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Future Talk
2023.09.22(Fri)
目次
−− 中邑さんは「子どもたち一人ひとりの主体性を育む学びの場」の研究に長年携わっておられます。どのような子どもたちを、どういった方法でサポートしているのでしょうか?
中邑賢龍シニアリサーチフェロー(以下、中邑氏):学習意欲がない子ども、不登校児童、医療的ケアが必要な重度障がい児などから、進学校に通っている子どもまで、さまざまな子どもたちを対象にしたプログラムを展開しています。もともとは身体に障がいのある子どもの学習支援をしていたのですが、認知困難や精神的な障がいのある子ども、ひきこもりに関する相談も増えてきました。こうした子どもたちの可能性を広げたい、という思いがでてきたのです。
当初、学校にうまく通えない子どもたちの中にも、イノベーションを起こすような可能性のある人材がいるのではないかと考えました。そこで日本財団の支援を得て“異才発掘プロジェクト”と銘打ってプログラムを始めました。しかし、「東大が行うギフテッド教育」という誤解が生まれて、進学校の成績の高い子が多く集まるようになっていきました。これは違うなと。
そこで2021年から「LEARN」という新しいプロジェクトを始めました。それまでは、10名を選抜して、1年間徹底的にお金をかけて学びの場をつくり込んでいたのです。これがかえってよくなかった。そこでLEARNでは、1回限りのプロジェクトとし、誰でも、何回参加してもいいように仕組みを変えたのです。ですから“選ばれた”ということに意味はないわけです。その度ごとに学びの場を提供する、誰もが参加できるプロジェクトです。
「際立つ才能や意欲がなくても、子どもが自信を失わず学べる社会」を理想とし、目的主義的な教育プログラムと一線を画した、「目的なし」「教科書なし」「時間割なし」の自由なかたちの学びの場「LEARN」。既成概念にとらわれないユニークなプログラムが注目を集めており、好奇心と不安が同居する「家出」体験から子どもの主体性を培うプログラムも
楢橋教行(以下、楢橋):どのような子どもたちが集まってくるのでしょうか?
中邑氏:さまざまな子が応募してきますよ。「ビーズを何万個も買って」とか、「紙粘土を10キロ買ってほしい」と言ってくる子どもとか。それで作品をつくってもらうわけです。僕らはこれを「成績不問の奨学金」と呼んでいます。つまり、学校の成績は関係ないということです。どちらかといえば、学校での学びに“合わない”ことで学ぶ意欲を失った子のためのプロジェクトです。
ただ僕は、公教育を否定しているわけではありません。学校に行かなくていいとは言ってなくて、むしろ行ったほうがいいと思っている。なぜなら、基礎学力は生きていくために必要だからです。ある程度漢字が読めなければ、電車の乗り換えもできませんから。
楢橋:NTT Comが提供する「まなびポケット」は、全国の小・中学校を中心に導入が進められている教育クラウドサービスで、現在1万2,000校以上に導入されています。また、学校という場が合わないお子さんには自宅で使ってもらえるようにつくられているのも特徴です。これまで学校教育を受けるためには、まず学校に行かなければならなかった。本当は学びたいのに学校に行けないから学べず、結果として学校へ戻ることがどんどん不安になってしまうことも多いと聞いています。まなびポケットは無料ですし、クラウドで提供していますから、家でも学校教育が受けられることになります。
また、使用してもらうことで、4年生だけど2年生の算数の問題が提示されるなど、その子に必要な課題が提示されます。「算数ができない」で終わらせるのではなく、「何ができないか」を解答結果の蓄積データから分析することで、個別最適化の学習を促しています。また「この画面表示だとできないけれど、こちらの画面表示なら解ける」「デジタルの教科書なら読める」という子もいます。これは中邑さんがおっしゃる「テクノロジーで人を救う」ことにつながるのではないかと思います。
