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Co-Create the Future
2024.05.10(Fri)
この記事の要約
グッドデザイン賞の歴史を振り返ると、初期はプロダクトデザインが中心だったが、仕組みのデザインやパブリック視点のデザインなど領域が拡大してきた。
KOELは公共と企業の間にあるセミパブリック領域に着目し、2023年グッドデザイン賞を受賞した。運動アプリやICTツール、未来洞察プロジェクトなどで社会的課題に取り組む。
近年、グッドデザイン賞では社会への貢献性やメッセージ性の重要視されており、社会においても企業や自治体も公共性と企業性を結びつける動きが活発化している。
KOELのセミパブリック領域への取り組みは画期的であり、デザインがそのプロセスで重要な役割を果たしている。
※この要約はChatGPTで作成しました。
目次
グッドデザイン賞は、日本で唯一の総合的なデザイン評価・推奨の仕組みとして1957年に創設されました。応募対象は幅広く、運営団体である日本デザイン振興会は「理想や目的を果たすために築いたものごとすべてを『デザイン』とし、有形無形のあらゆるもの」と定義しています。そして、歴代のグッドデザイン大賞を辿ると、時代の変化が見えてきます。
矢島進二氏(以下、矢島氏):例えば1980年には、松下電器産業(現、パナソニック)のレコードプレーヤーが受賞しています。その翌年以降もカメラやビデオテープレコーダ、小型乗用車など工業製品が続きます。このころまでは、プロダクトデザインが主に評価されていた時代です。
注目すべきは、1999年に「新領域デザイン部門」が創設され、ソニーの初代AIBO(アイボ)が大賞を受賞したこと。その際には、見た目の美しさや機能性に加えて、人間とロボットの新しい関係をデザインしたことが評価されました。このあたりから、グッドデザイン賞にいわゆる「コトのデザイン」という新しい視点が入り始めます。
廣田尚子氏(以下、廣田氏):私が20年以上審査委員を務めてきた中で感じているのは、2000年ころを境に応募の内容が大きく変化したということです。それまでは「物(モノ)」の応募が大半を占めていました。しかし、世の中が既存のやり方ではうまくいかなくなってくると、徐々に「仕組みのデザイン」という応募が増え始めた。初期は100件ほどだったそれらの応募数が年々倍増し、瞬く間にかなりの割合を占めるように。それだけ社会の仕組みがうまくいっていないことに課題意識を持つ人が増えていて、もっとアイデアや仕組みそのものを変えたら幸せになれるはず、という考えが世の中に広まったということなのでしょう。
石川俊祐氏(以下、石川氏):非常にドラスティックにシフトしたなと個人的に感じているのは2018年です。この年のグランプリは、お寺の取り組みである「おてらおやつクラブ」。これは、お寺にお供えされるさまざまな「おそなえ」を仏さまからの「おさがり」として、経済的に困難な状況にあるご家庭へ「おすそわけ」する活動です。選考では、この取り組みがデザインの対象になるかという議論がありましたが、僕自身も審査委員として願いを込めるような気持ちで投票したのを覚えています。大企業やデザイナーではなく、初めてNPO法人がグランプリを受賞したことでも話題になりましたよね。
矢島氏:そうですね。また、グッドデザイン賞においてパブリックの視点を評価の対象にすることを「あり」にした、象徴的な年でしたね。このころにはすでに、セミパブリックの考え方に近いものが登場し始めていたということです。こうした流れを追うだけでも、時代とともにデザインの領域も拡張し、デザインへの社会的ニーズも高まっていることが見えてきます。
KOELが2023年度のグッドデザイン賞を受賞した際、パブリックとビジネスの狭間(はざま)をセミパブリック領域と設定してデザイン組織を立ち上げたことが注目されました。まずは、KOEL・田中より、同社のセミパブリック領域の主な取り組みが紹介されました。
