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vol. 09

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メタバースに真の自由を求めて。細田守監督を招いたOPEN HUB Baseイベントレポート

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バズワード化することで認知こそ広がった「メタバース」。しかし、実際にメタバースを使って活動をしている人はまだ多くありません。そうしたギャップを埋めるヒントを探るため、映画監督の細田守氏とNTTコノキュー 取締役 岩村幹生をゲストに招き開催されたOPEN HUB Base Webinar「僕らはメタバースに夢を見る」。メタバース上でのコミュニケーションの築き方、現実世界では実現できないメタバースならではの価値とは。メタバースの本質に迫るトークセッションの様子をレポートするとともに、本記事の最後で当日のアーカイブ動画をご案内します。

新しい「物語」が生み出すクリエイション

戸松正剛(以下、戸松):今日はメタバースをメイントピックにする上で、「仮想空間を体験することの可能性・希望とは何なのか」という原点をしっかり押さえながら、ビジネスやクリエイションの話につなげていきたいと思っています。そんなメタバースの「一丁目一番地」を語るウェビナーにふさわしいゲストとして、今回は映画監督の細田守さんとXR事業を推進するNTTコノキュー取締役の岩村幹生をお招きしました。まずは、細田監督はテクノロジーとナラティブの関係についてどうお考えでしょうか?

細田守(以下、細田氏):いまはまだ存在しない物事、将来的に実現するであろう物事について語り得るのがSF(スペキュラティブ・フィクション)です。人間は常に先の世界を見たいという欲求を持っています。仮にSFが現在において「あり得ない嘘」だったとしても、それは一種の欲望を喚起して、いつか本当のこととして実現するかもしれない。

現実への影響力がSFにはあります。かくいう僕もキューブリックの『2001年宇宙の旅』に、人類の技術革新が進んだ先にどんな未来が待っているのかを見せてもらいました。もう2001年は過ぎてしまいましたが、あの映画で起こったことの中で、まだ現実になっていないことはある。だからこそ、この先あのような世界が実現されるのではないかとワクワクできるわけです。フィクションは現実に影響を与えるものであり、ナラティブとテクノロジーは双方がお互いの力を必要とする関係だと思います。

細田守|映画監督
1999年に『劇場版デジモンアドベンチャー』で映画監督としてデビュー。『時をかける少女』(06)、『サマーウォーズ』(09) を監督し、国内外で注目を集める。11年、自身のアニメーション映画制作会社「スタジオ地図」を設立。最新作『竜とそばかすの姫』は自身の監督作品歴代1位の興行収入を記録し、第74回カンヌ国際映画祭カンヌ・プルミエール部門にも選出されている。

戸松:なるほど。テクノロジーを日々探求している岩村さんから見て、フィクションとはどういうものですか?

岩村幹生(以下、岩村):どうやったらこのような世界を実現できるのだろう、というインスピレーションが得られるものですね。一方で、サイエンスをやっている人間は基本的には自然探求をしています。人間とは、生物とは、宇宙とは一体何で、どういう構造をしているのかを日々知ろうとしている。テクノロジーはそういう探求の中から生まれてきて、プロダクトに実装されます。用途を前提にされて生まれてくるわけではないので、後になって思いがけないことに使える可能性がある。インターネットや核兵器などがまさにそうですが。

岩村幹生|NTTコノキュー 取締役
NTTコノキュー取締役として、メタバース・デジタルツイン・XRデバイスを事業軸に、各種XRサービスの企画・開発・運営を担う。現実・仮想世界をXRで編集し、自由な表現のできる媒体を提供、夢や思いを共感しあえる世界の実現を目指す。

細田氏:そうですよね。テクノロジーは必ずしも明るい未来をもたらすものではありませんし、SFもまた明るい未来ばかりを描いてはいない。SFは少なからず社会課題や人類規模の大きな問題について言及するものです。『2001年宇宙の旅』は東西冷戦時代につくられた映画。

そこには現実に起きている危機は直接的に描かれてはいないけれど、間違いなく当時の時代観を反映しています。現実の問題をフィクションの中に反映し、それをどう主人公が乗り越えていくか。それがSFの構造なわけですが、だからこそSFは現実に影響を与える力があるのだと思いますね。

