Future Talk

2024.10.04(Fri)

連続社内起業家に聞く、大企業だからできる
新規事業・社内ベンチャーの進め方

#働き方改革 #共創 #イノベーション
世界中に山積する社会課題や変動する社会動向に合わせて、企業も既存の事業を活かしながら、新たな事業によってより幅広い社会貢献やビジネスの可能性を追求することが求められています。一方、大企業が新たな事業へ挑む時、自らの所属する組織や事業の大きさに起因する障壁が存在するのも事実です。この壁を乗り越えて、国内最大級の電子コミック・書籍ストア「コミックシーモア」を運営するNTTソルマーレ、太陽光発電の遠隔監視装置「エコメガネ」を展開するNTTスマイルエナジー、そして、眠りのDXによって未病ケア社会を創るNTT PARAVITAの3社の社内ベンチャーを連続して立ち上げたNTT西日本の猪原祥博に、大企業で挑む新規事業のポイントを聞きました。

目次


    事業開発は、企業がやるべき仕事そのもの

    ―NTT西日本で新規事業の創出組織に所属し、これまで3つの子会社を立ち上げられてきた猪原さんから見て、大企業が新規事業の開発に挑む意義はどんなところにあるとお考えでしょうか?

    企業の存在意義は、世の中の役に立つことにあると思っています。中でも大企業は、その活動によって大量の二酸化炭素排出をはじめとする社会課題を生み出してきた存在でもあるわけですから、自分たちがつくった問題を解決していくことは当たり前の話です。またマイナスをゼロにするだけでなく、ゼロをプラスにするという観点でも、資金も人材もブランドや信用も抱え、余裕のある大企業こそ、困難な社会課題の解決に積極的であるべきだと考えています。

    P.F.ドラッカーは『イノベーションと企業家精神』という本の中で、「企業家精神は生まれつきのものでもないし、創造でもないし、仕事である」という趣旨のことを言っています。新たな事業を生み出して社会の課題解決に貢献することは、特別な誰かの役割ではなく、もともと企業が企業家精神を発揮してやるべき仕事であって、それをやらないことは仕事をしていないことと同じだと言っています。既存事業も元々は新規事業であったわけですが、時代が変わっても同じ事業だけをやり続けるというのは、企業のあるべき姿ではないはずです。

    猪原祥博 (NTT PARAVITA マーケティング部長)
    1973年広島生まれ。連続社内起業家。NTT西日本で新規事業の創出組織に所属。国内最大級の電子コミック配信サイト「コミックシーモア」を運営するNTTソルマーレをはじめ、子会社3社を連続で立ち上げる社内ベンチャー実績を持つ。新規事業創出のプロフェッショナルとして、多くの企業で講師を務め、大学での講演実績も多数。

    ―今の大企業の事業開発への取り組みについて、どのように見ていらっしゃいますか?

    どの企業でもアイデアコンテストなどを開催していますが、せっかくの選ばれたアイデアをそのままで終わらせず、実現させるための予算をもっと増やした方がいいと感じています。優勝したら、少なくとも億単位の資金を与え、「とにかく失敗してこい」くらいの思い切りが必要ではないでしょうか。それでこそ、参加者の本気度も上がるし、動いた時に学べることも多くなるはずです。新規事業というと、まずは少額から始めて軌道にのったらお金を追加していくというイメージを持つ企業も多いと思いますが、そもそも少額の資金で事業を成功に導けるようなスーパーマンは、大企業にはいないように思います。アイデアコンテストはやった方がいいのですが、探索も含めてお金をたくさん使わせて失敗して学んでいくことが成功への近道であり、起業家人材の育成にもつながります。お金を出せる余裕のある大企業こそ、困難な社会課題を解決できそうな新規事業と有望な社員に対して、資金を投じるべきだと思います。

    大企業の恩恵を受けながら大企業の壁を越えるジョイントベンチャーのメリット

    ―猪原さんがこれまで立ち上げてきた事業は、十分な資本金とともにスタートされたのでしょうか?