中邑氏:テクノロジーにできることはたくさんあります。まだあまり知られていないAPD(Auditory Processing Disorder、聴覚情報処理障害)という障がいがあります。読み書きの障がいは知られるようになってきましたが、聞き分けることの障がいというものもあるのです。雑音の中で人の話が聞き取れなかったり、先生の指示の内容が聞き取れなかったりします。このような子は、教室で周りがうるさいと、勉強できなくなってしまいます。こうした聴覚の情報処理が苦手な子もたくさんいます。
そこで、「AIやスマホとともに街に繰り出そう」というプログラムでは、ノイズキャンセリングイヤホンをつけることで雑音を消し、さらに「ライブリスニング」という機能を使って聞きたい音声だけを抽出して聞くことができるようにしました。まずは遊びの中でAPDの子に必要な機能の使い方を覚えさせてから、模擬授業を行います。そういったテクノロジーを使って授業を受け、メモをして、試験を受けてみる。こうした試みの成果によって、「学校の教室でも使ってみよう」という流れをつくっているのです。
楢橋:喧騒の中でも、先生の声だけがクリアに聞き取れることに驚いた子どもたちの顔がぱっと輝くのが印象的ですね。私たちが日常、当たり前のようにしている「雑音を無視する」とか、「聞きたい声だけを聞き取る」ということが難しい人もいる。そういうことに周囲が気づいていない。つまり「そこに困り事がある」ということを知らないわけですよね。役に立つテクノロジーを生み出すためには、まず知ることが必要だと痛感しました。
中邑氏:本人だって、気づいていないことが多いわけです。自分の聞こえ方が、他人と違うことなんてわからないですから。先生たちも、ほとんど気づけない。聞けない子、読めない子、書けない子という特性の存在さえまだまだ知られていないのです。知らなければ、その子たちに対する配慮もできませんし、こういうツールがあることを知ることもできないわけです。
このように障がい認定がされていない特性のある子どもたちが、不登校になってしまうケースもあります。子どもも親も、障がいがあるとは思わず、つまらないから学校に行かないのだと思い込んでいる。その子に合った適切な方法やテクノロジーがあれば、普通に勉強ができる子はたくさんいるのです。
−− 中邑さんのプログラムには、成績優秀な子どもも参加しているとのことですが、こうした子どもたちにはどのような特徴がありますか?
中邑氏:成績優秀で勉強ができても、国際社会の中に出たらやっていけない子はたくさんいます。例えばポルシェジャパンの協力で実現した2021年の「夢に向かう力を引き出すプログラム」では、情報機器の持ち込みをあえて禁止にしました。親元を離れ、帯同スタッフからもヒントがもらえないこの旅の目的地は、北海道の十勝にある「森の馬小屋」でした。子どもたちは新千歳空港までは着いたのですが、そこから「森の馬小屋」への行き方がわからない。
そこで「どこにあるか、聞いてみな」と伝えたところ、「誰に聞くんですか?」「インフォメーションセンターなら聞けますけど、知らない人にそんなことを聞いたら失礼じゃないですか」と言うのです。周りには地元の人がたくさんいるのに、声をかけることができない。結局、2時間かけても情報を得ることはできませんでした。
そのくらい今の日本の若者の“生きる力”は落ちています。もう成績うんぬんの問題ではありません。しかし、こういった子が成績だけで評価されて、そのまま日本のリーダーになったりするわけです。たしかに、インターネットで調べたら1秒で“正解”は判明するかもしれません。しかし人に道も聞けない子に、人と関わり合って成り立つ国や社会を任せられるのでしょうか。だから「成績は良いから」と放っておかずに、どうにかしなきゃいけない。
この考えにポルシェジャパンが賛同してくれて、引き続きLEARNの中では、“生きる力”を育むプログラムを展開しています。2022年の夏には、「見えてないものを見てみないか?」をテーマに、5日間のサマープログラムを行いました。四国へ行き、鰹漁に出て漁師さんに学んだり、医療的ケアの地域拠点を訪れたり。最後はポルシェ・エクスペリエンスセンター東京へ戻り、ポルシェに乗せてもらいました。人と自然と科学技術を目まぐるしく学ぶプログラムとなりました。
