Food Innovation

2022.09.07(Wed)

乳牛飼育にローカル5GやAIを活用。ホクレン訓子府実証農場で進む農業のスマート化

#Foodtech #事例 #AI

#14

少子化や過疎化、高齢化によって農業従事者の数は今後さらに減り続けるとされています。NTTグループが北海道のホクレン農業協同組合連合会らとともに取り組んでいるスマート農業実証プロジェクトでは、ICTの活用によって農作業の効率化や省人化を進めています。実証実験が行われているホクレン訓子府実証農場にて、ホクレン農業協同組合連合会とNTTコミュニケーションズの2社に話を聞きました。

目次


    産学官連携で農業の課題解決を目指す

    農業における人材不足を解消するためには、まずは新規就農者を増やす必要があります。すでに農業の現場では、人材不足によって労力がさらに増え、かつ生産効率が下がることで所得が低減してしまうという状況が生まれており、急を要する事態となっています。

    しかし、農作業においては一朝一夕では身につかない経験や知見が求められることや、労働時間がコントロールしづらいこと、時に肉体的な重労働をともなうことなどが、新たに農業を志す人たちのハードルになっています。

    そこで注目されているのが、農業の現場にICTを活用する「スマート農業」です。これを進めることで、作業の効率化や省人化による労力の軽減や、新規就農者の参入リスクの低減を実現させることができます。

    NTTグループとホクレン農業協同組合連合会(以下、ホクレン)が訓子府実証農場を拠点に行っている取り組みは、スマート化によって現状を改善し、日本の農業全体を活性化させることを目指しています。

    では、2社が行っている実証実験とは具体的にどのようなものなのでしょうか。プロジェクトに携わる担当者へのインタビューを通じて、ICTが農業にもたらす恩恵の大きさが見えてきました。

    訓子府実証農場

    —訓子府実証農場では現在、NTTグループを含む産学官連携でローカル5Gを用いたスマート農業実証プロジェクトが進められているとのことですが、このプロジェクトが発足した経緯を教えてください。

    武井宏紀氏(以下、武井氏):きっかけは訓子府町からの提案です。NTTコミュニケーションズ(以下、NTT Com。2022年7月にNTTドコモより事業移管)のほかに、国立大学法人宮崎大学(以下、宮崎大学)や株式会社北海道イシダ(以下、北海道イシダ)、きたみらい農業協同組合など産学官7つの組織が参加しています。

    右:武井宏紀|ホクレン農業協同組合連合会 農業総合研究所 営農支援センター 訓子府実証農場 場長
    左:齋藤伸一|NTTコミュニケーションズ 北海道支社 ソリューション営業部門 第二グループ 担当課長

    齋藤伸一(以下、齋藤):宮崎大学や北海道イシダは今回の実証に必要な技術をお持ちで、アカデミックと民間の立場でご協力をいただき、そこにNTTグループのICTを組み合わせました。

    —なるほど。ローカル5Gを使ったプロジェクトの内容を教えてください。

    武井氏:現在3つのテーマを軸に取り組んでいます。1つは、乳牛廃用の原因となる蹄病(ていびょう)の早期発見です。ローカル5G基地局を設置した牛舎に3Dカメラや4Kカメラを配置し、乳牛が正常に歩行できなくなる状態、跛行(はこう)をAIで画像解析・検知する仕組みを取り入れ、検知率80%を目指しています。

    齋藤:カメラだけで跛行を検知するという点が今回の肝で、宮崎大学にご協力いただきました。

    歩行検知のシステムイメージ
    4Kカメラ

    武井氏:2つ目は、自由に動き回れるフリーストール牛舎で牛の識別や位置を確認する「個体識別・位置検索」です。これは北海道イシダの協力で実施しているプロジェクトです。複数のカメラとAIを活用し、個体識別を行い、乳牛の動線を追跡してスマートフォンなどで位置検索を行うソリューションで、個体の検索率60%を目標にしています。

    生産者にとって牛を探す作業は負荷もかかり、さらに牛の負担にもなるということで、カメラとAIを使って個体識別を行っています。

    個体識別のシステムイメージ
    牛舎天井に設置された個体識別用のカメラ

    武井氏:最後はスマートグラスを用いて畜産コンサルタントや獣医師が診療やアドバイスを行う「遠隔診療・指導」です。獣医師の人手不足も深刻化してきており、1軒1軒の農家の往来が長距離であることからも獣医師の負担になっている現状があります。そこで、生産者がスマートグラスを装着して業務を行い、牛の状態を遠隔にいる獣医師に送信することで、対面と同じような技術指導や相談環境を遠隔で構築することを目指しています。これらが実装できれば、間違いなく北海道の酪農畜産にとって役に立つと考え取り組んでいます。