田中 友美子(以下、田中):KOELの主な取り組みの1つめは、運動習慣の獲得をサポートするスマートフォンアプリ「みえるリハビリ」。グッドデザイン賞の受賞対象にもなったこのアプリは、心疾患が日本人の死亡原因疾患の第2位であり、再発率・再入院率が高いことを受けて、患者が自己リハビリに取り組み、運動習慣を形成できるようサポートする仕組みをデザインしたものです。NTTと東レが開発した機能素材「hitoe®」を活用したウェアラブルデバイスで、バイタルデータをリアルタイムで分析する機能を備えています。KOELでは高齢者でも使いやすいUIや、体調改善後のモチベーションの維持と運動習慣の継続ができるような体験設計を手掛けました。
2つめは、学校生活で教員や生徒が日常的にICTを取り入れるためのマニュアルツール「まなびポケット」です。文部科学省のGIGAスクール構想によって、ICT環境の整備が進められる一方で、学校現場ではタブレットなどのICT機器が広く浸透していないという課題がありました。そこで、教員が現場で培った暗黙知を形式知にしてシェアできるようにと、一冊のマニュアルブックを制作しました。教員同士のノウハウ共有を促進する「教え合い醸成プログラム」による根本的な課題へのアプローチも行っています。
3つめは、自発的なデザインリサーチとして実施している「ビジョンデザイン」という未来洞察のプロジェクトです。これから日本が直面する人口減少・高齢化に伴い、暮らしも変化し始めています。全国各地で実施したフィールドワークでは、過疎地域での創造的な働き方や、街のコミュニティー構築、土着の文化継承、多様なルーツを持つ人々との共生など、先進的な動きのある地域をリサーチしてきました。人々の暮らしを知ることで、10〜20年後の社会の在り方をビジョンとして描き、より公共性の高いデザイン支援を実現しようとしているのが、KOELの取り組みです。
──セミパブリックが注目され始めた背景は、どこにあったのでしょうか。
廣田氏:これまでの受賞作の流れを見てきたように、社会への貢献性やメッセージ性がどんどん重要視されるようになっています。2023年度は特に、三井住友銀行のインハウスデザインチームの活動や、選挙そのものをデザインした台湾の事例など、セミパブリック領域の応募が顕著でした。
そのような中、KOELが初めてセミパブリックという言葉を使いながら、「組織の進むべき方向を、個人や社会の視点を大切にしながら再構築する」と明示したことが画期的でした。セミパブリックという言葉自体の定義は不確定でありながらも、医療や教育など行政や企業の手が届ききらない領域を自ら設定し、デザイナーが現代で果たすべき新たな役割として強い意志を宣言した。選考会では、この姿勢を評価する人が多く、後押ししたいね、と話題になりました。
矢島氏:公共性と企業性は、本来は一体のものだったかもしれないけれども、高度経済成長など時代の流れの中でどんどん分離して“溝”ができてしまった。その“溝”を埋めていくための意識や取り組みが、社会の中に芽生え始めてきたのが今の状況と言えます。例として、自治体やNPO法人の事業視点の導入、PPP(Public Private Partnership=公民連携)的な取り組み、また企業側のESG活動などが挙げられます。
これからは、企業もビジネス性だけでなく、パブリック性・社会性が求められるようになる。こうした回帰の流れを象徴するのが、今回のKOELの受賞だったのかな、と私は捉えています。
土岐哲生(以下、土岐):NTTは国営企業の期間を経て今に至っており、「あらゆる人に通信と情報をつなぎ続ける」という公共性のある事業を担ってきました。パブリックとビジネスの両方の視点を大事にすることは企業DNAにも通じる部分で、KOELの活動の背景には、公共性と企業性という一般的には二律背反しやすいものをデザインによってつないでいきたいという思いがあります。それをグッドデザイン賞という具体的な形で評価していただけたことをとてもうれしく思っています。
──ここまでのお話の中で定義が浮き彫りになりつつありますが「セミパブリックの定義」についてはどのようにお考えでしょうか?