    燃料満タンで、積めるだけ積んでから走り出しています。やはり大企業が取り組むべき領域は、解決すべき社会的な課題も大きいため失敗するリスクも高い領域にこそあると思っています。そのような未開の領域においては、2-3年程度の試行錯誤を必要とするため、ざっと10億円くらいの資金がないと、すぐに行き詰ってしまいます。これを一社でポンと出せる企業はなかなかありません。なので、私の場合は出資相手を見つけて、リスクを低減するという手法をとっています。

    ―大企業で新規事業を立ち上げる場合、ジョイントベンチャーの設立がおすすめということでしょうか?

    大企業の中で新規事業を立ち上げる時に、最大の壁となるのは既存事業です。安定的かつ効率的に運用されている既存事業と、それを運用している組織の文化が、混沌として手探りの新規事業開発と相性がよくありません。仮に新しく事業開発部をつくってみても、企業の中の一部署でとどまる以上、組織の文化が影響を及ぼしてきます。例えば、旅費申請のひとつ見ても、大企業は詳細までルールが整備されていて、柔軟性がありません。決定や実行のスピードを重視する新規事業が大企業の組織文化から脱却するためには、会社ごと分けてしまうことが一番で、これが成功の土台になります。

    会社を分けても、例えば私の場合、NTT〜と名乗ることができたことで、社会的な信用力を棄損することなく、スピーディーに動くことができました。資本金の過半数以上をNTTグループで出していれば、NTT〜と名乗れ、ほとんどの人にスムーズに会うこともできました。大企業の信用力は使わないともったいないです。

    また他社から資金を拠出してもらうジョイントベンチャーであれば、相手企業の強みを活用できることも大きなメリットです。例えば、私が3社目に立ち上げたNTT PARAVITAはスリープテックが事業領域ですが、NTTグループに睡眠の知見はほとんどありませんでした。事業の成功には、合弁相手となったパラマウントベッド株式会社が10年以上かけて睡眠を科学してきた知見が必要不可欠でした。しかし、業務提携ではそこまでの深い関係性にはなれません。2社でいっしょに子供をつくるように新しい会社を立ち上げるジョイントベンチャーだからこそ、お互いの知見を出し合ってシナジーを最大化させることが可能になります。

    NTT西日本の子会社として、これまでに異なる業種で3社の立ち上げに成功

    もちろん、社内から出資してもらうためには、社内承認も避けては通れません。既存事業から離れた領域で社会課題を解決すると言っても、不安がられるのは当たり前です。その壁を乗り越える際にも、ジョイントベンチャーという体制が効果を発揮します。私が2社目に立ち上げたNTTスマイルエナジーは太陽光発電の遠隔監視装置を展開していますが、スリープテックの時と同じように、NTTには再生可能エネルギーの知見がほぼありませんでした。しかし、太陽光発電の心臓装置とも言えるパワーコンディショナのトップシェアメーカーであるオムロン株式会社とのジョイントベンチャーとすることで専門領域の知見を取り入れることができました。そうした知見が事業の確からしさを高め、社内での承認へとつながっていきます。専門性をもったパートナーの参加は、未知の領域への出資に対する不安を払拭し、社内承認を得る上で大きな力となりました。

    新規事業の原動力となり、成功の鍵を握る“大義”

    ―猪原さんのご経験を踏まえて、新規事業を立ち上げるプロセスにおけるポイントを挙げてください

    新規事業の本質は世の中をよりよい場所に変えていくという大義であって、ビジネスはそれを実現させる手段だと思っています。ビジネスとして成立すれば、あとは自分がいなくても自動的に世の中の課題解決が進んでいくはずです。例えば、NTT PARAVITAは睡眠データを分析し、不良な睡眠状態を改善していくことを生業にしています。良好な睡眠状態の方は本当に少ないのです。これをビジネスとして成立させることができれば、多くの人の睡眠状態が良好になり、結果として病気が激減して生産性も高まり、社会全体の医療・介護費が下がり、パフォーマンスも向上していきます。そのサイクルを回す上では何よりビジネスとして成立させることがポイントです。試行錯誤を繰り返しながら、目安としては新会社として単年で黒字を出すところまでもっていきます。そこまでいくと、世の中に存在していない価値あるビジネスなので、あとは勝手に新しい市場として拡大していくフェーズに入ります。あとのことは事業拡大が得意な方に任せればいいという感覚です。

