2024.10.09(Wed)
Carbon Neutrality
2023.12.27(Wed)
#39
目次
——2023年9月にリリースされたクラウドサービス「MIeCO2」とは、どのようなサービスなのでしょうか?
久保田洋 (NTT Com/以下、久保田):MIeCO2は、鉄鋼製品を含むサプライチェーン全体のGHG(温室効果ガス)排出量を算定・可視化・分析するクラウドサービスです。長きにわたって鉄鋼業界の物流を担ってきた伊藤忠丸紅鉄鋼をサービス提供者として、 NTT Comが提供するGHG排出量可視化プラットフォーム「CO2MOS(コスモス)™」とウェイストボックスが持つ環境コンサルティングの知見を活用した共創事業になります。
加藤俊哉氏(伊藤忠丸紅鉄鋼/以下、加藤氏):MIeCO2が提供するサービス内容は大きく2つあります。1つめは、サプライチェーンにおけるGHG排出量の可視化です。自社内で収集可能なデータによる簡易的な算定から、サプライヤーより収集したデータをスムーズに連携・反映する精緻な算定まで、ユーザーの保有データに応じたサプライチェーン全体のGHG排出量算定・可視化・分析を行います。
2つめは排出量算定支援・コンサルティングです。GHG算定範囲(バウンダリ)の決定、算定ロジック定義、データ収集方法の具体化、財務情報との整合性確認など排出量算定に関わる業務をトータルでサポートします。
また、CDP(Carbon Disclosure Project/投資家たちが企業に投資する基準として重視する気候対策企業格付け「CDPスコア」を作成するイギリスで設立の環境非営利団体)質問書への回答作成や、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)情報開示、SBT(Science Based Targets/パリ協定が求める基準に沿ったGHG排出削減⽬標)認定取得の支援も行っていきます。
——カーボンニュートラルをめぐる社会動向が目まぐるしくアップデートされる中、産業界ではどのような変化が起きているのでしょうか?また、企業はいま何を求められているのでしょうか?
鈴木修一郎氏(ウェイストボックス/以下、鈴木氏):脱炭素への活動を評価する仕組みや環境が急速に整ってきており、企業への経済的なインパクトも予見されることから、活動の第一歩となるCO2排出量の可視化は昨今の実業界のトレンドになりつつあります。
この、いわゆる排出量の「見える化」は、その情報をどこに、どのように開示するかによって、大きく3つの分野に分かれています。
1つめは、情報の開示先が「社会」である場合です。このとき開示される情報は先述のSBTやTCFD、そして「Scope3」などの観点に基づいています。Scope3とは、プロダクトの原材料調達から製造・販売・消費・廃棄に至るサプライチェーン全体において排出されるGHGの量を指します。その算定・把握は、企業が1年間で地球にどの程度ダメージを与えたかを推し測るために必要で、SBTやTCFDなどの目標や義務に照らした企業活動の評価に不可欠なものです。
2つめは、開示先が「取引先」である場合です。企業が生産した物を顧客に納品する、外国に輸出するといった場合には、製品単位でCO2排出量を見える化する必要があります。このときキーワードになってくるのは、製品やサービスのライフサイクル全体を通して排出されるGHGの排出量をCO2に換算する「CFP(カーボンフットプリント)」といった諸概念です。
3つめは、環境価値=クレジットとして情報を開示する場合です。ここでは組織でも製品でもなく、プロジェクト単位で物事を見ます。キーワードになってくるのは、GHGの排出削減量や吸収量をクレジットとして国が認証する「J-クレジット制度」、同様の価値/クレジットを国内外のNGOや企業などが認証/発行するボランタリークレジット(VCS、GS)、環境価値を創り出すことでCO2の排出活動による環境負荷を埋め合わせるという考え方「カーボンオフセット」などです。
総じて、CO2可視化のゴールはひとつではなく、目的や用途に応じてさまざまな達成項目があるといえます。企業ごとの環境価値への取り組みが連鎖すること(カスケード効果)によってサプライチェーン全体のGHG排出量を削減していく流れは、とくに昨今顕著です。事業において直接的な排出削減は難しくても、環境価値(クレジット)の創出という方法で環境負荷を低減するという選択肢もあります。
