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Future Talk
2022.05.20(Fri)
目次
林雅之(以下、林):そもそも日本の建設・設備業界のDX化はどの程度まで進んでいるのでしょうか。また、業界全体の現状と課題についてはどのようにお考えでしょうか。
佐々木洋二氏(以下、佐々木氏):日本の建設・設備業界のDX化は、決して進んでいないわけではないと思います。進んでいないように見えるのは、今までの業務の基本を変えないまま、部分的にDX化してきたからでしょう。問題は、局所的な最適化がなぜ全体最適につながらないのか、ということです。
建築は一品生産で、建物ごとに内容が違います。しかし、全体の業務フローのなかで、計算手法や図面の書き方などは部分的に最適化しやすく、これらをDX化することで効率よく作業負荷を軽減でき、多様な建築に適応できます。例えば、手計算を表計算ソフトに、手書きの図面をCADにと置き換えてきたように、最近では現場調査にドローンを導入したりと、各部分のDX化・最適化は業界全体で進んできてはいるのです。
それでは業務フロー全体がDX化しない大きな原因はなぜか。業界の特徴である重層的な請け負い形態にあります。それぞれの元請け業者のやり方が、その現場のスタンダードとなり、我々はそれに合わせることになります。したがって、一元的なシステムや業務フローをつくりにくい状況があります。とはいえ、各部分が最適化されていれば業務効率はある程度まで上がるし、設計変更にも対応しやすい。そういう考えのもとで業界のDX化は進んできたのだと思います。
林:点が線になっていかない現状があるということですね。他方で、深刻な人手不足の解消のためにも、ロボットや人工知能を使って現場のデータを収集し、それらを遠隔で効率的に制御するシステムの導入が待たれているような状況もあります。
佐々木さんがおっしゃるDXによる「全体最適」においていま考えるべきことは、つまりサプライチェーンを回していくということだと思います。データを自社だけでなく関係取引先にも公開範囲を決めて共有し、効率的なリソース活用を進める。そのためには多層構造からなる建設現場の仕組みをすべて変えなくてはなりません。しかし、現場にはベテランの技術者・職人さんもいます。業界の事情を踏まえると、従来のやり方を変えていくのはなかなか難しい。テクノロジーの導入と同時に、現場の理解をいかに得ていくかが課題ではないかと考えますがいかがでしょうか。
佐々木氏:その通りです。おっしゃるように現場の理解というのが何よりも重要だと思います。2020年に弊社で推進した「現場支援リモートチーム」が経済産業省の「DX銘柄2020」に選出されましたが、実装が成功した理由は現場がその有効性を認めたからにほかなりません。つまり、単なるトップダウンでDX化が行われるわけではなく、現場が「これは便利だ」「たしかに効率的だ」と認めて、なおかつ自発的にそのツールをカスタマイズしていくことが本質的なDX化の要件だということです。小さな成功体験を少しずつ積み重ねていくことが、改革への着実な歩みになると思います。
林:そうした柔軟な開発やカスタマイズを自社のなかで行うことができる内製の重要性は、今後さらに注目されていくはずです。そうした部分を外部のベンダーに任せきりにしてきた企業は多く、それらをいかに自社で引き取れるか。海外ではベンダーへの外注3割、内製7割が平均であるのに対して、日本の状況は真逆です。
しかし、昨今はベンダー側から内製に人が流れる傾向があります。DXを進めていくためには、まさに御社のように自社のなかで課題意識を持って取り組むことが肝になるということが認知されてきたのだと思います。以前はアウトソーシングという言葉が称揚されましたが、これにも切り分けが必要です。例えば、自社のコンピテンスになりそうなソフトウェア開発は外注しない、しかし競争優位性がない部分は外部に任せるといった具合です。
林:さきほどの「現場支援リモートチーム」について、詳しく教えていただけますか。
佐々木氏:「現場支援リモートチーム」の目的は、チームを組んで個人の役割分担を明確化し、技術者は現場に、サポートチームはそのアシストに専念させることです。当初この仕組みは、オフィスと現場のリモート化を想定しており、コロナ禍以前から導入が進められていました。奇しくもそれが、在宅ワークが常態化した現在においても奏功したというわけです。従来のような管理職が現場を回って評価する方法ではなく、オンラインを介した連携が実現したことで、管理職と現場のコミュニケーションが活発化しました。そして、それが結果として事業品質の向上という成果を生みました。