    齋藤:スマートグラスはNTTドコモの技術を導入したもので、手ぶらで作業を行いながら牛の様子を送信し、遠隔指導を仰ぐという新しい試みです。

    遠隔指導のシステムイメージ

    (※)本実証は、農林水産省「スマート農業加速化実証プロジェクト(課題番号:5G3A2、課題名:ローカル5Gを活用したフリーストール牛舎での個体管理作業の効率化に係る実証)」(事業主体:国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)の支援により実施しております。

    戸田貴之(以下、戸田):訓子府実証農場では、ローカル5Gを用いたプロジェクト以外にも、NTT Comの技術を使った実証実験として、LED付きの首輪を装着してフリーストール牛舎の牛を識別・発見する取り組みと、飼料タンクにセンサーと通信機を設置し残量を可視化して通知するソリューションの実験を行っています。

    左:戸田貴之|NTTコミュニケーションズ 北海道支社 ソリューション営業部門 第三グループ 第一チーム 主査
    右:伴泰洋|NTTコミュニケーションズ イノベーションセンター テクノロジー部門

    武井氏:牛をつながずに自由に歩き回れるスペースを持ったフリーストール牛舎は、牛たちが休む場所にゆとりができ清潔に保ちやすいといったメリットがあるのですが、特定の牛を探し出すために膨大な人の労力が必要になるというデメリットもあります。そのため、当該の牛が牛舎のどこにいるか瞬時に把握できれば、労働量を大きく軽減できるのです。

    先ほどのカメラとAIによる個体識別は牛の肉体的な負担がないことが利点ですが、導入するにはコストがかかります。より安価かつ容易に実現できる施策として、LED付きの首輪を装着することで識別を検証しています。

    LED首輪による個体識別のシステムイメージ

    飼料タンクの試みは、これまで視認によって行われてきた飼料の残量の確認・補充作業を、ICTによる残量の可視化によって、適切なタイミングで行い効率化するというものです。

    伴泰洋(以下、伴):飼料タンクに飼料残量センサーと通信機器を設置し、センサーで取得した情報を無線通信を用いてゲートウェイ経由でセンターへ収集、可視化アプリへと送ることで、スマホ上で飼料残量の状況を確認することができます。

    これまでの補充作業は、飼料を運ぶ物流ドライバーが道内の生産者を回って残量を確認し、高さ5~6メートルの巨大タンクに登って餌を補充するというものでした。かなりの重労働であることと、ドライバーも少子高齢化で減少傾向にあるため、作業の負担軽減や効率化によってドライバーのハードルを下げることは急務なのです。

    タンク内のセンサーで取得したデータを管理画面で可視化

    スマート農業の実装の先に見据えるもの

    —スマート化の実証を重ね、将来的にどのような農業のあり方を目指しているのか教えてください。

    武井氏:ホクレンは、生産者が抱えている課題を収集し、そこから実証実験を経て得られた結果をパッケージモデルとして地域に結び付け、普及につなげることを目指しています。

    ホクレンには「つくる人を幸せに、食べる人を笑顔に」というスローガンがあります。将来は訓子府実証農場の取り組みも起点に生産から消費までを1つのバリューチェーンでつなげることで、全員が笑顔になる社会をつくっていきたいですね。

    齋藤:NTTグループだけでは提供できる技術に限界があるので、さまざまなパートナーの力を組み合わせてこそ、大きな変革を起こせると思います。今回の取り組みを通じ、農業と消費者が密につながる世の中をつくっていきたいと思います。

    戸田:農業DXを進めるなかで、作業の効率化だけでなく、新規就農者の支援も進むでしょうし、現場のデータが収集されていけば事前予測など可能性はさらに広がっていくでしょう。フードバリューチェーンにおけるプロセスが可視化されると、需要予測に基づく食品ロスの削減や、市場ニーズを反映した新しい農業も可能になるかもしれません。そのような未来の実現に向け、これからも協力していくことができたら嬉しいです。

    伴:日本の食料自給率が大きな問題となっていますが、これを高めるためにも北海道が担う役割は非常に大きいと思います。その北海道で、農業の現場が物流や消費者、そのほかの業界などさまざまなものとつながっていく新たな農業の実現に貢献していきたいと考えています。

    ホクレン訓子府実証農場が行う取り組み全体についての記事はこちら

    OPEN HUB
    Issue

    Food Innovation

    目に見えない
    「食」の革命前夜

    OPEN HUB
    ISSUE

    Food Innovation

    目に見えない
    「食」の革命前夜