また、EUをはじめ諸外国と取引をする上ではCBAM(Carbon Border Adjustment Mechanism:国境炭素調整措置、2023年10月にEUが世界に先駆けて導入開始した国境炭素税)などの取り組みにアジャストし、適切な情報を開示する必要も生じています。世界の情勢や環境保全への考え方は日々変化し、国際的に議論も深まっていく中で、ここに挙げた取り組みに協力していく必要性は、昨今ますます高まっているといえるでしょう。
——MIeCO2のサービスとしての特徴はどのような点にあるのでしょうか?コンセプトや導入のメリットについて教えてください。
久保田:CO2可視化サービス自体は、すでに世の中にたくさんあるのです。算出自体は比較的シンプルですので、すでに多くのスタートアップがさまざまなツールをスピーディーに開発・リリースしています。しかし当然ながら、ただ算出すればいい、見える化できれば万事OKというものではないんです。
3社でのコンセプトメークの中で常に議論してきたのは、どのようなバウンダリ(範囲)で考え、どのように数字を整理していくのか、ということでした。算出システム自体は誰でもつくれてしまう。重要なのは、その一歩手前にある「有意義なインサイトを導く方法論」だということです。
そもそも、ここ10年のあいだに環境リスクに対する考え方は急激に変化しましたし、新しい概念や基準が次々に打ち出されました。そして気づけば「では、やってください」と対応を迫られている。鉄鋼業界に限らず、多くの業界・企業がアジャストに苦慮しているのが現状だと思います。大企業や伝統的な業種ほどDXやGX(グリーントランスフォーメーション)への取り組みは遅れがちですし、社内のリテラシーを醸成しようにも何から手をつけていいかわからない、というのが正直なところだと思います。
加藤氏:こうした状況の中で、私たちはGXのツールを販売するだけでなく、ユーザーである各社の不安を取り除いていく親身なコミュニケーションの必要性を感じています。ウェイストボックスの環境に対する専門知、NTT Comのテクノロジー、伊藤忠丸紅鉄鋼の鉄鋼業界への理解と経験値。この3社の共創によって、カーボンニュートラルへの取り組みをワンストップでサポートすることが可能になります。MIeCO2は単なるツールではなく、企業に寄り添い支援するサービスとしてほかにはない強みを持っているのです。
——そもそも、このプロジェクトはどういった経緯で立ち上がったのでしょうか?
加藤氏:2020年にGHG排出量の可視化・削減を起点に事業構想をはじめた当時から、我々はScope3をテーマに掲げていました。当時はまだScope1、2もあまり認知されていない時期でした。しかし、商社の視野でCO2排出量について考えれば、それが物の動きと密接に関わる以上、いずれサプライチェーン全体が問題になってくることは明らかでした。
したがって、サプライチェーン全体のCO2排出量を可視化するシステムをつくる必要があると考え、早くから構想を練り始めました。同時に、サプライチェーン全体に携わってきた弊社の知見を環境負荷軽減に役立てることができれば、鉄鋼商社としての伊藤忠丸紅鉄鋼のバリューも向上するはずだという期待もありました。
また、日本全体のCO2排出量の約12.5%が鉄鋼業界によるものとされており、これは産業部門全体の約36.7%という、かなり大きな割合を占めています。しかし一言で鉄鋼業界といっても、そこには多くの企業が含まれています。業態によってCO2排出量にはかなり差があります。
先ほどの「12.5%」の多くは製鉄に必要な原料を燃やすときに排出されるCO2であり、鉄鋼メーカーは新しい製鉄法の開発などを通じて削減努力をしています。対して、鉄を加工している企業はそれほどCO2を出していません。しかし、GXへの取り組みが「組織」や「製品」ごとに評価される仕組みであることも踏まえると、「加工や流通を担う企業は関係ない」と考えるのは業界のサステナビリティー実現にとって好ましい状況ではありません。
さらに、一般社会でも「鉄鋼業界はCO2排出量がかなり多い」というイメージはすでに定着してしまっています。そういった印象を払拭していくためには、排出量の多寡でなく、業界全体で排出削減に取り組んでいるというアピールが必要です。ゆえに私たちは鉄鋼業界のサプライチェーン全体を視野に入れた取り組みを重視しているのです。
——なるほど。企業にかけられるGX活動への期待や責務は、日増しに大きくなっていますね。カーボンニュートラルをめぐって、今後の社会はどのように変化していくと思われますか?