    ―単年黒字を出すまでのプロセスで重要なことは何でしょうか?

    単年黒字を出すまでは試行錯誤の連続で、くじけそうになることも多いです。だから、やっている自分が楽しんでやれて「人生の貴重な時間」を使う意義があると心から思える事業に取り組むことが重要です。それを私は、「ワクワクできる大義」と呼んでいます。社内起業、新規事業をやるなら、自分がワクワクできない領域には、絶対に手を出さない方がいいですね。通常はうまくいかないことが多いですし、方々から批判されることも日常茶飯事です。「会社のため」と思ってやっていても、その会社から批判されたら、何のためにやっているのかわからなくなってしまいますから。それでも、諦めず続けられるのは、「世の中のためにやっているという大義」です。

    そして、大義をエンジンにして、とにかく前を見て行動し続ける先に成功があると思います。P.F.ドラッカーはこうも言っています。「企業家精神とは気質ではなく行動である」と。

    ―これまでの事業において、猪原さんが大義にたどり着いたプロセスをご紹介ください

    2社目のNTTスマイルエナジーが軌道に乗ってNTT西日本に帰ってきた時、人間のバイタルデータを分析して認知症の予兆を検知するAIエンジンの事業化を任されました。ところが、認知症のことをいくら調べても一向にワクワクしませんでした。そこで立ち止まることなく、さらに幅広く調べていくと、このAIエンジンはバイタルデータの中でも睡眠情報を活用した場合の精度が高いことがわかり、ここで心が動きました。睡眠は5人に1人が何らかの睡眠障害を抱えていると言われていて課題感も大きいし、まだわからないことが多い睡眠という世界に神秘的な魅力も感じました。ただ、わかっていることも増えていて、睡眠が不良だと認知症を含めた大きな疾病すべての発症リスクが高まるし、パフォーマンスの低下にも直結します。そして決定的だったのは、「黄帝内経」という2000年前の中国の医学書にある「二流の医者は病気を治す、一流の医者は未病で治す」、即ち「病気にさせないという考え方」に出会ったことです。ICTを活用して不良な睡眠を改善することで、認知症を含めた未病ケアの社会が実現できるかもしれない。このアイデアで完全に心が掴まれ、3つ目の事業開発を加速させていきました。

    ―なるほど。最後に、社内ベンチャーや新規事業へのチャレンジを考える人たちへ、メッセージをお願いします。

    大義を持つことは、ジョイントベンチャーの相手となるパートナーを巻き込む時にも重要です。「こういう世界をいっしょにつくりませんか?」と提案して賛同が得られれば、あとは細かな擦り合わせの問題になっていきます。逆に、大義に共感がなければ、「それで本当に儲かるの?」という話になりがちです。パートナーだけでなく社内の承認者も含め、大義は人を巻き込む時の鍵になっていくものだと考えています。事業を取り巻く多くの方々の共感や支援がないと、新規事業はうまくいきません。それらを獲得する上で必要不可欠なのが「事業の大義」なのです。大義は、自分が粘り強くなれるための源泉にもなりますし、仲間を集めるうえでも重要な概念になるので、それに取り組むことの「ワクワクできる大義」は何なのかを突き詰めてみていただければと思います。

    NTTソルマーレ株式会社
    https://www.nttsolmare.com/

    株式会社NTTスマイルエナジー
    https://nttse.com/

    NTT PARAVITA株式会社
    https://www.nttparavita.com/

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