楢橋:これはまさに、“生きる力”を培うプログラムですね。私は、知識を生かすためには、体験が必要だと考えています。学習によって知識をつけることはできますが、それをどう生かすか、使っていくのかという部分は、体験を通して身に付くものものだと考えているからです。例えばまなびポケットで学習し得た知識を、外に出て使うことができたら、「わかった」から「できた」となり、自らの力になるだけではなく、さらに学ぶ意欲にもつながると思います。
そして、その逆もある。ある体験をして、いろいろとわからないことがでてきて、それが学習意欲につながることもあるはずです。そのような学びは、モチベーションが非常に高い状態で行うことができますから、効果が高いと思います。体験からわからないことが生まれて、知識を得たいときに、そこにまなびポケットがあれば、子どもの成長の役に立てるのではないかと思っているのです。
中邑氏:そういうことは本当にあるんですよ。ひきこもりの子を家から連れ出す「家出プログラム」で東京駅に着いた子が、掲示板や看板の漢字が読めないことにショックを受けていました。これまで地元から離れず、家に閉じこもっていたわけですからね。「大学に行きたいし、勉強しようかな」と言っていましたよ。
楢橋:私は学校にもよく伺うのですが、先生の数も時間も足りないことを痛感しています。新しいテクノロジーを導入するご提案をしようとしても、「余計に大変になる」という反応が少なくありません。ですから、私たちの提案するものが、先生方の仕事を増やすようなものであってはならないと考えています。
しかし、テクノロジーで貢献できることは実はたくさんあるのです。先生方が今まで2時間でしてきたことを1時間で終わらせることができれば、その1時間をご自身の研究や生徒への細やかな指導に充てることができます。
中邑氏:それは非常に大切なことです。今、先生には時間の余裕がまったくありません。
楢橋:まなびポケットは、学習者が自分らしく学ぶことももちろん大切にしているのですが、先生をエンパワーする、支援することも大きな柱のひとつです。何かシステムを入れたら大変になるのではなく、時間に余裕ができる。空いた時間でいろいろなことをしていただきたいと思っています。先生自身が、学ぶ、考える、改善するという機会が持てなくなっていると聞きます。新しいツールの導入で、その時間を生み出していくのが、テクノロジーを扱う私たちの仕事だと考えているのです。
中邑氏:今は学習指導要領の縛りがあるために、教育センターも教育学部も、新たな学びをつくり出すことが容易ではありません。もちろん時間も予算もない。そのために、先生たちは教育を変えたくても、すぐには動けないのが実情です。
僕たちは今、企業からの支援を受けて先生のための学びの場「LEARN Teachers Academy」を新たに準備しています。無料で学べる「オンライン教育学部」のようなものです。そこで、基礎コースを終えた先生には、リアルで行う演習があるのですが、そのための奨学金も出そうと考えています。先生にとっての学びの場をつくろうとしているのです。今は国には教育を変える力がありませんから、先生が学ぶ場を協力して用意しなければなりません。
楢橋:企業の社会的貢献のひとつとして、子どもたちや先生の学びをサポートする重要性は高まっていると感じています。
中邑氏:ポルシェジャパンだけでなく、LEARNの理念に共感してサポートしてくれているニトリホールディングスなど、企業の協力もあってLEARNが運営できています。国が手をかけられないところに、我々が手やお金をかけていかなければなりません。LEARNが始まって2年が経ちましたが、今ではLEARNプログラムへの参加を「出席」として扱ってくれる自治体もあります。学校ではできない教育を、学校教育を補完するような形でこれからも続けていきたいと考えています。
楢橋:公教育や行政にまで支援を広げられているのは素晴らしいことですね。私たちも企業共創やテクノロジーの力でできることを、引き続き追求していきたいです。
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