鈴木氏:大きく2つの方向性があると思います。1つはScope3を念頭に置いたサプライチェーン改善の動きです。組織としてCO2排出量を削減する取り組みをしている、または意志があるということを財務情報として社会に開示していく流れは今後も加速していくと思います。
もう1つは、製品のフットプリントに関する動きです。輸出、とくに国際的な炭素調整メカニズムにアジャストしていくことはもちろん、製造過程におけるCO2排出量などの環境負荷を把握し、同時にサプライヤーに情報開示を求めていく方向に舵が切られています。
要するに、環境リスクの観点から企業を評価する動向がますます顕著になるということです。企業の善意が取り組みをドリブンするというよりは、評価軸とルールに沿わないことで被るデメリットやペナルティーが変化を促しているというべきでしょうね。
——社会の急激な変化とそれにアジャストしていく企業。まさに過渡期といった感じですね。
久保田:今後、各企業は具体的なアクションを求められていくと思います。そんな時期だからこそ、取り組みの方向性や適正性について親身に相談に乗ってくれる相手が必要とされるはずです。企業がいま何に困っていて、どんな不安を抱えているのか。その解決に向けて、どんなソリューションを提案できるのか。顧客に寄り添ったコミュニケーションを私たちは「ウエットなカスターマーサポート」なんていったりしますが、MIeCO2がそのようなサービスであれたらいいなと思いますね。
——MIeCO2は2023年2月から実証実験・トライアルを開始し、同年9月にサービスリリースされました。これまでに本サービスを導入した企業からの反響について教えてください。
加藤氏:GX活動の必要性を感じ、GHG排出量可視化システム導入を検討していながらも、Scope1〜3への理解といった初歩的なところでつまずいてしまう企業は多いです。企業が今後何を求められているか、知識のインプットからMIeCO2活用によって目指すゴールの策定まで、トータルでサポートできることに安心感を持ってもらえています。
また、サプライチェーンの主幹となるような企業では、組織や製品、生産ラインごとでのGHG排出量の可視化、削減努力の策定、クレジットの活用方法などを一緒に具体化していく中で、サプライチェーン全体でスムーズにデータ共有をして取り組んでいける手応えを感じてもらえているようです。
——最後に、サービスの今後について展望を聞かせてください。
加藤氏:まずは、鉄鋼ユーザーである各企業が自社の排出量を把握する必要があります。CO2の活用によって業界の可視化の動きを進めていきたいと思っていますし、データを介してサプライチェーン全体をつなげていくのが今後の目標になります。鉄鋼ユーザーといっても、その裾野はかなり広く、産業界のあらゆるところにCO2のニーズがあると考えています。そういった方々をサポートしていくことが、伊藤忠丸紅鉄鋼の責務であると思っています。
鈴木氏:GHG排出量の見える化は、今後ますます当たり前になっていくと思います。次に必要なことは、排出量削減につながる具体的なサービスを提供していくことです。パートナー企業の皆さんとともに、コンサルティングやクレジット創出のソリューションの可能性を探っていければと考えています。
久保田:CO2のベースとなっているGHG排出量可視化プラットフォーム「CO2MOS」は、EU自動車バリューチェーンにおけるデータ共有アライアンス「Catena-X」などのグローバルデータ流通基盤との連携をはじめ、あらゆる業界のユーザーからフィードバックをもらいながら、GXやサーキュラーエコノミーに、よりアプローチしやすくなるようなブラッシュアップを日々進めています。NTT ComとしてCO2MOSの機能拡充に努めていくことが、MIeCO2の強化にもつながっていくと思っています。今後も脱炭素にまつわる社会動向が加速度的に変わっていく中で、状況に応じてサービスを素早く最適化していけるようにしたいですね。
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