Creator’s Voice

2024.03.08(Fri)

OPEN HUB Base 会員限定

生成AI、いま考えるべきリスクと可能性とは。
ルールメイキングをめぐる、各国のスタンス
―水野祐

#イノベーション #AI #法規制
連載シリーズ「Creator's Voice」では、さまざまなジャンルの有識者を招き、よりよい社会の在り方について探求していきます。第7回となる今回のゲストは、シティライツ法律事務所、Creative Commons Japan理事である弁護士の水野祐氏。

近年大きな話題を呼んでいる生成AIと、私たち人間はどのように向き合っていけばよいのか。法律家の視点から見た、AIと著作権をめぐる現在の課題と可能性とは。OPEN HUB カタリストの一人であるNTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com)の松岡和を聞き手に、お話を伺いました。

日本における「AIと著作権」議論の現在地

松岡和(以下、松岡):昨今、生成AIが大きな話題を呼んでいますが、まずは日本における「AIと著作権法」の現状や、最新の議論について教えていただけますか。

水野祐氏(以下、水野氏):AIと著作権については、「開発・学習段階」「生成・利用段階」という2つのフェーズに分けて考えるという整理が一般的になっています。

「開発・学習段階」とは、AIを開発する上で、インターネット上にある大量情報をクローリングして集めるなどして学習用データセットを作成し、それを学習に利用して学習済みモデルをつくっていくフェーズのことです。一方、「生成・利用段階」とは、学習済みモデルができたあとに、そのAIを使って生成物を生み出したり、利用したりしていくフェーズのことです。

文化庁「令和5年度 著作権セミナー AIと著作権」より

まず、「開発・学習段階」においては、インターネット上にあるデータをクローリングして収集すること自体が、著作権法上の複製権や翻案権、公衆送信権といった権利侵害に当たりそうですが、これについて日本では、2018年の法改正でいわゆる柔軟な権利制限規定を導入し、AIを開発するための学習行為はいわゆる非享受目的利用であるとして、原則として権利者の許諾なく著作物を利用することができる旨を規定しました。ようするに、著作権法に例外規定をつくることで、AIによる学習行為を原則として認めたのです。

これは、世界でも類を見ないほど学習行為を広く認めているように読める明文のルールで、ある法学者は「日本は機械学習パラダイスだ」と表現したほどでした。

松岡:海外ではどのような考え方がスタンダードなのでしょうか?

水野氏:スタンダードはまだない状況ですが、アメリカには、「フェアユース」(※)という著作権の例外規定があります。これは、一定の営利目的も含めて、「フェアユースに該当するのであれば、機械学習やAI開発における著作物の利用は著作権侵害に当たらない」とするもので、米国のAI開発における学習行為はこの規定に基づいて、いわゆる「変容的利用」であることを根拠に行われていると考えられます。

一方、学習行為の場面で何をもって「変容的利用」か、フェアユースにあたるか否かの線引きは、まだ裁判例や判例が出ていません。AI学習におけるフェアユースをめぐっては、集団訴訟なども起きており、今後米国の裁判所がどのように判断するかが注目されます。

また、EUでは「営利/非営利」が基準となっており、研究機関など非営利の学術研究目的であれば、AI学習のための著作物の利用は著作権侵害になりません。営利目的などそれ以外の場合については、権利者側が「学習を許しません」と明確に意思表示(オプトアウト)している著作物、オンラインコンテンツについては機械可読な方式で権利留保しているコンテンツを生成AIに学習させると違法になる、というようなルールになっています。

※フェアユース:著作を利用する際に一定の条件や要素を満たしていれば、著作権者から許可を得なくても著作権の侵害に当たらないとする、著作権侵害の抗弁事由

水野祐|弁護士(シティライツ法律事務所、東京弁護士会)。Creative Commons Japan理事。Arts and Law理事。九州大学グローバルイノベーションセンター(GIC)客員教授。グッドデザイン賞審査委員。慶應義塾大学SFC非常勤講師。note株式会社などの社外役員。テック、クリエイティブ、都市・地域活性化分野のスタートアップから大企業、公的機関まで、新規事業、経営戦略等に関するハンズオンのリーガルサービスを提供している。著作に『法のデザイン −創造性とイノベーションは法によって加速する』、連載に『新しい社会契約(あるいはそれに代わる何か)』など

松岡:なるほど。それぞれの地域で制度が異なりますが、日本においては、法律上可能と明確化されている範囲が広いという印象を持ちました。しかしこれは、開発側にとっては非常にメリットが大きい一方で、権利者からしてみると、自分の著作物を勝手に学習されてしまっても文句は言えない、ということになりますよね。

水野氏:そういう心配を抱いてしまうのも無理ないでしょうね。近年では、ChatGPTをはじめとする生成AIが話題になったこともあり、クリエイターやアーティスト側から規制の緩さに対して懸念の声が上がるようになりました。また、LoRAといった追加学習の手法を用いて特定アーティストの作風に似せたコンテンツを、手軽に、かつ瞬時に大量に生成できるような特化型AIが出てきたことも、問題意識を強めるきっかけになりました。

こうした世論の変化を受けて、政府は権利制限規定の範囲を再検討し始めました。2024年1月に、文化庁より「AIと著作権に関する考え方について」という素案が発表され、2月末にはそれに対するパブリックコメントの結果を反映した素案も公開されています。

文化審議会著作権分科会法制度小委員会(第7回)

松岡:文化庁が2024年1月に出した素案は、2018年の改正著作権法の内容から、どのように変化しているのでしょうか。

水野氏:大まかな考え方自体はほとんど変わっていませんが、学習される側である権利者に、従前よりも多少配慮する方向に調整されそうです。少し条文を説明しますね。

2018年の法改正によってできた非享受目的利用(著作権法30条の4)という規定では「著作物は次に掲げる場合その他当該著作物に表現された思想または感情を自ら享受し、または他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれかの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし当該著作物の種類および用途並びに当該利用の態様に照らし、著作権者の利益を不当に害することとなる場合はこの限りではない」と定められています。

文化庁「令和5年度 著作権セミナー AIと著作権」講義資料より

ようするに、著作物を鑑賞したり利用したりすることで知的または精神的な欲求に満足するなど、思想・感情における利益を享受する場合にはまさに著作権は効力を発生させる場面ですが、そのような利益を享受しない目的(非享受目的)で用いられる場合には著作権の効力を及ぼす必要はない。そして、AI開発のための学習行為を含む情報解析のための利用は、非享受目的の利用であるため、著作権侵害には当たらないというのがロジックでした。一方、今回の素案では、非享受目的と享受目的が併存する場合についての考え方などを示すことで、この非享受目的利用の規定の適用範囲を若干狭める可能性がある解釈や見解が示されているように思われます。また、非享受目的の利用であっても、ただし書の「著作権者の利益を不当に害する」場合は、例外規定は適用されず著作権侵害になるわけですが、今回の素案では「著作権者の利益を不当に害する」場合の具体例とともに、従来の考え方よりもこのただし書に該当する場合が広がるように読める考え方も示されており、文化庁としてはこのような見解を示すことで、先述した権利者の声に一定の配慮を示そうとしていると思われます。

とはいえ、まだパブコメ中ということもあり、はっきりとしたことは言えないのが現状です。

世界観や画風が似ているだけでは、著作権侵害には当たらない?

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