と福井県はよい事例だと思います。

    ──データを蓄積するだけでなく活用するためには、DMOや事業者のリテラシー向上が求められますね。

    そうですね。なので、例えば福井県の場合、FTASを活用するためのワークショップを開いています。FTASはオープンなデータプラットフォームで誰でも見られるため、宿泊事業者を集めてデータから施策を考えてもらったり、地元の大学のゼミにも参加してもらったりなど、多様なステークホルダーを巻き込んでデータ利活用の事例を増やしています。

    AI活用の夜明けは観光業界からはじまる

    ──観光におけるデータ利活用の今後の課題は何でしょうか。

    国と地域、そして事業者がどんなデータをどう持つかは喫緊の課題ですね。現在、日本観光振興協会が国・地域単位でのデータの精査や、プラットフォームの整備をしています。良い取り組みだと思いますが、まだ整理しきれていない部分もある。また、そのデータプラットフォームを地域も活かしきれていないのが現状です。さらに一歩踏み込んで、統合的に整備することで効率的にデータ利活用できる環境が実現するのではないかと思います。

    また事業者目線では、データを預ける先が多すぎるという問題があります。Google、トリップアドバイザー、OTA(Online Travel Agent)等、複数の預け先でデータを管理し更新するのは非常に煩雑です。

    サイトコントローラーで1ヵ所に在庫管理を集約することもできますが、宿泊と飲食や物販は別のシステムに分かれてしまうケースが多く限界がある。人材不足にもかかわらず、管理が煩雑になっている現状があるので、改善が必要だと思います。シームレスに顧客管理を共通化できる観光事業者向けサービスが広がることに期待したいですね。

    ──観光DXの観点で、これから注目すべきテクノロジートレンドはありますか?

    先日の「Web In Travel」という旅行・観光業界の国際カンファレンスで注目されていたのは「AI」というキーワードでした。Booking.comやExpediaといった世界のOTAが、AIを活用したレコメンドやパーソナライズに注力していると話していました。お客さんの特徴や行動パターン、さらには気分に応じて、AIがレコメンドする究極のパーソナライズや、レコメンドの先の予約まで済ませてくれる「AIコンシェルジュ」の可能性も語られました。

    同カンファレンスでは、BtoBのAI活用にも言及されて、DMOが観光事業者にどんなアドバイスをすればよいか、AIがサポートするサービスも紹介されていました。その地域で展開している事業者のGoogleビジネスプロフィールのデータを分析し、AIが改善を提案するというものです。

    こうした事例を通して、観光業界全体においてAIの活用が前向きに捉えられていると感じました。AIの活用にはハルシネーション*などのリスクが付き物ですが、旅行はそれ自体が深刻なものではなく、楽しむもの。新しい試みがユーザーにも許容されやすい雰囲気があるんです。カンファレンスでは「AIを活用した新しい動きは、トラベルインダストリーから出てくるのではないか」とまで言われていました。

    *生成AIが誤った回答を生成すること

    またビーコンなどのIoT技術によって、より精細な行動データがとれると面白いと思います。以前、スキー場で「どのゲレンデにどこの国の方が行くか」という傾向を分析した例があったんです。スキー場というひとつのエリアの中でも、属性によって行動の違いがある。それを捉えることによって、より細やかな施策を打つことが可能になります。同じエリア内でもスポットでのより細かい動きが可視化されることで、GPSを基にした行動データとはまた違う分析ができるのです。

    ──観光業界においてデータ利活用を進めるには、デジタル人材の問題もありますよね。

    そうですね。海外のDMO組織では、どの職種もその領域を極めてきたエキスパートが就任します。大学・大学院には観光領域のデジタル人材を育成する専門学科があり、卒業後も専門的なキャリアパスを積み上げていく人が多い。

    一方で日本のDMOでは特に幹部層においてデジタルの重要性を理解されていないことも多いので、デジタル人材を採用・育成する感覚に至っていません。まずはそのマインドを変えなければいけないと思います。

    ただ、気仙沼市や福井県のように上手くデータ利活用できている地域では、IT系の企業出身者が中心となって仲間を集めることで、先進的な取り組みができています。しかも、彼らは引き抜きではなく、地元にUターンした人が多いのです。自分のスキルを地元に役立てたいと考えて、今のポジションにたどり着いています。

    ですから、故郷が好きであることは観光をやる上で重要だと思います。観光を突き詰めていくと、結局は「自分の地域の良いところをいかに相手に伝えるか」という仕事です。地元愛がないと、スタート地点に立てないと思います。

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