林:なるほど。構造改革につながるソリューションの開発・導入は言うは易しですが、実際に決定から浸透までをスムーズに実現させるのは難しいことだと思います。そのあたりの意思決定のプロセスについてはいかがですか。
佐々木氏:弊社では「空間価値創造企業」という長期ビジョンを掲げ、中期経営計画として2022年からの3年間で社内外の基盤を整備するというメッセージを打ち出しました。経営層と従業員のマインドセットにギャップが生まれないよう、丁寧なインナーコミュニケーションを重ねながら、業務のなかにある問題を洗い出して目的を明確化し、それに対する合理的な手段が取られているかを判断する。そうしたプロセスが、組織の意思決定においては重要だと考えているからです。
林:CIO(最高情報責任者)という立場では、具体的にどのようなことに取り組んでいるのですか。
佐々木氏:私がCIOになってまず着手したのは、情報管理にいくら投資しているのかを把握することでした。各部署が独自の裁量で行っていた投資を洗い出したところ、基幹システム群の構築や保全にかかるコスト、いわゆる「守り」の投資が圧倒的に大きいことがわかりました。では守りにかけるコストを圧縮できるかと言えば、それはそれで難しいので、ひとまずはそこへの投資を少しずつ増加させ「攻め」に転換できるよう提案しているところです。
林: DX化への中長期的な「攻めの投資」については、どのような取り組みを進められているのでしょうか。
佐々木氏:我々の業界ではBIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)というものが国の主導のもとで進められています。まだまだ浸透の途上ですが、一部の設計事務所や大手ゼネコンがBIMを今後のプラットフォームにして業務プロセスを変えていこうと働きかけています。むろん、我々もこの動向を推進していく立場としてBIM関連の「攻めの投資」を推進していこうと考えています。このほかにも施工効率化のツールやハードウェアへの投資を進めていくことは、社内でオーソライズできている状態です。
林:BIMや、NTT Comが推進しているSmart Data Platformのような次世代の情報プラットフォームが整備されていくことで、これまでにないかたちでデータの利活用が可能になります。そのような環境下でのスマートビルディングの取り組みは、モビリティや公共サービスとリンクしていくことでスマートシティのアウトラインを描く役割を果たしていくと思います。データ利活用についてはどのように考えていらっしゃいますか。
佐々木氏:私は、建設・設備業界の全社が各社の強みをいかして共創できるようなデータプラットフォームが実現しないかなと常々考えてきました。そのようなインフラがあれば、最初に申し上げた業界特有の重層的な請け負い形態の中でも、各自が必要なデータを引き出してアウトプットをつくり、レスポンスすることが可能になるようなデータ利活用が進みます。いまはBIMがこれに相当するツールになるかもしれない、という時期です。まだ社内や特定の現場でしか活用されていないので、プラットフォームになり得るか否かは未知数ですが、取り組みを進めることでデータ利活用が進み、業務プロセスが変わると期待していますし、そうした展望のもとに投資の戦略などを考えていくつもりです。
林:DXによる建設・設備業界などのデータ利活用は、スマートシティの実現に貢献すると同時に、都市環境を最適化することにも役立ちます。それによって環境負荷を低減したサステナブルな街づくりの可能性が大きく広がります。また、業界が抱えている人材不足という課題は、考えようによってはDX化を推進するインセンティブでもあるわけです。そういった意味でも、まだまだ可能性を秘めた業界ですね。
佐々木氏:業界として“競争する領域”と“共創して基盤を整えていく領域”を区別しつつ、次のステージに進んでいく。そうした展望のなかに建設・設備業界の「これから」が見えてくるのだと思います。
私たちは『ダイダングループサステナビリティ方針』を策定しています。これは、ステークホルダーへの影響を考慮した上で、弊社にとっての重要度が高い課題として「脱炭素社会への貢献」「健康・安全に配慮した働きがいのある職場環境」「研究・人材育成を通じたイノベーションと生産性向上」「協力会社・サプライヤーとのパートナーシップ」を掲げたものです。こうした課題を解決するためにDX化推進は不可欠ですし、そうした取り組みを通じてサステナブルな建物の建設や、街づくりに貢献できるのではないかと考えています。
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