戸松:なるほど。そういう目線でSF作品を見ることで新たな発見がありそうですね。

細田氏:そうですね。主人公は危機をこのように脱した。では、それを現代に置き換えるとどうなるのか。そう考えてみることは意味のあることだと思います。

メタバース空間に「間合い」は必要か

戸松:人類進化の過程で、コミュニケーションの仕方は言語、文字、印刷、電話、インターネットという具合に進化を続けてきました。では、メタバースが私たちのライフスタイルに実装されたとき、どんなコミュニケーションが可能になると思われますか? 細田監督の『竜とそばかすの姫』では、主人公がバーチャルな世界にかなり没入していますよね。これもまた、従来とは全く異なるコミュニケーションだと言えるわけですが。

戸松 正剛|NTTコミュニケーションズ OPEN HUB for Smart World代表
NTTグループ各社にて、主にマーケティング/新規事業開発に従事。米国留学(MBA)を経て、NTTグループファンド出資のスタートアップの成長/Exit支援、Jリーグほかプロスポーツ業界とのアライアンスなどを手掛ける。2018年大企業同士の共創コミュニティー「C4BASE」を立ち上げ、運営。2021年OPEN HUB for Smart Worldを設立、代表に就任。NTT Com DD株式会社社外取締役。

細田氏:この作品のポイントは、仮想世界を脳で感じるのではなく、体全体で感じているという点です。つまり身体所有感と運動主体感、どちらも満たされた状態で仮想世界の中にいる。この没入感はVRゴーグルをつけて覚える没入感とは違います。仮想の身体を所有して主体的に動かすテクノロジーは、作品中で「ボディシェアリング」と呼ばれています。

戸松:仮想空間のコミュニケーションにおいて、まず重要なのは身体所有感と運動主体感ということですね。他方、コミュニケーションは「相手」あってのものです。仮想空間における相手と自分の関係は、どのように結ばれていくのでしょうか?

岩村:そこを考えていく上で重要なことは、リアルでのインタラクションを学習するというプロセスです。そして、そのリアルな「間合い」をバーチャルでいかに再現するかがポイントになってきます。昨今のビデオ会議ツールにおいて失われているのは「間合い」なのです。バーチャルにおいてアバターに表情転送までできるようになり、空間的な位置関係が保存できるようになると、この「間合い」を再現できる可能性が拡がります。本当に面白いコミュニケーションは、この要件がそろった後に生まれてくるでしょうね。

戸松:バーチャル空間では「間合い」というものが大事になってくると。

岩村:はい。あるいは、われわれ日本人が好きな「空気」と言い換えることもできます(笑)

一同:(笑)

細田氏:僕は逆に、テクノロジーの発展は「空気」の再現ではなく、日本人を「空気」の呪縛から解放するのではないかと信じたいですけどね。仮に空気を再現できたとして、それは現在と同様、日本人にしか理解できないコミュニケーション作法で終わってしまう。それじゃあ、つまらないですよ。

岩村:もっとユニバーサルな価値観でやっていかないといけないと。

細田氏:そうですね。でも、日本的「空気」を再現するために膨大なテクノロジーを費やしましたっていうのも、それはそれでバカげていて楽しいかも(笑)

分裂する自分、仮想世界の新しいコミュニケーション

岩村:メタバースでは人間の諸要素を分解して、再構成することが可能になります。外見・声・モーションなどが掛け算されて主体がつくられていく。そこでは、例えば自分は声だけには自信があるという場合、外見やほかの要素はAIで代替するということもできるわけです。つまり、自分の優れた要素だけを抽出してAIと掛け合わせることで、理想的な「自分」を演出することができる。そうすることで新たなコミュニティーに参加して、コミュニケーションをとっていくことも可能になってきます。

戸松:なるほど。しかし見方を変えれば、自分ではない「自分」が現れるということですよね。一人の人間が複数の人格を持つことになるわけですが、そのことについて細田監督はどうお考えですか?