石川氏:いまの時代に“ケアしきれていない領域”が国や企業、地域コミュニティーに存在していて、セミパブリックの対象になり始めている。さまざまな領域の狭間に位置する変わり続ける領域であるのと同時に、両者の“溝”が解決されればなくなる領域とも言えると思います。
本来「デザイン」という職種は、世の中における“良心”的な役割を果たすべきもの。そうした意味ではセミパブリックはデザインとの親和性が非常に高く、原点とも言えるのではないでしょうか。大企業がそこに取り組むことは、大きなインパクトとなり得るものだと思います。
廣田氏:誰もがクリエイティブマインドを持っていて、デザインのハードルが低くなってきています。企業人をはじめ、皆がクリエイティブマインドを持つようになれば、その分セミパブリック領域が拡張されますし、世の中も変わっていくような気がしています。グッドデザイン賞がそのきっかけになればいいですね。
──今後、デザインは社会課題の解決のためにどのようなことができるのでしょうか。そして、デザイナーにはどのような立ち回りが求められていくのでしょうか。
石川氏:デザイナーの仕事は観察から始まると思っています。すでにKOELでもフィールドワークを実施していますが、まずは実際に足を運び、地域に住んでいる人が何を感じながら生活しているのかを知る。人に寄り添うことで得られる視点と、世の中を俯瞰して見たときに見いだされる課題の本質。この二方向のまなざしを反復することが、課題を見いだすためには重要です。
田中:KOELの取り組みでも、「みんなの声を拾う」ファシリテーターとしてのデザイナーの役割がどんどん大きくなってきていると感じています。
世の中的にも、最近は市民参加型の取り組みというものも増えてきて、仕組みをつくる人と受け取る人のボーダーが緩くなってきているように思います。その分離のなさは、セミパブリックの観点でも大事なことなのかなとも思います。
矢島氏:田中さんのお話からもう一歩踏み込むと、課題を見つけ出した上で、それを洗い直し、その中に潜んでいる本質的な問題を見抜くこともデザイナーは得意ですよね。セミパブリック領域では特にその能力が重要になってくるのではないでしょうか。「解決策」を生み出すこととは別に、「課題」を社会に提示して人々を巻き込みながら解決に向けてみんなで動いていくというムーブメントを起こすことも、大切にしてほしいなと思っています。
廣田氏:社会課題の解決に関心があっても、どう取り組んだらいいか分からない人もたくさんいると思います。そうした状況で、デザイナーが「こんな参加の仕方がある」「ここに参加するといい」と提示できるといいのではないかと考えています。人口減少・過疎化は特に、通信の力が活きる社会課題。KOELは、そうした課題への取り組み方の提示を実現してくれそうな可能性を感じています。
──デザイナーの役割も、セミパブリック領域の進化とともに変わってきているということですね。今後のデザインの力に何を期待しますか?
廣田氏:デザイナーは、いろいろな部署にちりばめられていくべきでしょうね。企業の取り組みとなると、すぐに成果が求められ、数字を意識されがちです。それが、公共性とビジネスが結びつきにくい原因にもなっている。デザイナーのあいだでよく話すのは、我々の活動はドミノ倒しのように変わっていくものというよりは、発酵に近いということ。アイデアや閃きはプツプツと思考が発酵した中から出てくる。さらに、その発酵はじわじわと温度が上がらないと起こりません。
では、どうすればアイデアの発酵が起こるのか。その方法の1つとして、会議にデザイナーを1人加える、というのもいいかもしれません。周囲の人たちもまずは気軽にデザイナーに「どんなことができそうか」と相談してみてほしい。対話から生まれてくるものがあるはずです。まずはKOELがNTTグループの中でそういったマインドを醸成し、やがてそれが社会全体へと広がっていくといいですよね。
石川氏:あとはコミュニケーション、仲間づくりですよね。社内など既存の枠を超えて、同じ思いを持っている人とつながりながら、何かを新たに立ち上げていくのもいい。実際、KOELはそのようにしてNTT Comの中で立ち上がりました。また、都市プロジェクトにおいても、同じビジョンを持ったステークホルダーが集まる場所では活動が前へ前へと進んでいきます。さまざまなトライアルを重ねていくには、やはり仲間の力が必要だし、仲間がいることでめげずに続けられることもありますからね。
田中:セミパブリックはまだまだ新しい領域で、時代の変化とともに概念もどんどん変わっていくはずです。世の中は目まぐるしく動き続けているので、仕組みをつくるか躊躇しているうちに時代のニーズも変わってしまうかもしれない。他社のインハウスデザイナーとの情報交換からも感じますが、幅広いフィールドがある中で、皆さん解決方法を模索している段階にあるように思います。1人、1企業では解決できないフィールドなので大企業が取り組むことに意義がありますし、他社のインハウスデザイン組織とコミュニティーをつくろうという動きもあります。「まずは、やってみる」という気持ちと熱意を忘れずに、今後も活動していきます。
土岐:NTT Comは、NTTグループが提供する主要なサービスをカバーしています。例えば、ネットワークとアプリケーション、電話とシステムインテグレーション、BtoBとBtoCビジネス、国内と海外などがあり、NTT ComはNTTグループの縮図とも言えます。NTT Comの挑戦として、グループの将来の姿を模索して形にしていく観点でも、デザインの力は必要だし、それだけ活躍できるフィールドも広いと考えています。そして社内では、デザインに共感した仲間が組織の壁を越え、成功体験をアップデートする変革に動き始めています。
社内外の仲間と一つずつ課題に向き合っていくことが、社会を動かす大きな流れにつながると信じて、セミパブリック領域の可能性を広げていきたいですね。
■KOEL公式サイトはこちら
https://www.ntt.com/lp/koel
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