細田氏:すでに僕たちは実際に複数の人格を使い分けていますよね。家庭、職場、友人の前ではそれぞれ違う自分であるはずです。メタバースは、そういう自分の複数性の自覚を促すと思いますね。同時に、環境の条件が変われば、全く異なる「自分」が姿を現すのだということにも気づく。仮想空間の可能性というのは、自分の複数性に気づくという意味で、自分の「本当の姿」を知ることができる点にあると思いますね。

現実では発揮されない個人の才能を開花させ、現実とは違う活躍の仕方を実現するということこそ、仮想世界の価値だと思います。だから、自分が複数化することは肯定的に捉えたいし、人間性を失うことではなく広げることだと認識していった方が有意義だと思います。

岩村:現実世界では、どうしても外見などの属人的要素が制約条件になって、特定の文脈や機会に接することが困難にあることが多々あります。仮想世界ではこうした制約が取り払われて、より自由に複数のコミュニティーに参加できます。新しいコミュニティーにチャレンジし、トライ&エラーを繰り返すことが容易になるわけです。

戸松:仮想空間において、アイデンティティはどこに宿っていくのでしょうか。

岩村:アイデンティティとは「自分が存在しなければ失われてしまう物事の総体」だと私は思っています。他者と関わり、相互に作用しあう中で広がっていく文脈があり、その拡散こそ人間が生きる意味なのではないかと。

細田氏:『竜とそばかすの姫』では、仮想世界に生きる人が現実世界の自分の姿を晒すこと、つまりアイデンティティに関する問題を描いています。仮想世界において自分の正体を晒すということは、仮想世界における「死」とも言えるわけです。しかし、それは現実世界の自分にもう一度立ち返ることでもある。仮想世界で勇気を得た主人公は、現実世界の自分に自信と誇りを持つことができた。現実の自分を強くしてくれるのが、仮想世界にいるもう一人の自分なのではないかと。どちらかが本当で、どちらかが嘘かではなく、それらは相互に作用し合っているし、両方あるからこそそれぞれの価値を見出しうるわけです。

仮想世界に抱く希望とは

戸松:お二人が思い描く理想的な仮想世界とはどういったものでしょうか。

細田氏:現実世界における「越えられない壁」のようなものが取り払われた世界であるといいですよね。経済やイデオロギー、国や企業の支配をも超えた世界が実現すると信じたいです。

岩村:ダイバーシティが担保された世界であることが重要だと思います。アザーネス、つまり他者の視点をどれだけ獲得し、アイデンティティ形成に生かすことができるのかがポイントになってくると思いますね。

戸松:なるほど、ありがとうございます。では、いま我々が未来に向かってできることは何なのか。この点について最後にお二人からお考えを伺って、このトークを締めたいと思います。

岩村:大事なのは「どういうロードマップを描けるか」だと思います。もちろん、そこには経済的な合理性も考慮されていなければいけない。細田監督に限らず、世のクリエイターのみなさんには、インスピレーションやイマジネーションの種をどんどん発信していってほしいですね。

細田氏:『竜とそばかすの姫』の<U>をデザインしていたとき、この世界がどうすればワクワクするものになるか考えていました。この世界にいってみたいと思わせるような世界観をつくるために、インターネット上で才能探しから始めて、最終的にエリック・ウォンという稀有なクリエイターに出会うことができました。インターネット世界の希望を描くための才能を、インターネットの中に見つけることができたわけです。インターネットの可能性はまだまだついえていないのだと実感できました。いまの若い世代にも、仮想世界に希望を抱いている人はたくさんいると思います。仮想空間がこれからの世代の未来を映し、彼らが自由に活躍できる場であってほしいと強く願っています。これは20年前から変わらない僕の願いです。

配信終了後、3人のトークは延長戦へ。その模様をまとめた「『僕らはメタバースに夢を見る』アフタートーク」はこちら

【イベントアーカイブのお知らせ】
本レポートで紹介した内容のほか、盛りだくさんの話題があった今回のトークイベント。そのすべての模様を収録した動画は、以下のバナーよりご視聴いただけます。

ウェビナー:僕らはメタバースに夢を見る

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